怖い話「バイト先のTさん」

バイト先のTさん

 個人経営の飲食店で働いていた頃の話。

 当時、大学生だった俺は人生で初めてのバイトを始めた。

 バイト先は個人経営の飲食店だった。

 地元の間で愛されるお店で、ランチタイムが稼ぎ時であった。

 夜は知る人ぞ知るという感じのバーになって、割とオシャレなお店だった。


 で、そこで働く従業員の数は——俺を含めて6人。

 店長夫婦が二人で、残りの4人(俺を含めて)はバイトって感じだった。

 年齢層はバラバラだが、俺と同じく学生の方が多かったな。


 でも、その中で一人だけ完全に年齢が浮いた女性がいた。

 それがTさんだった。

 彼女は、四十代後半で小太り気味な人であった。

 俺は人生で初めてのバイトだったから、色々と慣れないことばかり。

 そんなとき、彼女は先輩風を吹かして、俺に説教を垂れてきた。


「俺くん。何やってるの!! テーブルをしっかりと拭いてよ!」

「汚れがまだあったよ。ちゃんと注意して仕事をしてよ!!」

「お客さんにお釣りを渡すときは丁寧にしなさい!!」


 Tさんの言うことは一理ある。

 そう思い、俺は彼女の話を聞いていた。

 と言えども、それはあくまでも彼女の一部分だけで……。


「俺くんさ、あのニュース見た? 私には中学生の娘がいるんだけど、あのイジメ自殺は許せないよー」

「いやぁ〜。これはうちの家族の話になるんだけど」

「昨日はごめんね。突然、娘が熱を引いて仕事に来れなくて」


 Tさんは気さくな人で積極的にコミュニケーションを取る人であった。


 で、そんなある日——。

 Tさんが不在のバイト先にて。


「俺くんさ、Tさんに色々と言われてるでしょ?」


 俺と同年代のバイトの先輩がそう言い、ニヤッと笑ってきた。


「あははは。実は結構言われてるんです」

「でも、あんまり気にしちゃダメだよ?」

「あぁ〜深くは考えないようにしてますよ」

「あぁ〜そういう意味じゃなくて、あの人の言うことはあんまり信じたらダメだから」

「えっ?? それどういうことですか?」


 実はね——。

 そう言い、バイトの先輩はこの職場に関して色々と教えてくれた。


 職場の人間は、全員Tさんのことが嫌いなそうだ。

 その理由は、本人が仕事できないくせに、他人に説教してくるから。

 ちなみに彼女は、お釣りを渡さない、お皿を何枚も割る、注文を何度も間違える。終いには、無断欠勤を何度も繰り返してきたそうだ。


 こんなことで今までにも、何度も注意を受けてきたそうだ。


 実際、店長からこっ酷くお叱りを受けたものの、全く改善の余地がなかったそうだ。更には、仕事中にも関わらず、スマホをずっと弄り続け、それを店長から何度も指摘されてきたそうだ。


「あの人……もうここで一年も働いてるけど、何もできないから」

「えっ……?」

「厨房に立たせてもらえないから、ずっと注文取りに行ってるの」

「そうなんですか?」

「普通は接客にある程度慣れたら、厨房に立つようにしてるんだけど……」


 あの人はね、そう呟きながら、先輩は言った。


「あの人……レシピ通りにメニューを作れないんだよ」


 んでんで

 無断欠勤を繰り返すTさんの代わりに、俺はバイトに行くことが多くなった。

 店長夫妻からは「ごめんねぇ〜。俺くん、毎回お願いして」と労らいの言葉を受けつつも、俺は「いいですよ、別に。バイトしないと基本暇なんで」と答えてた。このおかげで、俺の評価はガンガン上がり、厨房に立つ機会も増えてきた。


 大体、俺が厨房に立ち始めたのは……働き始めて3週目ぐらいだった。


「よしっ。俺くんも順調そうだね」

「店長のおかげですよ。あははははは」

「これでやっとTさんを切ることができるよ」

「えっ……?」

「実はね、Tさんを辞めさせようとずっと思ってたんだよね〜」


 聞いた話によれば——。

 俺が仕事に慣れるまでは、Tさんを雇って。

 俺が慣れた後には、Tさんを辞めさせる予定だったそうだ。

 で、予想以上に俺が仕事を覚えるのが早くて……Tさんを早めに切ることができたそう。


「あの人さ、休みすぎでしょ? 家族が身体を壊した、家族が入院することになった、親戚の葬式に参加することになった、娘が学校で倒れたってさ」


 Tさんは欠勤することが多いのだ。

 バイトはシフト制だから、休まれると困るのに。

 それを本人は全く考えることがないのだ。

 で、Tさんは職場を退職することになった。

 退職という表現を使っているが、実態は「クビを切られただけ」である。

 と言えども、再就職先が無事見つかったらしい。これで家族も一安心するし、自分の家にはおじいちゃんも娘もいるから大変だと。


 で——とある日。

 私たちの職場にTさんを知る方が現れた。


「あの……ここでTさん働いてましたよね?」


 聞いた話によれば——。

 そのお方は、以前Tさんと同じ職場で働いていた同僚だというのだ。その際に、再就職先を教えられていたらしい。


「あぁ、働いてましたけど今はいませんよ」

「そうですか……良い判断だと思いますよ」

「えっ? どういうことですか……?」

「あの人、無断欠勤を繰り返すでしょ?」

「はい。娘さんが病弱で、親の介護も大変だからって……それで休んでしまうって」


 俺がそう言うと、その人は言いました。


「それ全部ウソですよ。あの人には両親も娘も誰も居ませんから。家族も誰もいません」


 えっ?

 俺は衝撃を受けました。

 彼女は毎日のように言ってましたから。

 家族がいるって。

 娘が中学生になって、親も介護施設に入れるか迷ってて、旦那とは仲が悪くて……。

 こんなお話を永遠に繰り返し聞かされていたのですが……。


「——それ全てウソですよ」


 あの人、働きたくないから。

 その口実合わせに家族がいるってウソを吐き続けてますけど、それ全部ウソですから。


————————————————————


 これ8割ぐらい実話(´;ω;`)

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