2-4 友情ストップ安
もてなしは出来ないという
ここまでは
今日ここに来た目的は、不登校状態の理緒を説得して再び学校に来てもらうためなのだから。
話が途切れたタイミングで、茉莉亜に目配せをしつつ
「あのさ。場も温まってきたし、この辺で本題に入らない?」
それに対して
「あ? んだよ本題って」
当然、理緒は不快感を示した。
足を組み直しながら、こちらを睨め付けてくる。
威圧感がすごい。
だが、そんな理緒の態度にも臆することなく、正座をして向き直った瑞穂が話を始める。
「理緒ちゃん。学校、どうして来てくれないんですか? わたしも杏ちゃんも、ずっと待っているんですよ?」
「……知らねぇ」
「そしたら、どうして来なくなっちゃったのか、せめて理由だけでも教えてください。悩みごととか困りごとがあるなら、わたしたちも力になります。もし学校で嫌なことがあったなら、わたしが全力で守ってあげます。どうです? 話してくれませんか?」
「…………」
瑞穂の問いかけに、しかし理緒は答えない。
そっぽを向いたまま、だんまりを決め込んでしまう。
この頑ななまでに応じない姿勢には、幼馴染である瑞穂も流石に困った様子で。
「……」
「……」
部屋が異様な静寂に包まれる。
そんな中、茉莉亜の静謐な声が重い沈黙を破った。
「ねえ、
こんな状況でいきなり話を振られて、驚いた杏が一瞬たじろぐ。
「わ、私……? き、きっとそんなこと、ない、と思うよ。
そう言って、ちらりと理緒の顔色を窺う杏。
「と、冥賀さんは考えているようだけれど?」
実際はどうなのと、茉莉亜が視線を向けた先。
ほんのわずかに、理緒の感情が揺れたように見えた。
「……はぁ。いや、杏になら話してやらんこともないが」
大きなため息を吐いた理緒が、ようやく質問に応じてくれた。
態度もやや軟化したような感じがする。
「ほ、ほんとに?」
「ああ、嘘じゃねぇ。けど、今は邪魔な奴らがいるからな。コイツらが出て行かなきゃ喋る気にはなれん」
とはいえ、それは杏に対してだけのようで。
瑞穂や由依には相変わらずきつく当たってくる。
「もう、理緒ちゃんはいつもそうやってわたしを仲間外れにするんですから」
「まあまあ。土屋さん的には何か、天王寺さんに話しにくい事情でもあるんじゃない?」
「小さい頃から長年の付き合いがあるのにですか?」
「うん。反抗期、とか……?」
疎まれた者同士こそこそと喋っていたら、「おいそこ、聞こえてんぞ」とツッコまれた。
このまま由依たちがここに居れば、空気がどんどんと悪くなるだけだ。
「仕方がないから、私たちは一旦部屋を出ましょう。リビングに居てもいい?」
「ああ、勝手にしろ」
結局、茉莉亜の判断によって、由依たちは一度部屋を後にして一階に降りることとなった。
部屋には理緒と杏の二人きり。
外野の声は遠ざかって聞こえなくなった。
理緒はゆっくりと椅子から立ち上がると、杏の正面に座って向かい合う。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは杏だった。
「土屋さん、私ね。土屋さんと同じ高校に入れて、すごく嬉しかったんだよ? また三年間、ずっと一緒にいられるって、嬉しかったんだよ? でも土屋さん、最初にちょこっと来ただけで、それからは全然、学校来なくなっちゃったから……」
「ああ。それはアタシも悪かったって思ってる」
幼馴染である理緒が学校に行かなかったことで、人見知りの杏には寂しい思いをさせてしまった。
その自覚は十分にあるし、申し訳なさも感じている。
「土屋さんは、私のことが嫌いになったんじゃ、ないんだよね? だったら、なんで、学校来なくなっちゃったの? ちゃんと理由を、教えてほしい、な」
アタシが学校に行かなくなった理由。それは普通の人が聞けば馬鹿にされるかもしれないようなものだ。
だから今までは、適当にはぐらかして誤魔化して、瑞穂にも誰にも話してこなかった。
でも、杏なら絶対に分かってくれる。
そんな確信があったから、理緒は正直に学校に行かなくなった本当の理由を述べる。
「前に瑞穂にさ、クラスの雰囲気に馴染めなかったから、っつったの覚えてるか?」
「うん。土屋さんらしくないな、って思ってた」
「アタシは一匹狼タイプの人間だからな。クラスメイトと群れるつもりは無ぇ。けど別に、和を乱そうとは思っちゃいなかった。だが、あのクラスの仲良しムードの中に、とんでもねぇ爆弾があるような気がしたんだよ。なんつーか、バブル崩壊前夜、みたいな感じ? 杏も何か思い当たる節があるんじゃねぇか?」
「…………
消え入りそうな声で答えた杏に、理緒は頷く。
性格こそ正反対な理緒と杏ではあるが、感覚的な部分では二人は非常によく似ている。
「あのクラスは二日目の時点で完全にアイツに掌握されていた。アイツが何かをしでかせば、恐らくは一瞬で学級崩壊だ。表向きはクラスのマドンナぶってるが、あれは相当な厄介者だぞ。んで、アタシはそんな目に見えた爆弾と心中するのはゴメンだった。だから学校に行くのをやめた」
「そう、だったんだね……」
アタシは基本的に人間不信で、他人のことなど信じちゃいない。
だから昔から、クラスメイトとも事務的なやり取り以上に深く付き合ってはこなかった。
そして今回もそうやって過ごすつもりで、この高校に入学した。
だが、入って早々に、クラスの雰囲気に嫌な違和感を覚えてしまった。
妙に人間関係の構築が早い。それも女子を中心に。
本来なら、それは別に悪いことではないはずだ。
でも理緒は、それが何故だか不気味に思えた。
原因を探るべく教室の隅で様子を観察していると、謎はすぐに解けた。
木崎
女子も男子も関係なく、みんなに好かれる笑顔で。
けれどその笑顔は、飾られた偽りのもの。
他人のためではない、自分のためだけに作っているもの。
その真実を見抜いた理緒には、双葉が中心的存在となってしまったこのクラスはもう救いようがないように見えて。
己の安寧を最優先に、こうして学校に行かないという選択した。
そんな理緒の説明に納得はしてくれたらしい杏ではあったが、俯けた顔は悲しそうな表情をしている。
目を潤ませながら、ぽつりと呟く。
「うん、土屋さんの言いたいことは、よく分かった。でも、でもね……。土屋さんには私のこと、裏切らないで、ほしかったな。ずっと一緒って約束、破らないで、ほしかったな」
「杏、お前……!」
言われた瞬間、理緒はハッとした。
杏は、アタシと小さい頃に交わした何気ない約束を、忘れもせずに今まで本気にしていたのだ。
「ずっと一緒に居ようね」なんて、子ども同士の、今では笑ってしまうような約束を。
アタシは、そんなつもりじゃなかった。
寂しい思いをさせているとは思っていたが、杏を裏切ったつもりなんて無かった。
だけど杏は、裏切られたと、約束を破られたと思って……?
「違う、違うんだ、杏。その約束は、アタシも覚えてる。一日だって忘れたことはない。けどまさか、杏も覚えてて、しかもまだその約束が続いてるなんて思ってなかったんだ」
どうにか杏に許してもらおうと、理緒は必死に弁明をする。しかし。
その時杏が理緒に向けた目は、今までに見たことがない、暗い失望の目だった。
「そう、だよね。土屋さんは、そういう人、だもんね……」
「杏……?」
杏が静かに立ち上がる。
「うん。大丈夫、だよ。分かってるから。全然、気にしないで……」
「おい、ちょっと。そういう人って何だよ?」
「私、もう帰るね。またね、土屋さん」
「いや、おい待てって」
理緒も慌てて立ち上がったが、杏は扉を開けて部屋を出て行ってしまった。
一人取り残された理緒は、デスクチェアにどかりと座って乱暴に頭を掻く。
「ったく。アタシは何やってんだよ……!」
杏を傷つけて、泣かせて、絶望させて。
「アタシは杏のことすら、心の底からは信じちゃいなかったのかもな……」
ここでようやく、理緒は自らの愚かさに気が付いた。
だが、時すでに遅し。
大切な幼馴染との関係は、いとも簡単に、呆気なく、脆く崩れてしまった。
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