1-1 謎だらけ転校生

 ゴールデンウィークが明けてしばらく経った、五月の某日。

 茶色の長い髪とサファイアのような蒼い瞳が印象的な少女、水瀬みなせ由依ゆいは学校からの帰りの電車内で、いつになく真剣にスマホを見つめていた。


 手元の小さな画面で調べているのは、突然現れた転校生、ジタヴァ王国の王女マリア・ティリッヒについて。


 由依は一度見た人の名前と顔を絶対に忘れない、ちょっとした特殊能力めいた才能を持っていて。クラスメイトや近所の人といった現実の知り合いから、芸能人やスポーツ選手や政治家といったメディアを通して目にしただけの有名人まで、ありとあらゆる人物を記憶している。

 だから数ヶ月前にテレビやネットで見た彼女のことも、当然しっかりと覚えていた。


 マリア王女とジタヴァ王国に関する情報を改めて頭に入れながら、由依は小さく「う〜む」と唸る。


 照日てるひ茉莉亜まりあがマリア王女であることに、他のクラスメイト達は気付いていない。

 そして恐らく彼女本人も、まさか隣の席の生徒に自らの正体を悟られたとは考えていないはずだ。


 王女様だとは気付いていないふりをして、あくまで普通のクラスメイトとして接する。

 間違っても人前で余計なことは言わないように。


「いやぁ、出来るかなぁ……?」


 みんなと同様に気付かずにいられたら良かったけれど、時すでに遅し。

 今ばかりは自身のずば抜けた記憶力が憎い。


 だが、その記憶能力も万能というではなく。由依の持つそれは、人物に対してのみ発揮される。

 そのため、ジタヴァ王国がどういう国なのか、何が起きたのか、その辺はあまり覚えていなかった。


 中途半端な知識で接して、彼女の地雷を踏みたくはない。

 いや、そもそも彼女の存在そのものが地雷とも言える訳だけど。


 面倒事に巻き込まれたくはないし、ここは『君子危うきに近寄らず』といきたい気持ちは山々だが。クラスメイト、しかも隣の席となれば、全く関わらずに過ごすのはまず不可能だろう。

 深い関わり合いになる前に、少しでも情報を頭に入れておきたかった。


「え〜と、なになに……」


 最も有名なインターネット百科事典であるエブリペディア、そのジタヴァ王国のページを開く。すると表示されたのは、歴史やら政治やら軍事やら地理やら経済やらと、やたらに長い目次。

 しかし一番上に記されているのは、『この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です』との注意書きだ。


「そんな無責任な」


 これでは書いてある情報がどこまで真実なのか分からない。とりあえず、推測や憶測が交じっていることを考慮しつつ、先頭から順に項目をタップする。


 それから由依は文章をじっくりと読み進めていく中で、『王族』の項目に出てきたある言葉に目を留めた。


「いや。魔法が使えるって、んなアホな……」


 思わず小声でツッコミを入れてしまう。

『王族の血を引く人間は魔法が使える』とか『ルドミワ・ティリッヒ前女王やマリア・ティリッヒ王女も魔女だとされている』なんて、流石にファンタジーすぎるでしょ。


 エブリペディアにこんなデマ載っけてていいのか? 早く修正しろ? とも一瞬思ったが、『そういう伝承というか都市伝説があるよ』みたいな書き方で魔法や魔女の存在を断言してはいないので、だからきっと運営側もセーフ判定にしているのだろう。


「あれ? でもそういえば。クーデターのニュースの時、軍のお偉いさんもそんなこと言ってたような?」


 魔女の文字を眺めていたら、不意に数ヶ月前のニュース映像を思い出した。

 あの時に確か、クーデターを主導した軍幹部の将軍ヴォルフが、声明文で『魔女狩り』という文言を度々使っていた気がする。


 となると魔法も案外嘘ではないのか?


 どっかの誰かが書いたエブリペディアの情報を信じそうになって、由依はぶんぶんと首を横に振る。

 いやいや、アニメや漫画じゃあるまいし。現実に魔法などあるはずがない。

 あくまで噂。ちょっとした言い伝えに決まっている。


 ひとまず魔法とか魔女のことは置いておいて、先に進もう。

 どこまで信憑性があるのか謎なまま、一応は最後の項目まで読み終えた由依。

 顔を上げると、ちょうど自動音声のアナウンスが流れた。


「まもなく千歳烏山ちとせからすやま。お出口は左側です」


 スマホに集中していて気付かなかったが、いつの間にか降りる駅が近づいていた。

 鞄にスマホをしまって、ついでに定期券を取り出す。


 駅に到着して扉が開くと同時、由依は周りの人に流されるように電車を降りた。



 そんな由依を、偶然同じ車両に乗り合わせていたクラスメイトの木崎きざき双葉ふたばは不思議そうに見つめていた。


「水瀬さん、今日はどうしちゃったのかなぁ……?」


 いつもと様子が違う。何かおかしい。

 あの転校生が原因だとは思うのだけど、理由が分からない。


 知り合いって感じもしなかったし、由依が苦手なタイプの人でも無さそうなのに。

 う〜ん。


「駆け込み乗車は危ないですからおやめ下さい」


 扉が閉まり、電車が再び動き出す。


 明日、もしタイミングがあったらそれとなく聞いてみよう。

 そう考えつつ双葉は窓の外に見えた、改札口へ向かってホームを歩く由依の姿を目で追った。

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