怖い話『雪山の遭難』
怖い話『雪山の遭難』
冷たい風が山間部を吹き抜け、白い息が空気に溶け込んでいく。
男はひとり雪深い山道を歩いていた。木々は雪をまとい、まるで永遠の眠りについたように静まり返っている。そのとき、かすかに「助けて……」という声が耳に届いた。
最初は風の音だろうと思った。しかし、もう一度耳を澄ますと、確かに人の声が聞こえる。
「助けて……」
その声は、悲痛で、どこか切実さを帯びている。男は足を止め、周囲を見渡した。
だが、誰の姿も見えない。体の奥にひやりとしたものが広がる。
「……気のせいだ」
男は自分にそう言い聞かせ、再び足を進めることにした。
◇◆◇◆◇◆
その夜、仲間たちと囲む焚火の暖かさが、雪山の冷たさを忘れさせてくれる。
酒が進む中、一人の男がふと「この山には奇妙な噂がある」と話し始めた。
「ここでは、神隠しが起きるっていうんだ。行方不明になった人が、ある日突然戻ってくることがあるらしい」
男はその話を笑い飛ばしたが、心の奥には小さな違和感が残った。
それから3年後。
男は再び雪山を訪れることになった。かつて聞いた「助けて」の声など、もはや記憶の片隅にも残っていない。
しかし、その日、山は静寂を破るように動き出した。突然の轟音と共に雪崩が発生し、男は逃れる間もなく雪の中に飲み込まれていった。
気が付くと、男は身動きが取れなくなっていた。足を激しく打ち付け、骨折してしまったらしい。痛みと寒さが容赦なく襲いかかる。
「このままじゃ、死んでしまう……」
男は焦りと絶望の中で、必死に叫び声をあげた。
「助けてくれ! 誰か……助けてくれ!」
やがて、雪の上を踏みしめる音が近づいてくる。男は希望を見出し、声を枯らしながら「助けて!」と叫び続けた。だが、目の前に現れたのは、自分をじっと見つめる一人の男。その顔には、どこか見覚えがあった。
「俺じゃないか……!!」
男は愕然とした。目の前に立つのは、3年前に「助けて」という声を無視した自分自身だったのだ。雪の中、目が合ったまま動かない二人の姿が、ただ白い静寂に包まれていく。
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