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【旅客機墜落事故で死亡と思われた日本人、生存を確認】


 そんなニュースの見出しが世間を賑わせた昼下がり、白野紅珠朗は床に頭を擦り付けている二人になんとか頭を上げてもらおうと、あたふたしていた。 


「本当に、もういいですから。お代もちゃんといただきましたし、ね? 頼むから頭を上げてくださいよ」


 及び腰で声をかけるも、二人は一向に姿勢を崩そうとしない。


「いえ、白野さんはおにい……兄の、恩人ですから! それなのに私、『胡散臭い』とか手紙に書いちゃったし」

「白野様には足を向けて寝られません。甥を助けていただいたこの御恩、決して」

「いやいや、本当に、そんな……」


 白野は慌てて遮った。「御恩」なんて言われたら却って恐縮してしまう。相応の報酬は受け取っているのだから。


「おーい、ツキちゃんホシちゃん! お茶頼めるかな?」


 タイミングよく、お盆を掲げた双子が入ってきた。


(おお、助かった……ってそれ、フクばあちゃんお気に入りの江戸切子〈竹の膳〉お高いグラス……なぜその渋めチョイス……まあ、綺麗だからいいんだけど)


「お茶をどうぞ」

「お持たせで失礼ですが」


 白野は吹き出すのをかろうじて堪えた。「お持たせ」なんて言葉、どこで覚えたんだ。


 双子が氷入りの冷たい緑茶のグラスと松月堂の栗苞くりづつみをテーブルに並べると、客二人はようやく顔を上げソファに腰を下ろした。


「ありがとう。君たちも向こうでいただきなさい」

「うん。いただきます」


 失礼します、と綺麗に一礼して双子は部屋を出た。白野の脇を通り過ぎる時、二人とも得意気に微笑んだのを彼は見逃さなかった。後で褒めてやらなくては、と思う。


 そもそも、この案件を持って来たのは双子たちだった。


 『セミナー開催』と称し、呪いの雨への対策でこの家に大勢の親戚が集まった日。

 その席で「呪詛返しのやり方を教えろ」と息巻いていた双子の若い正義漢に頬を綻ばせた親戚たちは、なんとか双子を宥めつつ、まるで自分の子や孫のように可愛がっていた。

 そんな中流れたのが、遠い異国の僻地で起きた飛行機事故のニュース。

 やがて黒瓜一族のネットワークで、機長が呪いの雨に打たれて変調をきたしたことが原因だと知れる。そして犠牲者の中に日本人男性が一名含まれていたことも。


 翌日登校した双子は、犠牲者の日本人男性が同じ中学校の三年生「板垣 樹里」の兄であるという話を耳にする。学校中その噂で持ちきりだったのだ。

 双子は帰宅するなり白野に詰め寄り、樹里に兄への手紙を書かせるよう迫った。

 呪詛返しを教えてもらえなかったせいで、先輩の兄が死んだのだ。どうしてくれる。力を貸さないなんて鬼か。これで先輩の兄を助けられなきゃ、力の持ち腐れだ。役立たず。怠け者。けちんぼ。人でなし。

 激昂した月子になじられ感情を昂らせた星子に泣かれ、白野はひどく泡を喰ったものだ。

 なにせ「やらない」などと一言も言っていないのだ。いきなり両側からわあわあと捲し立てられ、服を掴んで揺さぶられ、口を挟む隙もなかっただけなのだ。

 そのうち勝気な月子までもが泣き出す始末。女子供の涙にめっぽう弱い白野は、「泣きたいのはこっちだ」と思いながら首肯したのだった。

 双子は抜かりなく板垣樹里の住む区域を特定していたので、3人揃って車でそこへ出向き、偶然通りかかったと嘘をついて手紙を書かせた、という顛末だ。もちろん、空間を繋げる作業は車の中に残った双子の仕事である。



 ハンカチで涙を拭いながら、壮年の女性が再び頭を下げる。


「本当に、電話で甥の声を聞いた時は、もう……驚きと安心で腰が抜けました。この子なんて熱が出る程泣いて……私もね、普段は離れて暮らしてますでしょう。心配で心配で」

「私がお兄ちゃんと二人で大丈夫、って言ったんです。両親が亡くなった時、おじさんもおばさんも一緒に暮らそうって言ってくれたんだけど」


 「それはご心配でしょう。でも樹里さんの気持ちもわかりますよ」という顔をして、白野は両人へ等分に頷いてみせた。やはり微妙に胡散臭い。


「お兄ちゃん、手紙の内容にすごく驚いたけど、私のことを信じてすぐに動いてくれたんです。と言っても橋は落ちたままだったから、その場でできることを」


 お兄さんはすぐに伝書鳩を放ったそうだ。予定を全てキャンセルし、当日の危険を空港や航空会社に知らせるために。だがその手紙が届くことはなく、搭乗者名簿から死亡と報道されてしまったわけだ。結果として飛行機事故自体を止められなかったのは残念だが、これは仕方ないだろう。

 また彼は、村の住民に水害への備えを徹底させ、適宜高台の家へと避難させた。おかげで住居への被害はあったものの住民は全員無事。「自然の中に身を置いて暮らす上での覚悟と準備を再確認できた」と、大層感謝されたという。

 数日後、街からの救援ボートが到着し、住民らは街へ一時避難。そこでようやく、妹に電話をかけることができたのだった。



 玄関の外まで客人を見送って戻ってくると、双子が両側から腕にぶら下がってきた。


「さーっすがベニちゃん。できる男」

「樹里センパイのお家もすぐに見つけちゃうしね。伝えたい思いを見つける能力なんて、すごいよね」


 珍しくやたらと褒めてくるのは、人に散々罵詈雑言を浴びせたことへの埋め合わせなのだろう。現金な奴らだ。


「センパイ、喜んでたね。よかった」

「たった一人の家族だもんね」


 そう、この双子は家族を失う辛さを知っている。そして今は、母親さえも遠く離れた場所に。

 現金な奴らだとは思うが、怒る気にもなれない。こっちも大人だ。


「でもさ、ベニちゃん。自分で頼んどいてなんだけど、今回の手紙で過去を変えることになっちゃったじゃない? それは大丈夫なの?」

「それ、ホシも気になった。でもそう言うと『やっぱやめた』ってなりそうで黙ってたの」


 双子の腕から逃れながら、白野は頷いた。こいつら、見た目は細いけど結構重い。


「大丈夫。もともと運命を歪めたのは呪いをかけた方だから。俺たちは、その歪みをちょっと正しただけ」

「もしかして、呪詛返しの正体って」

「歪みは本人に返っちゃうってこと?」


「うーん…まぁ、大体そんな感じ」

 白野は勿体つけて頷いた。


 本当は呪詛返しの術は実際にあるのだが、今はそういうことにしておこう。教えてもらえなかったのを相当根に持っているようだから。


「よし、じゃあ俺もティータイムにするかな。さっきのお菓子、岐阜の銘品だっけ? 美味しそうだったし」

「あ、ごめーん。美味しすぎて全部食べちゃった」


 白野は愕然として月子を振り返る。楽しみにしていたのに…!


「嘘だよ、ベニちゃん。1つ食べて冷やした方が美味しいと思ったから、冷蔵庫に入れといた」


「ホシちゃん! 天使!」


 白野は両手を胸の前に組み、目を潤ませた。初めて食べるお菓子を、本当に楽しみにしていたのだ。一転、月子に向かってベエッと舌を出す。


「泣き虫ツキ」

「はぁ? ホシだって泣いたし。ってかホシの方が先に泣いたし」

「私のことはいいでしょ! ってかベニちゃんも大人気ない」


 ほんのり頬を染めた星子が冷蔵庫から冷えた緑茶を取り出すのを見て、ふと思い出す。


「そういや君たち、『お持たせ』なんて言葉よく知ってたな。お茶も出してくれて助かったよ」

「『セミナー』の時に杉並のおばさんから教わった」

「他にも色々教わったよ。美味しいお茶の淹れ方とか」


 ふうん…と白野は僅かに唇を突き出した。


(俺の時はセッキョーばっかだったくせに……)


「ベニちゃんはいたずらっ子だったって聞いたよ」

「しょっちゅう叱られて、お母さんに泣きついてたって」


……懐かしい記憶が蘇る。子供の頃の白野は、いつも珠ちゃんの後を追いかけてた。


(珠ちゃんが結婚するって聞いた時は、晩飯食えなかったっけな……)


 それが今では、目の前に並ぶ珠ちゃんそっくりの双子を預かっているわけだ。

 妙に感慨深い心持ちで、魅惑の甘味に手を伸ばす白野であった。



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〜 七通目 異国の兄からの手紙・完 〜

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