3-2 仲間はずれオフ会
週末の土曜日。
「はぁ……。どうしてこうなった」
それは先日のお昼休みのこと。
食事を終えた後に
何かに付き合わされることは分かっていたが、何になのかはまだ教えられていなかったからだ。
「で、今度は何をすればいいの?」
首を傾げた由依に、茉莉亜は「まあ焦りなさんな」と宥めてから二人に顔を向ける。
別に焦ってはいないが。
最初に口を開いたのは博之。
「俺らさ、今度の土曜に『クラクス』で知り合った女の子とオフで会う約束したんだけどな。男子二人に女の子一人じゃ可哀想じゃねってなって、おとといくらいにメッセで
「なっ?」と確認を求められ、茉莉亜がこくりと首を縦に振る。
続けて克則が口を開く。
「でもそれでやっと二対二じゃん? 初めての東京、しかも初対面の人と会うってのに、男女同数だとまだちょっと厳しくね? それに俺たちはオタク系のスポットしか知らないし、照日さんも東京には詳しくないしで、誰も普通の観光案内が出来なさそうでさ。だから
なるほど、つまり私にツアーガイドをやれと。
アニメやゲームなどの分野に疎く、Vtuberの存在を今日まで知らなかった由依がオタク達の集まりに巻き込まれた理由はそういうことか。
「うん、まぁ。東京タワーとか
「本当か!? すっげー助かる!」
「よっしゃ! 正式に決まったって、ぽわーるさんに連絡いれとくわ」
あ〜あ。決まっちゃった。
とまあ、決まってしまったものはもう仕方がないとして。
喜ぶ二人を横目に、由依は茉莉亜に小声で話しかける。
「それでさ、茉莉亜。『クラクス』って何?」
由依は聞いたことのない固有名詞だったが、彼らは当たり前のように口にしていた。
これもまたそっち界隈では常識レベルなのだろうか。
本当にそのジャンルに関しては無知な由依の問いに対して、茉莉亜は呆れることなく優しく微笑みながら教えてくれた。
「ああ、『クラクス』っていうのはね」
以下、茉莉亜の長ったらしい、もとい丁寧すぎる説明の要約。
略称『クラクス』、正式名称『CRACKSTAR《クラクスター》』は、アメリカの企業が開発・運営を行っている世界中で大人気のFPSゲーム。
基本は五人対五人のチーム戦で、装置を仕掛けて起動する攻撃側と、それを阻止する防御側に分かれ、十三本先取で勝敗を決める。
近年はeスポーツの競技として日本でも注目度が高まっている。
とのこと。
聞いたところでちんぷんかんぷんである。FPSって何の略?
「おっ、ぽわーるさんから返信来た。オッケーだってさ」
「よし、決まりだな。じゃあ土曜日はよろしく、水瀬さん」
「う、うん」
これが、今こうなっている経緯だ。
どうしてこうなったも何も、断らなかった由依が悪いと言えばそれまでなのだが、茉莉亜とのパートナー契約がある以上断るのも難しく。
流れを作られてしまうと、由依には逆らうことなど出来るはずがなかった。
茉莉亜も一緒とは言え、大して仲良くもない男子二人と全く面識のない女性と一日遊ぶ。
気まずいなぁ……。
待ち合わせ時間が近づくにつれてどんどんと憂鬱になってきて、再び大きなため息を吐いた由依。
すると突然、頬に冷たい何かを押し付けられて、由依は冷たさと驚きで身体をぶるりと震わせた。
「うひゃぁっ!」
見遣ると、目の前に立っていたのは茉莉亜だ。池袋駅まで一緒に来た後、彼女はコンビニに行くと言ったので一旦別れたが、いつの間にか戻ってきていたらしい。
茉莉亜は由依の頬に押し当てていたペットボトルをそのままこちらに手渡すと、困った表情になりながら告げる。
「ほらあなた、また顔に出てるわよ。
しまった。無意識のうちについ。
「あっ、はい。気を付けます……」
「で。勝手にスポーツドリンクにしてしまったけれど、それで良かったかしら?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
どうやら茉莉亜はコンビニに行ったついでに、気を利かせて由依の分の飲み物まで買ってきてくれたようだ。
今日は六月ながら真夏日予想ということも考慮してのスポーツドリンク。しかも由依がいつも好んで選んでいるブランドのもの。ありがたく頂戴する。
由依がスポーツドリンク、茉莉亜がリンゴジュースをそれぞれ飲んでいると、男子二人が駅の方から駆け寄ってきた。
「悪い遅れた!」
「時間はギリセーフか!?」
「ええ、間に合っているわよ」
慌てている様子の博之と克則の問いに、茉莉亜がこくりと頷く。
確かに約束の時間まであまり余裕は無かったが、そんなに急ぐほどではない。
「どうしたの? もしかして、一番最初に着いておきたかったとか?」
由依が首を傾げると、博之が口を開いた。
「いや、そういうわけじゃねぇけど。ちょっと電車が遅れててさ」
「あー」
そう言えば電車内のモニターに『
ちなみに由依たちは
「何度も赤信号で停まるもんだから、間に合わないかと思ったぜ」
「あはは。まあそんなこともあるよ」
と、そうこうしているうちに待ち合わせの時刻になった。
ぽわーるさんなる人物は、まだ姿を現さない。東京には初めて来るらしいので、どこかで迷ってしまったのだろうか?
約束から遅れること二分。
女性が声を掛けてきた。
「あの、ビッグベアくんとシロナガスくんだよね? ごめん、地下鉄乗り間違えちゃって」
ビッグベア? シロナガス?
一瞬考えて、すぐに思い至る。
ビッグベアは直訳すると大熊。シロナガスは鯨の名前だから鯨井。
つまり博之と克則のことだ。
「そうっす。俺がビッグベアで、こっちがシロナガス」
「ぽわーるさん! はっ、初めまして!」
どうやらこの人がぽわーるさんらしい。
ゲーム仲間である二人が挨拶したのに続いて、茉莉亜が一歩前に出る。
「初めまして。この二人と同じクラスの照日茉莉亜です。私もクラクスやってて、アニメやゲームが大好きなので、色々とお話出来たら嬉しいです」
茉莉亜が丁寧に挨拶をしてからお辞儀をすると、その姿を見たぽわーるさんも慌ててぺこりと頭を下げた。
「あぁ、よ、よろしくね、照日さん。すごい、礼儀正しいんだね?」
育ちの良さを感じさせる茉莉亜の振る舞いに対してそう感想を述べたぽわーるさん。
「いえそんな。そういう性格なだけです」
それに茉莉亜は謙遜するように返しつつ、スッと一歩下がった。
そして最後は由依の番。
茉莉亜を真似して一歩前に出て、相手の目を見ながら言う。
「は、初めまして。同じくクラスメイトの水瀬由依です。私はゲームとか全然やらないんですけど、東京を案内してほしいって頼まれまして……。ちゃんと案内できるかも分からないですけど、今日は精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
深々と頭を下げると、ぽわーるさんは「うん。よろしくね、水瀬さん」と優しく応えてくれた。
「それで、えっと。ぽ、ぽわーるさんのことを、私は何とお呼びすれば……?」
ゲーム内での繋がりもない完全初対面の由依が『ぽわーるさん』と呼ぶのも違うような気がして、本人に問いかける。
するとぽわーるさんは、「うーん、そうだなぁ」と口元に手を当てながら考え込むと、やがて答えを口にした。
「まあ、別に好きに呼んでもらって構わないんだけど。一応本名は
「いやいや、そんな。梨花さん、可愛らしくていい名前じゃないですか」
梨花は背が高くてスタイルも良くて、クール系の美人。加えて声も低めで、いわゆるイケメンボイスをしている。
だから本人的には自分の雰囲気と合っていないと感じているのだろうが、由依からすればむしろぴったりな名前だと思った。
「じゃあ、私は梨花さんってお呼びしますね」
「うん。オッケー」
「よっし、挨拶も済んだことだし。いつまでもこんな所に突っ立ってないで、そろそろ行こうぜ!」
「まずは俺たちの聖地へ!」
「池袋といったら、やっぱりあのお店に行かないとね」
博之と克則、茉莉亜の三人が迷わず同じ方向へ歩き出したので、由依は梨花と共に後ろを付いていく。
一体どこへ向かっているのやら。
ただ、由依の出番がしばらく無いだろうことは、オタク三人のテンションから察していた。
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