入城
「コケコッコーー!」
「あの……こんにちは。僕はシータで、こっちは白鷹のナナです。この
「んまぁあああああーー! まさかこんなにかわいい子が乗ってたなんてねぇ!」
「こいつが帝国の空飛ぶ船を落としたってのか!?」
「どうして私たちを助けてくれたの!?」
「ねーねー! お兄ちゃんどこから来たのー?」
「それよりも、興味深いのはこの天契機ですよ……僕も長くルーアトランの整備をしてきたけど、こんな構造の天契機は見たことがない!」
辛くも帝国軍を退けたエリンディア王国。
今、王城の外れにあるルーアトランの格納庫には兵士、整備士はもとより、避難してきた無関係の人々までもが詰めかける大騒ぎになっていた。
「みんな落ち着け! そう一度に尋ねても、この子の口と耳は一つしかないんだぞ! なあ、シータ君?」
「あ、はい……ありがとうございます、リアンさん」
当然、人々の目当てはその一矢で颯爽と国の危機を救ってくれた灰色の天契機――イルレアルタだ。
王城の内庭に誇らしげに並び立つイルレアルタとルーアトランの勇壮な姿。
そして開放された機体の操縦席から顔を覗かせたシータとリアンを、エリンディアの民は大歓声をもって出迎えた。
あの戦いの最中。
一ヶ月の旅路を経てエリンディアに辿り着いたシータは、飛翔船から響いた騎士団長ローガンの言葉を聞いて騒乱の事態を把握。
帝国艦隊をイルレアルタの矢で退け、驚く人々の前で素性を明かし、自らがエリンディアの敵ではないことを明確に示した。
「しかし、まさかあの〝コイルドルフの森〟からエリンディアまでやって来たとは……いくら天契機があるとはいえ、死ぬほど大変だったのではないか?」
「ナナとイルレアルタのお陰です。僕一人じゃ、とても辿り着けませんでした」
「コケーー! コッコッコ!」
事実。シータにとってエリンディアまでの旅路は決して楽な物ではなかった。
差し向けられる帝国軍の追っ手。
初めてとなる森の外での日々。
師以外の様々な思惑を持った人々との交流。
次々と立ち塞がる障害に戸惑い、悩みながら。
それでも、気丈なシータはナナとイルレアルタと力を合わせ、師の遺言に従ってここまで辿り着いたのだ。
「そうか……その天契機だけではなく、〝そちらのニワトリ〟も君の大切な仲間なのだな」
「コケ!?」
『自分はニワトリではなく鷹だ』と激しく憤慨するナナを余所に、リアンはルーアトランの体をイルレアルタに近づけると、ぴょんと跳ねるようにしてシータの元に飛び移る。
「改めて名乗らせてくれ。私の名はリアン・アーグリッジ、エリンディアの守護騎士を務める者だ。エリンディアを守ってくれてありがとう!」
「そんな。僕はただ、お師匠の言葉を頼りにここまで来ただけで……リアンさんこそ、僕みたいなよそ者の話を信じてくれてありが――」
「むにゃー……」
「うわあ!?」
「コケー!?」
だが次の瞬間。直前まで満面の笑みで握手を求めていたリアンが、突然糸の切れた人形のようにシータにもたれかかる。
ここはイルレアルタの操縦席前という高所だ。
もし落ちれば二人ともただではすまない。
「すやー……すぴー……むにゃむにゃ……――」
「ね、寝てる……?」
いかに人との交流が乏しかったとは言え、シータにも年頃の少年としての羞恥や感性は存在する。
不可抗力ではあるものの、異性と密着する格好となったシータは困惑と共に思わず頬を染めた。
「おいおい、リアンの奴また寝ちまったぞ……」
「ママー! リアンお姉ちゃんがまた居眠りしてるー!」
「あ、あのっ! これ、僕はどうしたらいいんでしょう?」
「わっはっは! ちょっと待っててくれ、すぐにはしごを持ってきてやるから!」
「むにゃむにゃ……すやー……――」
間近で見るリアンの美しく凜とした横顔。
そして確かに伝わるぬくもりに、シータは訳も分からず戸惑うことしかできない。すると――。
「ふふ、リアンも今日は戦いで疲れたのでしょう。驚かせてごめんなさいね……〝エオイン様の矢を継ぐお方〟」
その時。大勢の人々で溢れかえる場に、透き通るような女性の声が響く。
「あー! 女王様だ!!」
「こんにちはー!」
「じょ、女王陛下! またこのようなところに……」
「良いのです。此度は皆にも大変な思いをさせてしまいました……傷ついた国と民を救ってくれた勇者に礼を伝えるのは、君主の務めでありましょう?」
「この人が、エリンディアの女王様……?」
「初めまして。私はソーリーン・リフ・エリンディア。このエリンディア王国の女王です」
現れた声の主。
それはルーアトランが纏うケープと同じ、空色のドレスに身を包む一人の老境の女性――エリンディアの女王ソーリーン。
老いの色が目立つ容姿とは裏腹に、ソーリーンの立ち居振る舞いに老いの気配は全く見られない。
今も全てを見通すかのような深く澄んだ青い瞳が、遠い昔を懐かしむようにシータとイルレアルタを見上げていた。
「あの……もしかして、お師匠のことを知ってるんですか?」
「ええ……良く知っていますよ。貴方は、昔のエオイン様にとても良く似ていますね」
「え……?」
「まずは、少しでも長旅の疲れを癒やして下さいませ。積もる話は、その後でも遅くはないでしょうから」
ソーリーンはにこやかに微笑むと、そのままイルレアルタの足元へと進む。
そしてその冷たい装甲にそっと手を触れ、まるでそこに残る僅かなぬくもりを求めるように……静かに目を閉じた。
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