3-5 伝説デビューライブ
時は過ぎ、夏休みも中盤に入った八月。
「モーションキャプチャーのやつも届いたし、これで必要な機材は全部揃ったかな? も〜、夏休みだっていうのになんで私はこんなことを……」
ぶつぶつと文句を言いつつも、やらなければ終わらないので作業の手は止めない。
通販の箱に入っていたのは、全身の動きをトラッキングすることが出来るモバイルモーションキャプチャー。
軽量小型の丸いセンサーが六つセットになっていて、頭と腰と両手両足にこれを着けるだけでアバターが同じ動きをしてくれるのだという。
取扱説明書を見ながら一通り同梱物を確認して、再び箱に戻す。
「よし、不良品ではなさそう。伝票は捨てちゃお」
あとはこのセンサーを梨花に装着してもらって、キャリブレーションを済ませるのみ。
これにて由依の仕事は一旦完了。
ふぅ〜と長い息を吐いて、ベッドの上に転がった。
「あ〜疲れた……」
夏休み前半は学校の宿題と茉莉亜から押し付けられた雑用で潰され、ゆっくりする暇も無かった。
まあ、私は部活もやってなければ趣味も無い人間なので、きっとテレビでも見ながらダラダラ過ごしていただけだったろうし、そう考えると茉莉亜のおかげで充実した夏休みを送れている、と言えなくもないのかもしれないけれど。
……ありがたいかどうかは別として。
苦笑いを浮かべつつ寝返りを打つと、机に置いてあったスマホの画面が光った。
誰かからメッセージが届いたようだ。
寝転がったまま手を伸ばしてスマホを回収し、チャットアプリを開く。
メッセージは梨花からだった。
『準備は順調? あたしがやりたいことなのに、
内容は進捗の確認と由依への気遣いの言葉。
いかにも梨花らしい、落ち着いた優しい文章である。
『はい、順調ですよ。さっきモーションキャプチャーのセットも届きましたし。それと、私のことは梨花さんが気にする必要はないです。全部茉莉亜のせいなので』
返信を送ると、すぐに既読がついた。
再びメッセージが送られてくる。
『あはは。確かに
『そりゃあもう。毎日ぶんぶん振り回されてますよ』
『でも、イヤじゃないんだよね?』
訊かれて由依は、返事を打つ指を止めた。
私の平穏な毎日を乱されるのは嫌に決まっている。当たり前だ。
そのはずなのに。
それが日常になった今、茉莉亜に振り回されない生活を想像することが出来なくなっている。
私はいつの間にか、あれだけ面倒に感じていた彼女の自分勝手な振る舞いを受け入れている。
もしかして私は、茉莉亜に振り回されることを嫌だと思わなくなっている?
改めて問われたことで、由依は自分の気持ちがよく分からなくなってしまった。
既読をつけた状態で返事をしないでいたところ、梨花から先にもう一通。
『ごめんごめん、答えにくかったよね。準備、進んでそうで良かった。ライブの前日に東京行くから、最終設定はその時に』
何か変に気を遣われた気がする。
『すみません。はい、よろしくお願いします』
とりあえず慌ててそう返信すると、デフォルメされたVtuberが『またね』と手を振るスタンプが一つ返ってきた。
翌週、デビュー配信の前日。
「お待たせ、みんな。今日も暑いね〜」
待ち合わせ場所に梨花がやって来ると、
「おっ、ついに主役の登場だな?」
「
「もう、茶化さないでよ二人とも。恥ずかしいから」
久しぶりの全員集合。
男子二人も梨花も、どことなくテンションが高いように見える。
「んじゃ、暑いしさっさと移動しようぜ」
それから向かった先は、駅から徒歩十分ほどの場所にある博之の家。
しかし家には入らずに、玄関の脇の細い隙間を抜けて行く。
家の裏手にある古びた倉庫の扉の前で、博之は一度立ち止まるとこちらを振り返った。
この倉庫が何なのか知らない、きょとんとしている梨花と目を合わせる。
そして再度前を向くと、勢いよく扉を開けた。
「ここがぽわーるさん専用アリーナだ!」
博之に続いて、梨花が倉庫に足を踏み入れる。
その瞬間、梨花は感激したように口元を押さえながら、「うわぁ、すごい……!」と声を上げた。
体育館ほどの広さがある倉庫の中は、カメラやパソコンなど配信をするための準備がすでに整えられていて。(今朝のうちに由依たち四人で済ませておいた)
本格的とは言えないものの、梨花のためだけのスタジオがそこにあった。
「これ、みんなで用意してくれたの?」
嬉しそうに言う梨花に、茉莉亜が頷く。
「ええ。低予算でも大手事務所に勝てるように、あの手この手を尽くして最善の環境を用意したわ。まさかスタジオ代まで浮かせられるとは思わなかったけれどね」
その点については、この倉庫を貸してくれた博之の家族に感謝である。
「うん、最高だよ。みんな、本当にありがとう……!」
その後、梨花にはモーションキャプチャーのセンサーを装着してもらい、キャリブレーションを行った。
克則が作った3Dアバターと動きがリンクするのを確認し、そのまま通しでリハーサル。
演者の梨花と由依たち裏方、お互いに大きな問題は無し。
常にギリギリの綱渡りスケジュールだったが、どうにか本番までに仕上がった。
ついに迎えた、梨花のVtuberデビュー当日。
いよいよ初配信が始まる。
『愛宕ぽわーるを待っています』
配信開始予定時刻。
マイクを握った梨花がカメラの前に立ち、ポーズを取った。
刹那、梨花の魂がVtuber愛宕ぽわーると一体になったのを感じる。
博之のカウントで配信スタート。
一曲目の歌い出しと同時に、明転。
「♪だれかを守りたいと〜、みんなを救うんだと、ずっと願い信じていたんだ」
『save you with magic』
Aメロ前の間奏のタイミングで、画面下に曲名のテロップを表示。
ちなみにこの曲は人気テレビアニメ『魔法災害隊』一期のオープニングテーマである。
突然始まった3Dライブとアップテンポなアニソンに、まだ少数のリスナーしかいないコメント欄が一気に盛り上がりを見せる。
【普通に自己紹介するんかと思ったら、まさかのライブ!?】
【うおお神曲キターーーー!!!!】
【ぽわーるちゃん可愛い!】
煌びやかなステージで、ぽわーるは楽しそうに歌い踊る。
その間にもじわじわと視聴者が増えていき、一曲目を終えた頃には個人勢の初配信とは思えない数字になっていた。
「……はい、ということで。みんな、今日はあたしのデビュー配信を見にきてくれてありがとう! コメントもちゃんと見えてるよ〜。【歌上手い!】、【かわいい】。えっ、本当に? ありがとう!」
トークパートではリスナーのコメントを積極的に拾いつつ、ステージの紹介をしたり自身のチャームポイントを見せたり。和やかな雰囲気で進行していく。
「でね、今日のハッシュタグは、『ぽわーる初配信』でお願いします。まあこれは今日限定のものなんだけど、たくさんポストしてくれると嬉しいな。あと、普段の配信用ハッシュタグは明日の自己紹介配信で言うから、そっちもよろしくね。じゃあ次の曲、そろそろ行こうかな」
続けて二曲目、三曲目と歌い、ライブは中盤。
気が付けばリスナーは千人を超え、同時接続数は現在配信中の大手事務所所属のVtuberと肩を並べていた。
それに比例してコメント欄の盛り上がりも加速。時折、目で追えなくなる場面もあった。
【トレンド入りめでたい!】
【ポスト見て来ました!】
【この子どこ所属? ニサンジゲン? ぶいすと?】
【ぽわーるちゃんは個人勢やで。ちなこれが初配信】
どうやらSNSでも話題に上り始めたようだ。
口コミ効果もあって、視聴者数は更に増える。
「す、すごい。梨花さん、めちゃくちゃ注目されてる……」
綺麗な歌声を響かせるぽわーるを横目に、由依が呟く。
すると、隣でパソコンを見つめていた茉莉亜が、拳を握りしめながら言った。
「いいえ、まだよ。まだ行ける。あなたなら絶対に、いかほちゃんを超えられる」
現在の同時接続数一位は二万人近くを集めているメタライバーズ七期生、
茉莉亜はそんな人気Vtuberに、ぽわーるが勝てると思っているらしい。
果たしてぽわーるは、残り二曲の間にその強敵を上回ることが出来るのか。
由依は静かに画面を見守る。
次の曲も終えて、あっという間にデビューライブもクライマックス。
「では、次が最後の曲になります。こんなにたくさんの人が来てくれるなんて思ってなくて、ちょっとびっくりしてるんですけど。みんな、本当に、本当にありがとうね! あたし、みんなを楽しませられるように頑張るから、これからよろしくお願いします! 今日はありがとうございました!」
先に別れ挨拶を済ませたぽわーるが位置につくと、イントロが流れ始める。
【おおっ、トウキョウドリーマーか!】
有名な歌だけあって、テロップが出る前に曲名がコメント欄に書き込まれる。
トウキョウドリーマー。年末の歌番組でも披露された、国民的アイドルグループの
「♪赤い塔で誓い合った、あの夢の約束は〜、ビルの明かりに霞んで、いつの間にか見失っていた〜」
そんな静かめなAメロから、Bメロで徐々にギアを上げていく。
そして、サビに突入。ここでコメント欄は、大トリにふさわしい最高潮の盛り上がりを見せる。
「♪トウキョウドリーマー、僕ら輝いて、あの一等星にも、手がとど〜くかな」
ここでついに、同時接続数が二万人を突破。
同接ランキングトップに躍り出る。
個人勢の初配信では異例、とてつもない快挙である。
【ぽわーるちゃん、最高だった〜!】
【今日から愛宕ぽわーる推しになりました】
【早くメンバーシップに入らせてくれーーーー!!!!】
【これ個人でやってるのヤバくね? こいつメタライバーズやろ】
配信終了後。
チャンネル登録者は急増、高評価も多数。
SNSのトレンド上位や動画サイトの急上昇ランクに入ったことによって、アーカイブの再生回数も驚異的な数字を記録した。
こうして茉莉亜のプロデュースは見事に成功し、Vtuberに憧れる普通の女性だった
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