別れの矢


「そして……この天契機カイディルの名前はイルレアルタ! お師匠が僕に遺してくれた……最後の力だ!!」


「見事。我が相手として不足なし!!」


 激突。

 互いの名乗りが終わると同時。

 黒曜の騎士ガレスが操るクロハドルハと、シータの駆るイルレアルタが動く。


「我がクロハドルハの剣、受けてみよ!」


 クロハドルハは一瞬でイルレアルタの眼前。

 機体と同等の巨大さを誇る大剣を軽々と振り回し、森と炎を切り裂いて迫る。


「コケーー!!」


「回避は……っ!?」


 それを見たシータは、即座に機体の向きを司る左手の操縦桿を手前側に引き倒す。

 そして同時に両足のペダルを踏み込み、天を仰いだイルレアルタを跳躍させ、恐るべき大剣の一撃をやりすごした。


「やるな。さては師から天契機の技も学んでいたか!」


「そんなことない……! お師匠が天契機を持っていたことも……どうしてイルレアルタに乗らなかったのかも……僕は何も……何も教えて貰ってないんですよ!!」


 初太刀をかわしたイルレアルタを見上げ、ガレスは初めてとは思えぬシータの操縦に感嘆の声を漏らす。


 だが実際はシータに余裕などない。


 イルレアルタを通して見た歴戦の記憶。

 今もシータはその記憶の断片を必死にたぐり寄せ、覚束おぼつかない操作でイルレアルタの動きを制御していた。


「それが本当ならば哀れなことだ……もし私が君の立場なら、さぞ師を恨んだであろう!」


「〝そうした〟のはあなたでしょう!?」


 激情。

 師を奪った仇の言葉に、シータはイルレアルタの上半身を司る右手側の操縦桿を操作。

 イルレアルタは空中で天地逆さとなりながらも正確に弓を構えると、眼下のクロハドルハめがけて次々と閃光の矢を放つ。

 

「一つ一つの矢が重い……やはり、この天契機こそ伝説に聞く星砕きか!」


「お師匠は、最後まで僕を助けようとしてくれた……その僕が、ここで死ぬわけにはいかないんですっ!!」


「そうはいかん! なぜなら、それが我が主の望みだからだ!!」


 上空から降り注ぐ矢弾を、クロハドルハは大剣で切り払う。

 しかしすぐさま大地へと着地したイルレアルタは、まるで疾風のごとき機動でクロハドルハを中心に円を描くようにして加速。

 一瞬にして全方位から放たれる矢の連撃は、ガレスの技量をもってしても防ぎきれる物ではない。


「速い……!! いかに伝説の機体とはいえ、天契機がここまで速く動けるものなのか!?」


 先のエオインとの戦いでは傷一つつかなかったクロハドルハの装甲が、イルレアルタの矢によって容易に削り取られていく。


 ガレスはたまらず機体をイルレアルタの死角に逃がそうとするが、天契機の遮蔽物となるほどの樹高を持たないこの森で、桁外れの機動力を誇るイルレアルタの射線から逃れることは不可能だった。


「ならば――!」


いしゆみ!?」


 だがガレスも並の騎士ではない。

 イルレアルタとの機動戦は不利とみるや、すぐさま機体腕部に装備された機械式の弩弓どきゅうを展開。射撃戦へと移行する。


「その身軽さでは、一矢とて受けることはできまい!」


「コケ! コケコケ!!」


「わかってる――!」


 ガレスの読み通り、イルレアルタの装甲は薄い。

 クロハドルハにとって弩弓は単なる補助武器だが、イルレアルタには致命傷となる危険性があった。


 それを感じ取ったシータは足元のペダルを一気に踏み込み、イルレアルタの巨躯を大きく回避させる。しかし――。

 

「見切ったぞ、少年――!」


「えっ!?」


 しかし次の瞬間。

 シータはガレスによって〝回避をさせられた〟ことを知った。

 イルレアルタが一足飛びに回避した着地点めがけ、ガレスはクロハドルハの全推力で特攻を仕掛けてきたのだ。


「やはりまだ未熟!! 大成すれば、さぞ恐るべき使い手になったであろう!!」


「コケ!?」


「突っ込んでくる!?」


 その巨体を一個の大質量として加速させるクロハドルハ。

 それを見たシータはもはや回避は不可能と瞬時に悟り、恐怖で全身を凍り付かせた。だが――。


 

〝落ち着いて。こんな時はどうすればいいか……私はちゃんと、君に教えたはずだよ〟



「おし、しょう……?」

 

 その時。

 シータは確かに、敬愛する師の声を聞いた。



〝肩の力を抜いて、まっすぐに前を見るんだ。それだけで、矢は必ず君が願うところに飛ぶ〟



 恐怖に怯えるシータを優しく諭す、いつもと変わらぬ暖かな声を聞いた。


「はい――っ!!」


 その声を受け、シータはゆっくりと息を吐く。

 肩の力を抜き、ただまっすぐに前を。

 今から放つ矢の先を見据える。


 かつて、怒り猛る猪を仕留めた時のように。

 かつて、師と共に大熊を仕留めた時のように。

 

 シータはかつて師がそうしたのと同じように、迷いなき心でイルレアルタの弓に矢をつがえた。そして――。

 

「終わりだ! 君への敬意と共に、我が剣で師の元に送ろう!!」


「……今!!」


 それは刹那の交錯。


 漆黒の流星と化したクロハドルハと、シータの決意を乗せた光の矢が正面から激突。

 ガレスの決死と共に突き出されたクロハドルハの大剣は、イルレアルタが放った凄絶な光の奔流に飲み込まれて消えた。


「ば、馬鹿な……!?」


「はぁ……っ! はぁ……っ!!」


 シータの意志を収束させたイルレアルタ必殺の一矢は、迫るクロハドルハの大剣をその右半身ごと完全に削り飛ばしていた。

 

 半身を失ったクロハドルハの巨体が、地響きと共に大地に沈む。

 それを見届けたイルレアルタもまた、ゆっくりとその弓を下ろした。



〝ごめんよ、何も伝えられなくて……でも大丈夫。シータならきっと、私よりもその子を上手く扱えるから――〟



「お師匠……っ! 待って……行かないで……っ! うぐ……ううぅ……うわぁああああああああああああああ――っ!!」


「コケー……コッコッコ……コケー……」


 その言葉を最後に、シータは師のぬくもりがもう二度と手の届かない地へと旅立ったのを悟る。


 堪えていた涙をぼろぼろと零すシータを内に抱え。

 戦いを終えたイルレアルタは、かつての主を見送るように、じっと天に輝く星々を見つめていた――。



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