第3話 あこがれストリーム
3-1 流行りの配信者
六月。梅雨の季節。
ここ最近は毎日のように雨が降っている。
そのどんよりとした天気のせいか、はたまた気圧が低いせいか。
改札を抜けホームを歩いていくと、ベンチに座る
今日のように天気が悪い日は、いつもの区民センター前の広場ではなく、屋根があって濡れない駅のホームで待ち合わせをすることにしていた。
「おはよう、茉莉亜」
右手を振りつつ声を掛けるも、茉莉亜はイヤホンをしてスマホを見つめているため全く気が付いてくれない。
「……ねぇ、何見てるの?」
由依が隣に座って画面を覗き込むと、そこでようやく茉莉亜がこちらを向いた。
片方のイヤホンを耳から外して、「おはよう。何?」と訊き返してくる。
「おはよう。いや、何見てるのかなぁと思って」
「あぁ、これ?
「し、しぶ……?」
渋川
一体どんな奴だとスマホに目を落とすと、可愛らしいアニメキャラクターの女の子が笑顔で歌い踊っていた。
ライブというからアイドルか何かかと思ったが、そもそも人間でも無かった。
「何これ」
色々疑問はあるがどう質問したら良いのか分からず、結果として物凄くシンプルな問いを口にした由依に、茉莉亜はスマホに視線を向けたまま答える。
「いかほちゃんはメタライバーズ七期生のVtuberでね。最近結構人気があるのよ。ほら、この曲とか少し前にショート動画でバズっていたのだけれど、聴いたことない?」
そう言って、茉莉亜が外したまま手に持っていた片方のイヤホンを渡してきたので、由依はそれを受け取って装着する。
「……いや、知らない。っていうか私、ショート動画全然見ないし」
「でも、良い曲でしょう?」
「まぁ、それは確かに」
曲調は最近よくある感じのアップテンポなもので、サビはなかなかの高音。
しかし、その難しい曲を画面の中のキャラクターは綺麗な声で完璧に歌い上げていた。
「へぇ〜。最近の声優さんって歌上手いんだねぇ」
曲が終わったタイミングで「ありがと」とイヤホンを返そうとしたら、茉莉亜がなぜかこちらを睨んできた。
一呼吸置いた後、やや怒りを含んだ口調で言う。
「あのね、由依。いかほちゃんに中の人なんていないわ」
「…………は?」
茉莉亜は何を言っているのだろうか?
キャラクターには中の人、つまりは声を当てる人がいて当然。
私は何もおかしなことを言っていないはずだ。
困惑の表情を浮かべて固まる由依に、茉莉亜はベンチから立ち上がると一言。
「あなたにはまず、Vtuberという存在についてから説明する必要がありそうね」
それから学校に着くまでの間、由依は延々とVtuberの解説を聞かされる羽目になった。
「あ〜もう、茉莉亜のせいで無駄な知識覚えちゃったよ。こんなの絶対テストに出ないのに……」
教室の机に突っ伏しながら由依がぼやいていると、
「何を語られたのかは知らんが、この世に無駄な知識なんてないぞ。少なくとも株取引においてはな」
「いや、私は株なんかやらないし」
力なく言い返しつつ、のっそりと体を起こす。
すると、杏が鞄を机に置いてから小首を傾げた。
「ちなみに、なんの話だったの……?」
「あ〜、えっと。Vtuberって知ってる?」
二人ともアニメ好きとは思えないし、多分知らないだろうなぁ。
簡単な説明をする必要があるだろうかとも考えていたが、意外なことに理緒が「あぁ」と頷いた。
「Vtuberか。キャラクターの姿で動画配信する人のことだろ?」
「そうそう。えっ、なんで知ってるの?」
「そりゃあ流行は押さえておかないと、儲けるチャンスを逃しちまうからな。Vtuber銘柄の株は底値のタイミングで買えたおかげで、今だいぶ利益出てるぞ」
本当に株取引に無駄な知識ってないんだ。少しばかり感心してしまう。
こうなると、理緒がVtuberにどこまで詳しいのか気になってくる。
由依は先ほど聞かされたばかりの情報から、いくつかクイズ的なものを出題してみる。
「じゃあ土屋さん。
「あ? アイドル系はクレバーの運営事務所だから……。メタライバーズ、だったか?」
「おお、正解。では業界二位のバーチャルタレント事務所と、三位のゲーム実況特化の事務所は?」
「ん〜と、二位が
「へぇ。それぞれの企業のこと、ちゃんと覚えてるんだ。すごい……」
流石はトレーダーとして大金を稼いでいる理緒。記憶力もさることながら、地頭の良さも感じる。
「ってかアンタ、今アタシのこと試したろ?」
「ごめんごめん。流行は押さえてるって自信満々に言ってたから、実際どの程度なんだろうって思って……」
理緒に睨まれてしまったので、由依は頭を掻きつつ謝罪する。
と、そんな話をしていたら、由依たちが口にした単語に反応したのか、そばにいた
「もしかして、
「誰か推しとかいたりすんの!?」
うわぁ、これまた面倒な人に絡まれた。
彼らはクラスの中でもトップレベルのオタクだ。下手をすると登校時の茉莉亜よりも厄介かもしれない。
同じように感じたのか、理緒は見事なまでの作り笑いを浮かべるとオタク男子二人をあっさり受け流す。
「いや、アタシはVtuber事業のビジネスモデルには興味があるが、Vtuber自体には特に関心は無ぇな。だがまぁ、運営企業には成長してほしいから、それぞれの活動を応援はしているぞ」
そしてそのまま、ちょうど登校してきた
まずい。取り残された。
しかも気が付けば、いつの間にか杏もフェードアウトしてるし。
ど、どうしよう……。
由依が一人困惑していると、横からふらりと茉莉亜が現れた。
「ほらあなた、露骨に嫌そうな顔をしなさんな。こっちの世界も知れば楽しいわよ」
「えっ、私そんなに嫌そうな顔してた?」
表情に出していたつもりはなかったんだけど。
どうやら取り繕えていなかったらしい。
それから茉莉亜は、博之と克則の方を向くと。
「由依にはさっき、私が布教していたのよ。あまり良い感触は無かったのだけれどね」
そう言って助け舟を出してくれた。
茉莉亜の言葉を聞いて、二人は由依に謝った。
「あー、そうだったのかぁ。悪かったな、驚かせて」
「俺もテンション上がってグイグイ行き過ぎたわ、悪い」
「ううん、平気。気にしないで」
よし。誤解も解けたみたいだし、これでこの話は終わり。
先に一時間目の授業の教科書とか用意しておくか。
なんて思っていたら、隣から何やら不穏な会話が聞こえてきた。
「それで、この前の件なのだけれど。どうせなら由依も連れて行かない? 沼に落としてやりましょうよ」
「まあ、男子ばっかりってのもアレだしな。水瀬さんがいいなら俺らは大歓迎だぜ」
「一応ぽわーるさんにも確認はしないとだけど、多分大丈夫だろ」
「じゃあ決まりね。ということだから由依、詳細はお昼休みにでも」
「なっ、何が……?」
由依はもう話の輪からは外れたつもりだったのに、茉莉亜たちはまだ組み込んでいたようだ。
この前の件? 沼に落とす?
今度は一体何をさせられるんだ……。
またしても由依は、茉莉亜に半強制的に付き合わされることになった。
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