3-4 リモート作戦会議

 週明け、月曜日の放課後。

 由依ゆいは一度家に帰って制服から着替えた後、すぐに茉莉亜まりあの家に向かった。


 インターホンを押すと、玄関扉が開いて部屋着姿の茉莉亜がひょこっと顔を出した。


「もう準備は済ませてあるわ」

「ん」


 先ほど別れたばかりだったので、特に挨拶も無しに上がらせてもらってリビングへ。

 テーブルにはノートパソコンが置かれていて、カメラやマイクもセッティングされている。


 しばらくパソコンの前に座って待っていると、茉莉亜がリンゴジュースの入ったコップを両手に持って台所から出てきた。


「はい、これ」

「あっ、ありがと」


 由依が自分の分のコップを受け取ると、茉莉亜は由依の右側に座った。

 それからカメラの角度を調整し、画面を確認しながら二人の顔がきちんと映るようにする。


「よし、大丈夫そうね」


 どうやらこれで全てのセッティングが完了したらしい。


 その後、約束の時間まで待つこと数分。

 画面上に続々と人が集まってきた。


「うっす!」

「え〜っと、これで行けたか……?」

「こんにちは、みんな。土曜日ぶりだね」


 クラスメイトである鯨井くじらい博之ひろゆき大熊おおくま克則かつのり、そして彼らのゲーム友達のぽわーること北爪きたづめ梨花りかだ。


 三人はそれぞれの自宅から繋いでいるようで、映り込んでいるものから趣味や生活が垣間見える。

 その中でも、特に目を引いたのが博之の部屋。


「鯨井君、本当に芽生めいちゃんが好きなのね」


 茉莉亜の言葉に、博之が「そりゃもちろん!」と大きく頷く。


 壁にはアニメの番宣用ポスター、棚には大量のフィギュアやアクリルスタンド。

 そしてそのどれもが、ピンク色のツインテールの美少女キャラクター。

 博之の部屋の一角は、推しキャラに埋め尽くされていた。


「『魔法災害隊』は人生のバイブル! 芽生ちゃんは女神様!」

「テンションたっか……」


 由依が思わず引いてしまうほどのハイテンションで推しへの愛を語る博之。

 それに梨花は「あはは」と愛想笑いを浮かべると、続けて克則に話を振った。


「ビッグベアくん……じゃなくて大熊くんは、いかにもゲーマーって感じだね?」


 対して克則の部屋はシンプル、というか無機質だ。

 やや薄暗い部屋の中には、パソコンの関連品以外の物がほとんど見当たらない。


「まあここはゲーム専用の部屋だからな」


 ゲーミングチェアに背中を預けながら、克則が答える。

 わずかに映り込んでいるキーボードやマウスが七色に光るゲーミング仕様であることからも、相当やり込んでいることが見て取れる。


「それはエイムも抜群なわけだ。やっぱり環境って大事だよね。いいなぁ……」


 同じゲーマーとして、そんな空間を羨ましがる梨花。

 だが由依がこの中で一番魅力を感じたのは、そう呟いて寂しそうにする梨花の部屋だった。フォローしようなどという意図は無く、ただ純粋に感想を口にする。


「でも私は梨花さんの家が一番素敵だと思います。古民家って感じで」


 梨花の後ろには障子と縁側、更にその奥には和風の庭が映っていて、古き良き日本家屋といった趣が感じられる。ぱっと見、庭も家もかなり広そう。

 もしかして梨花さんっていいところのお嬢さん?


 由依は正真正銘の本心で言ったのだが、しかし梨花はそうは受け取らなかった様子。

 謙遜するように首を横に振ると、微妙な笑みを見せた。


「いやぁ、この家はただ古いだけで。古民家って呼べるほどのものじゃないよ」

「そうですか? 後ろに映ってる庭とかも結構広そうですし、なかなかのお屋敷なんじゃ?」

「田舎の家なんてどこもこんなものだよ。我が家が特別広いわけじゃない。まあ、東京の人からすると広くは見えるかもしれないけどね」


 そんなものだろうか。


 と、通信や音量の確認を兼ねたアイスブレイクはこのくらいにして。


「じゃあそろそろ本題に入りましょうか」


 茉莉亜の仕切りで打ち合わせが始まる。


 今日このメンバーがリモートで集まった理由。

 それは梨花のVtuberデビューに向けて、スケジュール調整や役割分担を行うためだ。


「早速だけど、まずは私が考えた戦略を発表するわね」

「戦略?」

「ええ。新人の個人勢が大手企業勢に勝つためには、初配信からインパクトを残さなければならない。トレンドに乗るくらいにバズらないといけない。そのための戦略よ」


 個人で活動するVtuberは山ほど存在するが、注目される人はほんの一握り。

 大手企業に所属している人以外は、どうにかして名前を売らなければ認知すらしてもらえない。


「それってつまり、活動前からSNSでファンを作ったり、他のVと交流したりっつーこと?」


 博之の発言に、茉莉亜は頷きつつも否定する。


「もちろんSNSは地盤作りのためにも当然やるべきでしょうね。ただ、私が言いたいのは初配信の話。普通にありきたりなデビュー配信をしたところで、望める同時接続数なんてたかが知れているわ。でもだからこそ、そこで大きなインパクトを残せれば、一気にファンを獲得できる可能性もある」

「なるほどな、照日てるひさんの言いたいことは分かった。普通に自己紹介するだけじゃつまんないもんな。で、肝心のその戦略って?」


 克則に問われ、真っ直ぐにカメラを見つめた茉莉亜は一言。


「ずばり、3Dライブよ」


 3Dライブ。その単語を聞いて、Vtuberをよく知る三人が困惑の表情のまま固まった。

 もちろんパソコンがフリーズしたわけではない。


 しかし、Vtuberについては茉莉亜に教えてもらった僅かな知識しかない由依には、画面の向こうの人たちが何に戸惑っているのか分からなかった。


「えっと。3Dライブって、茉莉亜がこの前見てた渋川しぶかわいかほがやってたやつみたいな?」

「ええそうよ。あのクオリティのライブを個人勢が初配信でやったら、きっと話題になるはず」


 確かに、あれくらい凝ったものをやれれば、見てくれた人が拡散してくれて、上手くいけばバズるかもしれない。

 特に問題は無さそうだし、とりあえずやってみるのはアリだと思う。


「うん、いいんじゃない」


 深く考えず、簡単に同調した由依。


 だがそこで、博之と克則から待ったをかけられる。


「いやいや。Liveライブ2Dを発注するだけでもお金が掛かるのに、3Dアバターまで作るとなったらいくらお金があっても足りねぇよ」

「しかも3Dライブってことはステージも作らなきゃだし、どっかスタジオも借りなきゃだろ? 俺らにそんな予算は無えって」


 茉莉亜の考えた案をそう否定する二人に続いて、梨花も口を開く。


「うん。そりゃああたしだって初配信でメタライバーズみたいなライブが出来たら嬉しいけど、いろんなことを考えたら現実的じゃないよ」


 企業勢レベルの3Dライブなど、無理に決まっている。

 それがVtuberファン三人の共通の見解だった。


 由依たちはまだ高校生で、使えるお小遣いも限られている。

 何をするにもお金は必要。だからそんなものは不可能だ、と。


「ねえ茉莉亜。考えとしては悪くなかったけど、やっぱり難しいんじゃない?」


 有識者の意見を聞いて、別の作戦を考えるべきだと判断した由依。


 しかし茉莉亜は、自信に満ちた態度のまま強気の姿勢を崩さない。


「いいえ。3Dライブは絶対にやれるわ」


 そこで一度言葉を止めると、画面に映る博之と克則と梨花、そして目の前の由依を見てから続ける。


「鯨井君は映像編集ソフト、大熊君は3Dモデリングソフトを触ったことがあるのよね? なら配信と3Dライブはクリアでしょう? で、私は絵が描けるからLive2Dもオッケー。ぽわーるさんには歌とダンスの練習に集中してもらって、由依にはその他諸々の雑用を任せればいい。ほら、完璧でしょう?」


 完璧でしょう? と言われましても。

 当然、急に大役を任せられた博之と克則は反論を口にする。


「いや、俺は何年か前に本当に軽く触っただけで。生配信をやれるほどじゃ……」

「待て、それのどこが完璧なんだよ! 俺にあんなハイクオリティなアバター作れるわけねぇだろ?」


 至極真っ当な反応だ。

 けれど、そんな個人の主張をワガママ王女様の茉莉亜が聞き入れるはずもなく。


「そこはネットなり本なりで勉強しなさいな。今身につけておけば、将来役に立つかもしれないわよ。じゃあ次は、いつ頃のデビューを目標にするかね」


 なんだかんだで強引に言いくるめて、初配信は3Dライブで決定してしまう茉莉亜。


 全て自分達で用意してしまえば、お金なんか要らない。

 個人勢のスタンスとしては正しいのかもしれないが……。


 にしても、その他諸々の雑用って。

 私はマネージャーでもプロデューサーでもないんだけど?


 面倒な雑用を丸々押し付けられることを想像して、由依はこの時点ですでにげんなりとしていた。

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