3-6 ごちゃ混ぜフルパ

 八月下旬、平日の昼下がり。

 個人勢Vtuber、愛宕あたごぽわーるの配信が始まった。


「こんにちは。みんな、今日も見に来てくれてありがとう」


 Live2Dのぽわーるが挨拶をすると、リスナーからコメントが書き込まれる。


【こんぽわー】

【こちらこそ今日も配信してくれてありがとう】

【毎日配信たすかる】


「と、いうわけで。昨日に引き続きクラクスをやるんだけど、今日はなんとフルパです! といってもね、全然コラボとかじゃないんで期待されちゃうとアレなんですけど……。えっと、ざっくり説明すると、この前の初配信の3Dライブを手伝ってくれた人たちです。男子二人が元々クラクスのフレンドで、女子二人はそのフレンドの男子二人の同級生。説明がややこしいな……? まあとりあえず登場してもらおうか。左から順番に自己紹介をどうぞ」


 ぽわーるが呼び込むと、一番左側のクジラのアイコンが光った。


「どうも、シロナガスっす! この前のライブでは映像関係を担当してました!」


 続けて、隣のツキノワグマのアイコン。


「えっと、はい、ビッグベアです! モデリングやりました! ステージ作ったのも俺です!」


 次、水色の髪の少女のアイコン。


「こ、こんにちは。ゆ、じゃなくて、あの、スイです。裏方の仕事をなんか色々やりました」


 そして最後。アイコンではなく、なぜかLive2Dの姿で動いている。

 笑顔を見せながら、萌え声を発した。


「ぽわーるさんのリスナーの皆さん、ハロ! ぽわーるさんのお友達、バーチャル一般人の塩倉しおくらザルツです! ぽわーるさんとスイちゃんのキャラデザをしました! よろしくお願いします!」


「はい。今日はこの五人でね、ランクマをやっていきたいと思うんですけど。……いや、やっぱりちょっと待ってね。し、塩倉さん、というかザルツちゃん? さすがにツッコまずにはいられないんだけど。なんでキミも動いてる?」


 ぽわーるのLive2Dを作ったのはザルツなので、技術があるのは分かっているけれど。

 自分まで動かしている理由が分からない。


 困惑するぽわーるの問いに、ザルツは可愛らしくとぼけた答えを口にした。


「えっ? ザルツも人間だから動くのは当たり前ですよ? じゃあ逆に、ぽわーるさんはなんで動いてるんですか?」

「に、人間だから……?」

「ですよね? もう、今日のぽわーるさん変ですよ?」


 ロールプレイに忠実……。

 これでは配信中に求めている回答を得ることはなかなか難しそうだ。


 気にはなるが仕方がない。

 一旦ぽわーるの件については置いておいて、本題に入る。


「う〜ん、実際はこんな人じゃないんだけどなぁ。まあいいや。気を取り直して始めるね。クラクスのランクマ、フルパでやります。フルパなのでランク差制限は無いです。あたしは昨日でミニスター1になって、シロナガスくんとビッグベアくんが今はエリート2だっけ。で、ザルツちゃんが?」


「ザルツはプレジデント2です! そしてスイちゃんはまだ始めたてなので、さっきチーフ1になったところです」

「ばりばりの初心者ですみません。足を引っ張らないように努力します……」


「うん、その辺は大丈夫だよ。気楽にいこう。じゃあつまり、この中で一番強いのはザルツちゃんになるのか」


 CRACKSTARクラクスター(通称クラクス)のランクは上から順にエンペラー、キング、プレジデント、プレミア、ミニスター、エリート、ディレクター、チーフ、チャレンジャーの九つに区分されており、エンペラー以外のランクは加えて更に三つのティアに分けられている。


【ザルツちゃんプレジ2は強すぎる】

【このメンツに囲まれてスイちゃん大丈夫そ?】

【化け物に捕らわれたスイちゃん……】


 FPS上級者にゲーム初心者が紛れ込んでいる、かなりデコボコなメンバー構成であることを心配するコメントも散見されるが、今日はみんなと楽しく遊ぶことが目的なので最悪負けても構わない。


「まあとりあえず、一戦やってみよっか」


 マッチング完了。

 二千人近いリスナーが見守る中、1ラウンド目がスタート。


 ぽわーる陣営はアタッカー。制限時間内に『ストーン』をAもしくはBの『ポータル』に設置し、起動させられたら勝利だ。


「俺がストーン持つわ」

「どっち攻め?」


 シロナガスがストーンを拾うと同時に、ビッグベアが訊く。


「う〜ん、分からんけどA行ってみよっか」

「A了解」


 警戒しつつAポータルに向かって全員で移動を開始。

 どうにか敵に遭遇することなく近くまで辿り着くことに成功した。


「センサーアロー入れるわね」

「うん、お願い」


 ザルツの操作キャラが矢を放つと、壁の裏側の情報が表示される。

 ポータル内に敵の姿は確認できない。


「全員で一気に入るよ。トランク側注意ね」

「大丈夫大丈夫、俺見てるから」


「と、トランクって……?」

「ほら、そこの右側の。箱の奥の道よ」

「あ〜、あそこか」


 アビリティも使いながら無人のAポータルに五人同時に入って、それぞれ配置につく。


「設置した設置した」

「オッケー、あとは耐えるよ」


 ストーンの起動までは四十五秒。しかし、破壊には七秒を必要とするため、耐えるべき時間は実質三十八秒。


 全員無言で、微かに聞こえる足音を頼りにして、敵を迎え撃たんと銃を構えて待つ。


 その時、銃声と共にキルログが画面左上に表示された。

 直後、ぼそっと呟いたのはスイだ。


「あっ、撃たれた」


 このようなゲームで遊んだ経験がほぼゼロのスイは、反応も薄ければ報告もしない。


 ただ、ザルツやぽわーるはそれくらい織り込み済み。最初からスイからの報告を期待してなどいない。


「今スイが撃たれた場所この辺ね」

「オッケー。じゃあ多分、ロータリーにツーかスリーいると思う」


 ザルツが刺したピンの位置に、ぽわーるがすぐさま移動。


「ザルツちゃん、一緒にピークするよ。せーの」


 建物の陰からロータリーを覗き込むと、ぽわーるの予想通り敵が三人いた。

 当然、撃ち合いになる。


 複数の発砲音が重なった後、キルログが三つ並んで流れた。


「すげー!」

「強っ!」


 結果、ぽわーるとザルツの二人で、相手三人を倒してしまった。しかもザルツに至ってはヘッドショット二発での二人撃破。

 これにはシロナガスとビッグベアも驚嘆の声を漏らす。


【ザルツちゃん只者じゃねえな。プロだったりする?】

【これがプレジ2の実力か……】

【お前も早く配信者になった方がいい】


 コメント欄も盛り上がりを見せる中、ストーンの起動まで残り十五秒。

 時間が無いと焦ったのだろうか、敵二人がAメイン側に姿を見せた。


「やべぇマジで当たんねぇ!」

「大丈夫、俺やる俺やる!」


 これをシロナガスが難なく倒して、1ラウンド目はぽわーる陣営が幸先よく勝利。


「ナイス!」

「俺エイム終わってたわ、すまん」

「いやいや。最後の場面はベアが撃ってくれたから勝てたんだし、謝ることねぇよ」

「そうよ。まだまだここからでしょう? それよりも問題なのは、一番最初に静かに死んでいったそこのトロールよ」

「と、とろーる……?」


 何はともあれ、順調な滑り出しだ。


 そしてその後も。


〜ラウンド3〜

「うわっ、撃たれた」

「死んだら報告。どこで撃たれたの?」

「えっと。……交差点」


【交差点w】

【交差点どこだよ】

【スイちゃん面白すぎる】


〜ラウンド7〜

「やべっ、やられたぁ……!」

「ザルツちゃん、全然キープでもいいよ」

「いいえ、このラウンドは取っておきたい」


 ザルツ一人対敵五人の状況。しかし。


「うおおおっ!」

「え〜!?」

「今のモク抜き意味わからん」


 圧倒的不利をひっくり返し、まさかの逆転勝ち。


【エースやば】

【これ勝てるの何なん?】

【最後のモク抜きエグすぎて草】


〜ラウンド11〜

「設置音モクなか。フェイクじゃない、設置してる設置してるよ」

「オッケー」


 モクの中で相手がストーンを設置しているところを、ぽわーるが背後から撃つ。


「ナ〜イス!」

「よっしゃ行けるぞ、ぽわーるさん!」

「あと二つ。この調子でいきましょう」

「これ、私何もしてなくない……?」


 珍プレーやスーパープレーなど切り抜きどころ満載な試合を続け、十三対二で見事圧勝。

 コメントは勝利を祝う言葉で溢れ返っていた。


「と、いうことで。今日は一緒にゲームしてくれてありがとうね。また機会があったら遊んでくれたら嬉しいな。それじゃあ、リスナーのみんなも、今日も見に来てくれてありがとう。高評価、チャンネル登録もよろしくお願いします。せーの……」

「おつぽわーる!」



 配信終了後。茉莉亜まりあの自宅リビング。


「どうだった? 初めての配信とFPSは」


 隣に座る茉莉亜に問われて、由依ゆいはぐったりしながら疲れが滲んだ声で答える。


「私には絶対向いてない。もう二度とやらない……」


 配信者なんて誰でもやれる楽な仕事だと思っていたけれど、そんな甘いものではなかった。

 クラクスだってたかがゲームだと思っていたけれど、なるほど確かにこれはスポーツだ。


「そう。じゃあもうスイちゃんには二度と会えないのね?」

「うん。というか会えなくていいよ。だってスイちゃんは一刻も早く忘れたい私の黒歴史なんだから」

「あら、それは残念。リスナーにはあなたのダウナー系変人キャラ、結構刺さっていたように思うのだけれどね」

「私そんなキャラ付けしてないし……」


 今まで知らなかった世界を身をもって体感したことで、VtuberやFPSゲームに対する認識を改めた由依なのであった。

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