迫り来る今


「――くそが! くそがくそがくそが!! どうして星砕きのガキが生きてエリンディアに辿り着いてやがる! 討伐隊の奴らは何やってんだ!?」


 エリンディアの王都から南東に下った先。

 白い山脈を見上げる裾野に設けられた帝国軍本営。


 そこでは獣のような暴威を纏う青髪の青年……氷槍騎士団ひょうそうきしだん団長のローガンが、手痛い敗戦の怒りをその激情のままに叩きつけていた。


「で、ですが……エオインの弟子が天契機カイディルと共にこちらに向かっているとの報せは、二週以上前に受けており……」


「ここに来る前にぶっ殺しておけって言ってんだよ!! どいつもこいつも使えねぇ……これだから騎士共は信用できねぇんだ!!」


 ローガンは目の前にあった木製の机を蹴り飛ばすと、本営のテントを出て外へと向かう。


「くそ……おいお前、整備の奴らに召集をかけろ。急ぎで頼みたいことがある」


「だ、団長はどちらに?」


「……今回の負けは俺の責任だ。俺が星砕きのガキを甘く見たせいで、三番艦の奴らは死んだ。追い込み役を任せた天契機の二人も無駄死にだ」


 ぎりと奥歯を食いしばり、ローガンは握りしめた拳から鮮血を滲ませながらテントの外に出る。

 見れば、そこにはすでに彼の部下達が直立不動の姿勢で整列していた。


「聞いた通りだ。俺の油断で仲間は死んだ……俺をぶん殴りてぇ奴は、今すぐここで気の済むまで殴れ」


 だが彼の部下達は無言のまま。

 まるで『謝罪の言葉が欲しいわけじゃない』と言わんばかりに、じっとローガンを見つめていた。


 アドコーラス帝国、氷槍騎士団。


 極地での戦いに長けたこの騎士団は、かつて帝国と敵対した〝大国の奴隷達〟によって構成された使い捨て部隊だった。

 常に最も過酷な戦場に身を置き、死ぬまで戦うことを強要される……それが彼らの定めだった。


 だが大国との争いに勝利した剣皇は、そのような境遇で最後まで生き残った彼らの能力を高く評価した。

 敵国の奴隷だった彼らに帝国での市民権と上位特権すら与え、自らの騎士団に編入したのである。


「分かったよ……俺達氷槍騎士団がやられっぱなしで逃げ帰るなんて惨めな真似はしねぇ!! そうだろう、なあ!?」


「「 おおおおおおおおーーーー!! 」」


 瞬間。ローガンの声に応え、整列する兵士達が天にも届かんばかりの雄叫びをあげる。

 彼らのその雄叫びは、共に死地を駆け抜けてきたローガンと最後まで戦うという覚悟の気炎だった。 


「ここからは油断も慢心もねぇ。殺された仲間の弔い合戦だ……調子に乗った星砕きのガキも、エリンディアの奴らも一人残らず皆殺しにするぞ!!」



 ――――――

 ――――

 ――



「昨夜はよくお休みになれました?」


「はい。ありがとうございます、女王様」


「コケーー!!」


「私もばっちり快眠です、陛下!!」 


 エリンディア到着から一夜明け。

 一ヶ月ぶりとなる深い眠りと暖かな食事で休息を得たシータは、ナナとリアンと共に女王ソーリーンの私室に招かれていた。


「話はリアンから聞きました。エオイン様が帝国軍に討たれ、シータ様はあの天契機と共に私たちの元へ逃れてきたと」


「そうです。お師匠は、僕にエリンディアに行くように言って……」


「…………」


 改めてそう答えたシータの言葉に、ソーリーンは老いてなお美しい横顔に深い悲しみの色を浮かべる。


「貴方の天契機……イルレアルタを見た時、きっと〝そうなのだろう〟と思っていました。けれど……」


 ソーリーンの深く澄んだ青い瞳が、目の前に座るシータを見つめた。


「エオイン様は私達の元を去った後も、貴方のような方を立派に育て上げていた……それを知ることができて、私の心も救われました」


「女王様……」


 そこで、シータにもはっきりと分かった。

 ソーリーンは、今のシータにエオインの生き様を見ていたのだ。

 まるで実の我が子か孫を見るようなソーリーンの眼差しに、シータは再びこみ上げてきた師を失った悲しみを必死に抑えた。


「ふむふむ……しかし陛下とシータ君のお師匠様はいったいどのような関係だったのですか? このままでは気になって朝も昼も眠れませんっ!!」


「コケッ!?」


「り、リアンさん!?」


 だがそこでリアンが遠慮なく口を挟む。

 人慣れしていないシータですらためらうような問いを、リアンは不思議そうに首を傾げて正面から叩きつけた。


「ふふ、いいのですよ。リアンのそういうところに、私も民もいつも救われているのです」


「そ、そうなんですか?」


「ありがとうございます、陛下!!」


 気まずそうに慌てるシータをよそに、ソーリーンは微笑みながら暖かい紅茶に口をつける。

 そして一つ息をついた後、皺の浮かぶ目尻を懐かしそうに細めて口を開いた。


「エオイン様は、私がこの世でたった一人……誰よりも恋い焦がれたお方です。その想いが実ることはありませんでしたが……あの頃の私の気持ちは、今も夜空の星のように光り輝いています」

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