2-2 敵対的はじめまして
その日の放課後。
帰りのホームルームが終わってすぐに、
「お二人とも、支度は済みましたか?」
瑞穂の問いに茉莉亜が頷く。
「ええ、平気よ」
「由依ちゃんも忘れ物とか大丈夫そうですか?」
「うん、大丈夫」
「よし。それでは行きましょうか」
四人で学校を出て
トレインビジョンや車内アナウンスで見たり聞いたりしたことはあるが、由依にとってはあまり馴染みのない駅だ。
茉莉亜の後をついていく形で
街並みはよくあるベッドタウンという感じだが、由依の住む
「あのさ。ここって東京都内、でいいの?」
何気なく口にした疑問に、答えたのは瑞穂ではなく隣を歩く茉莉亜だった。
「いいえ、ここは神奈川県ね。川崎市の確か……。そう、多摩区だったはずよ」
「あぁ、川崎なんだ」
なんとなく
というか、なぜジタヴァ王国の王女様である茉莉亜がそんな細かい地名まで知っているんだ?
ますます茉莉亜の謎が深まってしまった。
「着きました。ここです」
しばらくして、先導していた瑞穂が立ち止まった。
見ると、そこに建っていたのは二階建ての一軒家だった。
まだ日没まで時間があるにも関わらず、二階の一室だけカーテンが閉まっている。
その部屋を見上げて、杏が呟く。
「
どうやらあそこが
瑞穂がインターホンを押して、自室に籠っているのだろう理緒に呼びかける。
「こんにちは、理緒ちゃん。課題と配布物、持って来ましたよ」
しかし、いつまで経っても応答が返ってこない。
由依と茉莉亜が顔を見合わせていると、瑞穂は困ったような笑みを浮かべて言う。
「あはは、すみません。理緒ちゃん、いつもこうなんですよ。一回じゃ出てきてくれなくて」
一階に降りるのが億劫なだけなのか、あるいは友達と顔を合わせたくないのか。
事情はともかく、理緒を玄関まで引っ張り出すのは毎度苦労しているとのこと。
諦めずに瑞穂が再度インターホンを押す。
「理緒ちゃん、玄関を開けてください。今日に関しては開けてくれるまで帰りませんよ。今日のわたしは手強いのです」
それからも辛抱強く声を掛け続けていると、根負けしたのかようやく理緒が応じた。
『わあったわあった、開けるよしゃーねーなぁ。ちょっと待ってろって』
「ふふっ、ありがとうございます」
そんな返答から待つこと三十秒ほど。ガチャンと玄関ドアが開いて少女が姿を現した。
上下グレーのだぼっとしたスウェットに身を包んだ、ボサボサ髪のダウナー系少女。
理緒の顔を知らない茉莉亜が、確認するようにちらりと由依を窺う。
一度見た人の名前と顔を忘れない由依は、それに対して小さく頷いた。
間違いない。彼女こそが土屋理緒だ。
理緒はスマホを片手に持ったまま、瑞穂の顔を見上げる。
「プリント類はポストに入れといてくりゃいいって何度言ったら分かるんだ」
「今日の課題の中にA3用紙のものがあったので、入らなかったんですよ」
当然そんなはずはない。薄っぺらい紙類など、半分に折れば余裕で入る。
玄関まで出て来てほしいとお願いした理由の適当な言い訳を口にしつつ、プリントの束を差し出す瑞穂。
「ふん、そうかよ」
理緒はわざわざ届けに来てくれたことに感謝もせず、それをぶっきらぼうに受け取った。
そして目を通すこともなく玄関収納の上に放り投げる。
と、そこでやっと瑞穂の背後に立つ由依と茉莉亜の存在に気付いたらしい。
睨め付けるような視線がこちらに向けられる。
「んで、アンタの後ろにいるヤツらは誰だ?」
瑞穂を問い詰める理緒の言葉に、何をどう勘違いしたのか杏がびくりと反応する。
「えっ、私……?」
「違う、杏のことじゃねぇ」
「えっと、紹介しますね」
瑞穂の合図を受けて、茉莉亜が一歩進み出る。
「初めまして。おととい転校してきた
王族らしい気品あふれる仕草で挨拶をする茉莉亜。
そのあまりの優雅さに、ここまで強気な態度を保ってきた理緒が若干押される。
「お、おう。こりゃご丁寧にどうも……」
雰囲気に呑まれてお辞儀までしている。
理緒は気が強いタイプではあれど、心根は優しいのかもしれない。
「ほら、一応由依も名乗りなさいな」
「ええっ、なんで私まで……?」
下がった茉莉亜に背中を叩かれ、今度は由依が一歩前へ。
「土屋さん。あの、久しぶり。同じクラスの
由依がぎこちなく微笑んだと同時、理緒の目つきが途端に悪くなった。
「水瀬? んな仲良くもねぇ同級生の顔なんざ、いちいち覚えてる訳ねーだろ」
「ですよね〜」
心根は優しいのかもと思ったのはやっぱり気のせいだった。
ものすごい剣幕で撥ね返されたので即行で後退する。
「もう、せっかく来てくれたんですから。そんな冷たい態度を取っちゃ可哀想ですよ?」
「はぁ? 知らねーっつの。大体アタシはこんな奴ら連れてこいとか頼んだ覚えねーし。ほら、用が済んだなら帰った帰った」
宥める瑞穂をしっしっと手で追い払って、強引に玄関ドアを閉めようとする理緒。
この様子では学校に来てほしいと説得するのは難しそうだ。
今日はもう無理だと由依が内心で諦めていたところ、ここまでほとんど喋らなかった杏が声を張り上げた。
「ま、待って……!」
苦しそうに絞り出された叫びに、理緒が動きを止める。
「土屋さん。どうして、学校、来ないの? 私は、土屋さんと一緒が、いいのに……。ずっと一緒だと、思ってたのに……」
「…………」
「私、何か悪いこと、した? 私のこと、嫌いに、なった……?」
「違う。杏は何も悪くないし、嫌いになんかなるわけない」
「だったら、なんで……!」
目に涙を浮かべながら、縋るように理緒を見つめる杏。
彼女は本気で、理緒と一緒に学校に行きたいと思っている。ずっと一緒にいたいと願っている。
そんな想いが強く込められた眼差し。
「……ごめん」
だが、理緒の答えはその一言だけだった。
杏の気持ちは、確かに理緒に伝わっていたはずなのに。
「理緒ちゃん、やっぱり学校」
続けて瑞穂が何か言いかけたのを、茉莉亜が前に割り込んで制止した。
瑞穂の言葉に被せて遮るようにして、理緒に話しかける。
「今日は突然お邪魔して悪かったわね。でも出来ればいつか、土屋さんともゆっくりお話しがしてみたいわ。……そうね。もし良かったら、今度遊びに来させてほしいのだけれど。どこか都合の良い日はあるかしら?」
別れの挨拶のついでに唐突に予定を訊いてきた茉莉亜に、理緒はたじろぎながらも答える。
「あーっと、土日ならいつでも」
「じゃあ、今度の土曜日。十一時くらいにお邪魔してもいい?」
「おう。ど、土曜な」
「ありがとう、楽しみにしているわ。それではまた、ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう?」
戸惑いながらも会釈をして、理緒はばたんと玄関ドアを閉めた。
理緒がいなくなった後も、ショックを受けたままの杏と、まだ伝えたいことがあったのだろう瑞穂は、未だに玄関前で立ち尽くしている。
茉莉亜は流れるように次に会う約束を取り付けて会話を終わらせてしまった。
どうしてそんな、二人を置き去りにするような真似をしたのか。
由依が無言で様子を見守っていると、茉莉亜が瑞穂と杏の方を振り向いた。
「あなた達の親友なのに、勝手なことをしてごめんなさいね。でも、今の状態で説得をしても、成功する可能性は限りなく低かったはず。だから日を改めるべきだと判断したのよ」
なるほど。茉莉亜なりに考えての行動だったらしい。
「……そうですね。約束もしてくれたことですし、理緒ちゃんとは土曜日にきちんとお話ししましょう」
「うん。ありがとう、照日さん」
茉莉亜の説明に瑞穂も杏も納得したようで、そう言ってこくりと頷く。
こうして、理緒の説得は土曜日に改めて行われることとなり、今日のところはこれにて解散となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます