第一話
北の王国
帝国
時は星暦977年。
季の節は四。
シータが師を失い、イルレアルタと共に森を旅立ってから約一ヶ月が過ぎた頃――。
「
ここはアドコーラス帝国、玉座の間。
王を中心としてずらりと居並ぶ騎士達の前。
漆黒の甲冑に身を包み、染み一つない純白のケープをたなびかせた黒髪黒瞳の青年……ガレスが、うやうやしく片膝を突いて頭を下げていた。
「よくぞ戻った。傷はもういいのか?」
「はっ! このガレス……五機もの
男は見た目にこそ隠しきれぬ老いを纏うが、その眼光は〝絶対強者のそれ〟だ。
華美な装束から覗く二の腕は鋼のように鍛え上げられ、ガレスを
「顔を上げろガレス。お前は強く忠実だが、いちいち堅苦しいのが欠点だ」
「し、しかし!」
「お前は見事エオインを殺した……お前で殺せんのなら、いよいよ俺が出向かねばならんと思っていたところよ。よくぞ生きて戻った……褒めてやる」
「陛下……」
この男の名はヴァース・オー・アドコーラス。
東方の弱国だったアドコーラス帝国を、たった一代で大陸最大最強の軍事国家に育て上げた至強の男にして剣皇である。
かつて、天契機やそれに伴う高度な技術は大陸中央に位置する〝技術中立国家レンシアラ〟でのみ製造が可能だった。
各国はレンシアラへの不可侵を守り、膨大な対価を払うことでレンシアラから天契機を購入していた。
だがそれを不服としたヴァースは
圧倒的技術力を誇るレンシアラ軍を相手に、甚大な被害を出しながらも勝利してしまったのだ。
「だが気がかりもある。聞けば星砕きは奴の弟子に渡り、エリンディアに向かったと」
「はい。私は戦いの最中、エオインが弟子にそう伝えたのを確かに聞きました。その後、私もその場でクロハドルハと共に星砕きに挑んだものの、力及ばず……」
「お前がいない間に差し向けた追っ手はどれも全滅だそうだ。弟子とはいえ、どうやら腕は本物のようだな」
レンシアラを制圧し、秘匿されていた超技術を手に入れた帝国は間を置かず大陸全土に侵攻を開始。
今や帝国の版図は当初の数十倍にも膨れあがり、戦争開始から十五年が過ぎた今も、帝国のもたらす戦乱と恐怖はなおも拡大を続けていた。
「そいつはどーだか。ガレスの事だから、その弟子が天契機を引っ張り出すまで見逃してやったんじゃねーの? まーた騎士の
その時。
会話を続ける二人の間に、遠慮なく割って入る甲高い声が響く。
見れば、居並ぶ騎士達の列から〝深紅の甲冑に身を包んだ一人の女騎士〟が、からかうような笑みをガレスに向けていた。
「……そうだが。何か言いたいことでもおありか、イルヴィア卿」
「おいおい……図星かよ。私らの誇り高き第三席様は、一度幼年院からやり直した方がいいんじゃねーの?」
「構わん。あれの力は俺もよく知っている。エオインが機体の継承に舵を切った時点で、こうなることは決まったようなものだ」
イルヴィアと呼ばれた女騎士の口出しにも、ヴァースは笑みを浮かべて
自ら剣によって身を立てたヴァースにとって、他者を計る尺度は強さこそが全て。
たとえどのような主義信条を持とうとも、強くあれば称えられ、弱ければ無慈悲に切り捨てられる。
そしてこの気風こそ、帝国を最強たらしめている真の理由だった。
「ならばガレスよ。エオインが残した天契機――星砕きの行方は引き続きお前が追え。一度敗れた相手に、二度負けるお前ではなかろう?」
「御意。しかしながら陛下、我がクロハドルハの傷は深く……修復には今しばらく時間がかかると聞いております」
「お前には〝別の天契機〟を与える。レンシアラが隠し持っていた曰く付きだが、お前ならば使いこなせよう」
「無様に敗走した私に、新たな天契機を……!?」
主君から寛大を越えた処置を受け、ガレスはもはや深々と頭を下げるのみ。
そして改めて誓うのだ。
たとえこの身が燃え尽きようと、剣皇のために全てを捧げようと。
「ついでだ、イルヴィア。お前の
「私がですか? まあ、陛下のご命令なら……」
「すまない、イルヴィア卿。よろしく頼む」
「しゃーない、手伝ってやるよ」
これが、シータから師を奪ったアドコーラス帝国。
たとえあらゆる国々から悪魔とののしられようと。
たとえあまねく民草から未来永劫恨まれようと。
彼らは決して止まることはない。
剣皇が掲げる武力による大陸制覇。
その野望を成し遂げるまで――。
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