沈みゆく星


 天帝戦争。


 それは今から四十年も前のこと。

 天契機カイディルを初めとした高度な技術を秘匿し、数百年もの間その恩恵を独占するレンシアラに対して剣皇が起こした侵略戦争の名称である。


 一見すると、身勝手な野望に駆られた剣皇による一方的な侵略戦争に見えるこの戦いだが、〝その実態は異なる〟。


「……今から四十年前。帝国とレンシアラの間で起きた天帝戦争の時代。私はその戦場でエオイン様と出会い、共にレンシアラと戦いました」


「お師匠が、女王様と一緒に……」


「エリンディアの民なら誰もが知っている話だ。なんと言っても、陛下は〝天帝戦争の英雄〟だからな!!」


「レンシアラは、国内に秘匿する技術を元に富と繁栄を謳歌していました。そしてその繁栄のために、大陸全土に争いの火種を撒いていたのです」


「争いの、火種……」


 そう、剣皇によるレンシアラ侵略の真の目的。

 それは諸国への超技術の供給網を管理し、ひいては大陸全土の戦乱をも操っていたレンシアラからの解放だった。


 圧倒的技術力と完全中立を盾に、膨大な対価を要求してあらゆる国に超兵器を売りさばく。

 それはまさしく死の商人の所業であり、レンシアラに反感を抱く国は多かった。


 そしてその不満は、剣皇のレンシアラ侵攻と共に表面化する。


 やがて天帝戦争は単なる帝国対レンシアラという構図ではなく、〝反レンシアラ連合対親レンシアラ連合の戦い〟へと拡大。

 終結まで二十年以上を要する大戦争となったのだ。


「私たちエリンディアも、帝国に共鳴した反レンシアラ連合の一国だったのです」


「そうだったんですね……知りませんでした」


「シータ君は、お師匠様からこういった話は聞いてないのか?」


「お師匠は、昔のことを話したがりませんでした。それこそ、僕は星砕きの伝説くらいしか教えて貰ってなくて……」


「きっとエオイン様は、貴方を少しでも争いや戦乱から遠ざけたかったのでしょう。私が最後に見送ったあの方の背中は、もう二度と戦いたくないと……まるで泣いているように見えたのを、今でもはっきりと覚えています」


「お師匠……」


「コケー……」


 かつての師を知るソーリーンの言葉に、シータは悲しみに満ちた表情で俯く。

 だがしばらくそうした後。シータは〝ふと湧いた強烈な疑問〟に、思わず声を発した。


「でも、お師匠と女王様は帝国と一緒に戦ったって……つまり〝帝国の味方〟だったんですよね? それなのにどうして、帝国はお師匠を襲ったりしたんですかっ!?」


「い、言われてみれば!? どうして帝国軍は同盟国であったはずの私たちを攻めたのです、陛下!?」


「…………」


 それはエオインだけではない。

 たった今、氷槍騎士団ひょうそうきしだんの攻撃を受けているエリンディアも同じ。


 共にレンシアラを打倒し、ケルドリア大陸はようやく永劫の闘争から解放されたはず。


 しかし戦乱は終わるどころか、他ならぬレンシアラを打倒した英雄……剣皇ヴァースの手によって大陸全土に飛び火しているのだ。


「……かつてのヴァース様は、まさに英雄と呼ぶに相応しいお方でした。私もエオイン様も……大陸中の人々があのお方を救世主と信じ、あのお方の願いのために命をかけて戦ったのです」


「そんなに立派な人が、どうしてお師匠を!?」


「きっと……今も多くの人々にとってヴァース様は英雄のままでしょう。誰よりも強く、争いのない世界のために戦い続けているのだと……そう見えているはず。私も、数年前まではそう信じていました」 


 ソーリーンの瞳が、エオインの訃報による物とは異なる悲しみに沈む。


「ヴァース様にどのような変節があったのか……それは私にも分かりません。ですが、帝国による侵略戦争の苛烈さは日に日に増しています。村を焼き、街を更地へと変え、本来であれば流れる必要のなかった血が流れるようになりました……私の良く知るあの方であれば、決してそのようなことはしなかったでしょう」 


 ソーリーンの言葉は、個人の主観や誇張ではない。


 事実として、近年の帝国は征服した土地に対する圧政を強化。

 さらにはそれまで用いてこなかった焦土戦術……その地に住む人も草木も動物も、何もかもを根絶やしにする戦いを躊躇なく実行に移すようになっていた。

 

「そのような用兵を繰り返せば、帝国は信も義も失います。私はそれを懸念し、何度か帝国に特使を派遣しました。久しぶりに、ヴァース様と直接お会いしてお話することは出来ないかと……」


「ではまさか、その返答が今回の侵略だと言うのですか!?」


「……もしもヴァース様に何らかの心変わりがあったのなら、帝国にとって最も大きな障害になりうるのは〝この私〟……もしくは、〝イルレアルタを操るエオイン様〟でしょう。私のこのような考えが現実になってしまったことは、とても残念なことです」


 自らの考えを語り、ソーリーンはふうと息をつく。


 彼女にとって今回のエリンディア侵攻は、エオインとヴァースという、かつて同じ時代を駆け抜けた二人の友を同時に喪ったに等しい出来事だったのだ。


「気付けば、私も歳を取りました……あの果てなき天穹てんきゅうで力強く光り輝いていた星も、やがては闇の向こうへと沈み消えていく……それが、世の定めなのでしょうね」


「女王様……」


 深い悲しみと寂しさを宿した女王ソーリーンの呟き。

 しかしソーリーンはその呟きを最後に顔を上げ、今まさに天へと駆け昇らんとする二つの若き星……シータとリアンをまっすぐに見つめた。


「ありがとうございます、シータ様。貴方が私達の元に来てくれたことで、ようやく私も覚悟が決まりました……かねてより計画していた策をもって、帝国とヴァース様を止める覚悟が」


「策?」


「コケコケ?」


「では、いよいよ私とルーアトランの出番というわけですね!!」


「ええ。ですが、そのためにはまず目の前に迫る帝国の脅威を退けねばなりません。リアンは事前に伝えたとおりに。そして、シータ様」


「は、はいっ」


 その言葉通り、すでにソーリーンの瞳に迷いはなかった。

 まるでかつての活力を取り戻したかのようなソーリーンの眼力に、声をかけられたシータは思わず居住まいを正す。


「シータ様は、私たちの窮地を救って下さった恩人です。ですから、これから貴方がどうなさるかは、すべて貴方がお決めなさい」


「え……?」


「エオイン様が命をかけて争いから遠ざけた貴方を、私の一存でエリンディアの戦いに巻き込むことはできません。どうか私達のことは一度お忘れになり、まずは貴方が願う道を見いだすことを……私は望みます」


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