4-3 代役ボランチ

 いきなり声を掛けてきた先輩は校内で知らない人はいないほどの有名人で、ぐいぐいと迫られている茉莉亜まりあも存在を認知していたらしい。


「あの、すみません。あかね先輩、試合に出てほしいとはどういう意味でしょうか……?」


 名前を読んで首を傾けた茉莉亜に、先輩は尚もテンション高く続ける。


「どうもこうも、そのままの意味だよ。今週末の練習試合で、怪我しちゃった妹の代わりにキミに出てもらいたいんだ!」

「なぜ私なのでしょう?」

「だってさっき、すごかったじゃん! 上からずっと見てたよ。授業も聞かずに」


 いや、ダメじゃん。

 横で放置されていた由依ゆいは先輩の発言に内心でツッコミを入れる。


 この先輩は三年B組の浦和うらわあかね。女子サッカー部に所属していて、U-17日本女子代表に招集された経験もある我が校の誇りだ。


 そして、あかねには双子の妹がいる。

 浦和うらわもみじ。こちらも三年B組で、女子サッカー部所属。同じくU-17代表の経験者。


 二人は以前からサッカー天才姉妹としてメディアからも注目を集めていたのだが、先月行われた男子大学生との練習試合中に妹が負傷。全治二ヶ月と診断されてしまった。

 その結果、きらほし学園高校女子サッカー部の戦力は大幅ダウン。次の練習試合も迫ってきた中で、あかねは妹の代わりを果たせる人物を探していたとのこと。


「そこで私に白羽の矢を立てたと?」

「ザッツライツ! あのプレーを見たら、もう他に適任者はいないって思ってね」


 まあ、あんなものを見てしまったら、誰だってそう考えるだろう。

 由依としては、茉莉亜が調子に乗ってもみじのレベルを超えてしまわないかだけが不安である。


「で、どうかな……?」

「どうせ週末は予定無かったし、私で良ければ。別に構いませんよ」

「ホントに!? ありがとう〜! それじゃあ放課後、グラウンドで待ってるね!」


 無事に約束を取り付けると、満面の笑みで手を振ってパタパタと駆けて行ったあかね。


 まるで嵐のような人だったな。

 というか、廊下を走っちゃいかんだろ。


「今回は珍しく茉莉亜が巻き込まれたね?」


 先輩の姿を見送った後、由依はいたずらっぽく笑った。

 すると茉莉亜は、きょとんとした顔でこちらを指差して言う。


「何を言っているの? 巻き込まれたのはあなたもでしょう」

「……はい?」

「私の応援。当然、してくれるのよね?」


 どうやら、茉莉亜に振り回されるのは今回も変わらないらしい。



 迎えた放課後。

 茉莉亜と由依がグラウンドへ出ると、早速あかねが駆け寄ってきて茉莉亜の手を引っ張った。


「待ってたよ〜! さあ、おいでおいで!」

「ちょっと、先輩。私まだ準備が」


 茉莉亜の返事を待つこともなく、センターサークルの方へと強引に連れて行ってしまうあかね。

 一人置いて行かれて、由依はどうすることも出来ずにグラウンドの隅で立ち尽くす。


「えっと。どうしよ……」


 とりあえず邪魔にならない場所で見守ってるか。

 ひとまず端っこに移動し、ぼうっと突っ立つ。


 グラウンドの中央。

 あかねがパンと一回手を叩くと、女子サッカー部のメンバーが即座に集合した。


「紹介するね。今週末の試合だけ助っ人で参加してくれる、一年生の……誰さんだっけ?」

照日てるひ茉莉亜です」

「おお、茉莉亜ちゃん! 茉莉亜ちゃんだって。茉莉亜ちゃんには妹の代わりに左ボランチに入ってもらうので、みんなで上手く連携できるように練習頑張ろう!」

「もみじ先輩には遠く及びませんが、皆さんの力になれるよう精進しますのでよろしくお願いします」


 挨拶をして、深々と頭を下げる茉莉亜。

 すると、午前中の体育で酷い目にあったばかりの藍奈あいなとみやが「うげっ」という顔をした。


「ねぇみや、あの転校生入れてチーム大丈夫?」

「いや、どうだろ。なんかバランスぶっ壊れそう……」


「はいはい。口動かす暇があったら体動かすよ! まずは走り込みからね!」


 だが、藍奈とみやの事情など知りもしないあかねは、早く走れと手を叩く。

 まずはチーム全員でグラウンドを一周するようだ。


 自由人な先輩に振り回されて、みんな大変そうだなぁ。

 リトルなでしこの選手相手に逆らうなんて出来ないだろうし。


 はたから様子を見ているだけで、なんだか気の毒になってくる。


 と、そんなことを考えていたら、いつの間にか由依の隣に人が立っていた。

 右足に包帯を巻いて、松葉杖をついている。

 あかねの双子の妹、負傷離脱中のもみじだ。


 もみじは時折痛みに顔を歪めながら、独り言のように呟く。


「やっぱりあかね一人にやらせちゃダメだったか〜。後輩ちゃんにまで迷惑かけてるし」


 そして最後に、「ね?」となぜかこちらに同意を求めてきた。


「いや、まあ。茉莉亜なら大丈夫だと思いますよ?」


 こんな回答で良いのだろうか。

 もっとちゃんと考えて答えるべきだったかと不安に感じていたが、もみじは満足げにうんうんと頷いた。


「まったくもう。付き合わされる方の身にもなってほしいよね。それじゃ、わたしは病院に行くから。また週末に」


 言いたいことだけ言うと、杖をついてグラウンドを後にするもみじ。


 この感じだと、もみじも大概自由人なのでは?

 あかねよりはまともそうではあるが、マイペースさは良い勝負に思えた。


 気が付けば走り込みは終わっていて、茉莉亜たちは対面パスの練習を始めている。


「茉莉亜ちゃんはどっちが利き足?」


 パスを出しながら質問したあかねに、茉莉亜は左足で蹴り返しながら答える。


「どちらでも蹴れるけれど、左の方が正確に出せるかしらね」

「おっ、そしたらもみじと一緒じゃん! やっぱり、妹の代わりにキミを選んだアタシの目は正しかった!」


 あかねは返ってきたボールをトラップすると、そのままリフティングをしつつ自画自賛の言葉を口にした。

 それに対して茉莉亜は、何かに引っかかったようで首を傾げる。


「正しかったも何も、先輩は体育の時のプレーを見ていたんですよね? なら、私の利き足も分かっていたのではないですか?」

「んや、全然? なんとなく左だろうなとは思ってたけど、正直どっちも遜色無かったから確信は持てんかった」


 確かに茉莉亜はどちらの足もボールの扱いが上手く、もはや両利きに近いレベルだ。


 加えて、三年生の教室は校舎の最上階の四階。

 あの高さから窓越しに眺めていただけで、左足の方が得意だと見抜くとは。流石は実力者といったところか。


「それじゃ、一旦全員集合! こっからは四人対四人とフリーマン二人のパス回しやるよ!」


 十五分程度で対面でのパス練習は切り上げ、いよいよ戦術や連携の確認を含めた実戦的なパス回しに移る。


 基本的なルールは以下の通り。


・グラウンドの中にプレーエリアを作り、攻撃側四人、守備側四人と、常に攻撃側の味方をするフリーマン二人に分かれる。

・攻撃側は相手のプレッシャーをいなしながらパスを出し、守備側は相手からボールを奪うためにポジショニングをとる。

・一定時間ごとに攻守を交代する。


 茉莉亜はあかね、藍奈、みやと同じチーム。

 まずは攻撃から。


「はい、藍奈!」

「ナイスパス!」


 相変わらず見事な連携を見せるみやと藍奈。


「ほら囲まれるよ! 一回アタシに下げて!」


 そこにすかさずフォローに入るあかね。


 いつもやっている三人だけあって、見事に連動している。

 パス回しのペースもかなり早い。


 だが、茉莉亜もすぐに順応する。


「先輩、私に!」

「ほいよ、茉莉亜ちゃん!」


 茉莉亜がボールを要求すると、あかねは即座にパスを供給した。


 ボールを受けるや否や、茉莉亜にプレッシャーがかけられる。

 茉莉亜は一度足元にボールを収めると、迫ってくる相手の重心を見極めてひらりと躱す。

 それからすぐに藍奈へと縦パス。


神戸かんべさん!」

「マジか」


 ボールを受けて、藍奈は思わずそう呟いた。


 今のパスは、速度も位置も藍奈が受けやすいように調整されていた。

 とても素人がいきなり出来る芸当ではない。

 本当にこの転校生、何者なの……?



 その後の練習でも、他の選手との連携をどんどんと深めていった茉莉亜。

 結果、たった数時間で茉莉亜はすっかりチームに溶け込んでいた。

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