1-3 ドキドキお宅訪問
高校のある
北口から出て商店街を歩きつつ、マリア王女が口を開く。
「先に言っておくけれど、私の家にはあまり期待しないでちょうだい。普通のアパートだから」
「えっ、そうなの? てっきり大豪邸にでも住んでるのかなって……」
王族なのだから、お金などいくらでもあるのではないか。
絶対に人前では口に出来ない理由を思い浮かべながらの
「まさか。私は一人暮らしよ? ワンルームで十分。逆に何部屋もあったら持て余してしまうわ」
「そ、そっか。そうだよね」
と言いながらも、内心では意外だと呟いた。
マリア王女、一人で暮らしてるんだ……。
メイドや執事が大勢居るものかと勝手にイメージしていたけれど、どうやら違ったらしい。
でも、よくよく考えてみればそれはそうかと納得した。
彼女はクーデターで母親を殺されて、城を追われて。命からがら遠い日本まで逃げてきたのだ。使用人が居ないのは当然。
お金に関しては銀行に預けているものがあるはずだから一文無しではないのだろうが、贅沢できる状況になど無いのは想像に難くない。
交番が角にある交差点を渡って、さらに直進。
甲州街道に出る手前で左に曲がり、路地を歩いた先でマリア王女は立ち止まった。
「このアパートの二階の部屋よ」
「おぉ……」
彼女が指差した建物を見て、思わずそんな声を漏らしてしまう。
本当に普通のアパートだった。
二階建てで、少し錆びた鉄骨の外廊下と階段。
日本中どこにでもあるような、やや築古のアパート。
「え〜っと鍵は……。あった」
マリア王女は階段を上りながらスクールバッグの中に入っていた鍵を取り出して、二〇二号室のドアを開ける。
「さあ入って」
由依が階段を上り終えると、お先にどうぞと促された。
「お邪魔しま〜す……」
恐る恐る、玄関へと足を踏み入れる。
玄関に並べられた靴はスニーカーとサンダルが一足ずつ。
左側に備え付けられた靴箱の上には小さな鏡が置かれている。
「脱いだ靴は適当に置いといていいわよ」
「分かった」
ローファーを靴箱の近くに揃えて、フローリングの廊下に上がる。
廊下左側には玄関側に洗濯機、部屋側に冷蔵庫が置かれていて、その間に挟まれたキッチンには小さなシンクと二口ガスコンロが窮屈そうに配置されている。
そして反対側、廊下の右側にはドアが二つ。玄関側が洗面所と浴室、部屋側がトイレだ。
「まだ引っ越してきたばかりだから、ほとんど何も無いのだけれど」
そんなマリア王女の照れたような言葉を聞きつつ、由依はいよいよリビングへ。
遠い国の王女様は一体どんな部屋に住んでいるのだろうか?
もしかしたら段ボールだらけだったりして。
「……いや、ちゃんとしてるじゃん」
テレビにテーブル、タンスにベッド。最低限の家具家電は一式揃っており、どれもデザインに統一感があった。
加えてフローリングの床には円形のラグマットまで敷かれている。
これのどこが何も無い部屋だというのか。
女子高生の住む部屋としてはかなりシンプルではあるが、OLの一人暮らしくらいには整っている。
「そう? なら良かったわ」
由依の「ちゃんとしてる」という評価を受けて、ホッとしたように胸を撫で下ろしたマリア王女。
きっとこの部屋に業者以外の他人を招いたのは初めてで、緊張していたのだろう。
それに彼女の国と日本とでは、家や暮らしにも色々と違いがあるはずだ。日本人からどう見られるのか、不安があったのかもしれない。
「床でもベッドでも自由に座ってて。私は何か飲み物を持って来るから」
「うん、ありがと」
お言葉に甘えてラグマットの上に座って待っていると、すぐにマリア王女が冷蔵庫からペットボトルを取り出してきた。
「
彼女が手にしているのは、水と緑茶とリンゴジュース。
確かにジュースやお茶の好き嫌いは分かれる。が、緑茶とリンゴジュースが苦手だったら水しか選択肢が残らないというのはどうなんだ?
「じゃあ、リンゴジュースで」
ラインナップの中に由依が嫌いなものは特に無かったので、とりあえずリンゴジュースをお願いする。流石にここで水は無い。
それから由依とマリア王女はコップに注いだリンゴジュースを飲みながら、しばらく雑談を交わした。
お互いの誕生日や血液型を教えあったり、好きな食べ物を聞いてみたり。ごくごく普通の会話。
でもこれがなかなかに疲れるのである。
マリア王女から質問される分には構わない。
しかし、こちらから質問するターンになると注意すべきことが多すぎて、いちいち頭を使うのだ。
間違っても由依が
「ほら次、水瀬さんの番よ」
「ああ、え〜っと、そうだなぁ……。じゃあめちゃくちゃベタなやつだけど。照日さん、趣味は? 何してる時が一番楽しい?」
「そうね……。私は結構多趣味なのよね。スポーツはやるのも観るのも好きだし、音楽は聴くのはもちろん、ギターとかピアノで演奏するのも好きよ。あと最近は映画とかアニメをよく観ているわ」
「へぇ、そうなんだ」
多趣味という以上に多才すぎて、思わず感心してしまう。
運動も楽器も、何でも出来ちゃうんだ。それでいて日本のサブカルチャーにも精通しているのだから隙がない。
まさに完全無欠の王女様。
「じゃあ水瀬さんは? あなたの趣味は何かしら?」
続けて、マリア王女に同じ質問を返される。
やっぱりそうなるよねぇ……。
由依は少し考えた後、困った笑みを浮かべて答えた。
「私さ、趣味って呼べるもの無いんだよね。基本的に冷めてるっていうか、全部に無関心っていうかさ……」
「えっ、全くの無趣味なの? 休みの日にすることとか、何かしらあるでしょう?」
「いやぁ、テレビつけながらスマホ見てたら一日が終わってるんだよね……」
「ふ〜ん。この世代の女の子にしては珍しいタイプね」
つまらなそうに述べられたその感想には、苦笑するしかない。
女子高生なんて、みんな何かに全力で打ち込んでいて、本気で好きなことがあるのが当たり前。
趣味が無いと言うと、周りの人は大抵不思議そうにする。
もちろん、自分が変なのだという自覚はある。
けれど別に、誰に迷惑をかけている訳でもないのだから、直そうとは特段思わない。
無趣味で何が悪いのか。
マリア王女が、コップに僅かに残っていたリンゴジュースを飲み干す。
空になったコップをテーブルに置くと、琥珀色の瞳がこちらに向けられた。
真っ直ぐに由依を見据えて、改まった様子で口を開く。
「ねえ、水瀬さん」
「うん?」
「あなた、本当はもっと私に訊きたいことがあるんじゃないの? 怒らないから、遠慮せず訊きなさいな」
「えっ、別に無いけど……?」
とぼけようとしたが、明らかに顔が引きつってしまった。
もしかしてこれ、全部バレてるパターンか?
マリア王女の目は先ほどよりも鋭い。
アパートの一室に異様なまでの緊張感が漂う。
だとしたらいっそ、確かめてしまいたい。
『あなたはマリア王女ですか?』と。
でも、もしバレていると思ったのが由依の勘違いだったとしたら。そしたらもっと悪い事態を招くことになる。
どうしたらいい? どうするのが正解だ?
そのまま黙り込んでいると、マリア王女は深い溜め息を吐いた。
感情の無い、冷徹な眼差しが由依を射抜く。
「そう。あくまで白を切るつもりなのね? だけど私にはあなたが何を考えているかなんてお見通しよ。さっさと白状したらどう?」
「…………」
ダメだ、これはもうどちらにしろ詰みだ。
由依が観念したのと同時に、マリア王女が言葉を続ける。
「お察しの通り。私はジタヴァ王国の王女、マリア・ティリッヒよ。なんで正体を見破れたのか、教えてもらえるわね?」
やはり、一度見た人の名前と顔を絶対に忘れない由依の目に狂いはなかった。
隣の席の転校生、照日茉莉亜の正体は、亡国の王女様マリア・ティリッヒだった。
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