隣の席の転校生は亡国の王女様
横浜あおば
1年生1学期
第1話 よろしくプリンセス
プロローグ 平和の終わりは突然に
過不足なく、可もなく不可もない日常。そんな平穏で平和な毎日を過ごせている私は、きっと比較的恵まれていて幸せな方なのだと思う。
でも、それを頭では分かっていながらも、何も無いのもつまらない、何か面白いことが起きないかと、脳内で不幸を嘆いてしまうのは、私がワガママすぎるせいだろうか。
そんな静かで凪のような日々に退屈して溜め息を漏らしたと同時。
キーンコーンカーンコーン。
聞き慣れた微妙にリズムの狂ったチャイムが鳴って、教室の引き戸が開いた。
「は〜いみんな、席に着いて〜」
担任の
朝のホームルームが始まる。
机に片肘をついていた私は、背筋を伸ばして姿勢を正した。
毎朝繰り返される、いつもの光景。
だが、次に先生が続けた言葉は、お決まりのルーティンから外れたものだった。
「出欠を取る前に、まずはみんなにお知らせがあります。なんと今日からこのクラスに、新しいお友達が加わることになりました〜!」
まさかの発言に、クラスメイト達がざわつく。
私も思わずぴくりと反応してしまった。
こんな中途半端な時期に転校生? 新年度始まってまだ一ヶ月だよ?
先生が廊下に向かって合図を送ると、入ってきたのは小柄で華奢な女の子。
艶のある黒髪のミディアムショートカットと、前髪の下から覗くトパーズのような琥珀色の瞳が、私の目に強く焼き付いた。
どうしてだろう。初めて会ったはずなのに、この子のことを知っているような気がする。
何故だかそんな不思議な感覚に囚われて、私は小首を傾げる。
そして、その謎の既視感を覚えた理由は、彼女が真っ直ぐにこちらを向いた瞬間に判明した。
「はい、それじゃあみんなに自己紹介して」
先生に促されて、黒板の前に立った転校生が顔を上げて口を開く。
「初めまして、
その怜悧な顔立ち、上品な仕草、透き通った声。
思い出した。間違いない。
私は衝撃のあまり、席から立ち上がって叫んでしまった。
「ええぇぇぇぇっ!?」
彼女はジタヴァ王国の王女、マリア・ティリッヒ。
軍のクーデターによって失脚し行方を暗ませていた、亡国の王女様だった。
遡ること三ヶ月。まだ寒かった二月のある日の朝。
無事に第一志望の高校の合格が決まって、その安堵感や解放感で少しだけ寝坊してしまった私は、眠い目を擦りながら寝室を出てリビングへ向かった。
「ほら、朝ご飯出来てるから。さっさと顔洗ってきなさい」
「は〜い……」
台所で朝食の準備をしていたお母さんに言われて、そのままの足取りで洗面所へ。
蛇口から出てきた異常なまでに冷たい水で顔を洗うと、ようやくシャキッと目が覚めた。
再びリビングに戻ると、私はテレビのリモコンを手に取って電源を入れた。
すると画面に映ったのは、緊迫した面持ちでニュースを伝える男性のアナウンサー。
テロップには赤い文字で速報と書かれていて、どうやら何か大きな出来事が起きたようだ。
『日本時間の今日未明、ジタヴァ王国で軍によるクーデターが発生しました。ドイツやポーランドなど周辺国にも混乱が広がる中、一時間ほど前にクーデターを主導したとみられるアルブレヒト・ヴォルフ将軍が国営放送を通じて声明を発表し、軍部による政権掌握と暫定軍事政権の発足を宣言しました。またヴォルフ将軍は声明で「我々は忌まわしき魔女からこの国を取り戻した」と発言しており、ルドミワ・ティリッヒ女王や王族の安否が心配されています』
なるほど、それは確かに大事件である。
ただ、ジタヴァ王国は中央ヨーロッパに位置する小国であり、遠い日本で暮らす私には対岸の火事としか思えなかった。
「それじゃあお母さんはもう仕事に行くから。由依も遅刻しないように学校行くのよ?」
「うん、分かってる。行ってらっしゃい」
お母さんは私の分の朝食をダイニングテーブルに置くと、そのまま仕事に出掛けて行った。
私は用意してくれたジャムパンを口にしつつ、テレビのチャンネルを変える。
こちらの番組ではエンタメやスポーツなど明るい話題を取り扱っていたが、しばらくするとまたクーデターのニュースに。
『今日未明にジタヴァ王国で発生したクーデターの続報です。たった今、主導者である軍幹部のアルブレヒト・ヴォルフ将軍が「ルドミワ女王を殺害した」とする内容の声明文を発表しました。また、声明文ではその他に「魔女は一人残らず狩り尽くさなければならない」とも書かれており、これはマリア王女の殺害を示唆しているものと思われます』
声明の内容を記したテロップと共に、女王のルドミワ・ティリッヒと王女のマリア・ティリッヒが写った画像が表示される。
美しいドレスを身に纏った黒髪翠眼の二人。左側のロングヘアーの女性がルドミワ女王で、右側のショートカットの少女がマリア王女。
「うわぁ、あの子綺麗……」
私はテレビに映るマリア王女の写真を見て、思わずそう呟いてしまった。
彼女の怜悧な顔立ちと品のある微笑みからは、一般人には持ち得ない王族のオーラが感じられる。まさに深窓の令嬢。
でもきっと、彼女ももうあの将軍に殺されてしまったんだろうなぁ。
遥か彼方の異国の、縁もゆかりも無い他人だけれど、あれだけの美少女が亡くなってしまったというのはちょっとだけ残念だと思った。
それから私は通学の途中、電車に揺られながらスマホを眺めていた。
マリア王女のことが頭から離れなくて、もっと詳しく知りたいと動画投稿サイトで彼女の名前を検索する。ずらりと表示された過去のニュース映像の中から、今年の新年祝賀会のスピーチの動画を選んで再生。
イヤホンから流れてきたのは、マリア王女の透明感のある声。内容はおろか何語かすらも分からないが、彼女の落ち着いた声音は聞いていて妙に心地良い。
また、集まった大勢の聴衆に向けて話す姿は非常に堂々としていて、私と同年代であることが信じられなかった。
ただ、私がマリア王女に強い関心を抱いていたのはその日から三日間くらいなもので。テレビでクーデターの報道もされなくなってくると、彼女の存在を思い出すことも次第に無くなっていった。
そして現在。
頭の片隅に残っていた記憶が蘇り、スピーチの映像と目の前の転校生の姿が重なる。
見た目も声も完璧に一致している。どう考えても同一人物。
なんで、マリア王女がここに……?
というか、そもそも生きてたんだ。
立ち上がったまま固まる私に、クラスメイトの
「
はっ!
気が付くと、クラスみんなの視線が私に向けられていた。
すっごい注目されてるじゃん。めちゃくちゃ恥ずかしい。
「えっ、あっ、うん。ごめん、何でもない……」
私は顔を真っ赤にしながら、静かに席に座った。
「で、照日さん。あなたの席は今叫んでた水瀬さんの隣ね。水瀬さんは普段はあんな変な子じゃないから安心して」
「はい。分かりました」
最後に先生がマリア王女の席を告げる。
斯くして、私の凪のように穏やかで平和な、あるいは退屈でつまらない日常は唐突に終わりを迎えた。
「水瀬さん、だったかしら? 今日からよろしく」
「はい。よろしく、お願いします。マリ、じゃなくて、照日さん……」
私の隣に、亡国の王女様がやって来たのである。
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