3

「どうしてそんなこというのかな?」


 幼馴染みは首を傾げる。

 瞳の色は闇に染まっていた。

 怒らせてしまったのは間違いない。

 ただ、ここで自分の気持ちを伝えずに、いつ伝えればいいのだろうか。


「お前は常識の範疇を超えているんだよ」

「常識の範疇? 何それ?」

「監禁はマズイと思ってるんだろ?」

「愛し合う二人がずっと一緒に居られるのは、とってもイイコトだと思うけどなぁー」

「あのなぁ……お、お前……」


 呆れてしまう。

 この女はどこまでワガママなのかと。

 人様の気持ちを慮る良心がないのかと。


「とりあえず、ユウジはお仕置きが必要だね」

「お仕置き……何をする気だよ?」

「無限射精大会かな? 今から1時間ずっとシコシコしてあげるねぇ。うふふふ、どんなに泣いて叫んでも……私は絶対止めないから」


 コスモブルーに染まった瞳が輝いた。

 もう俺は覚悟を決めるしかなかった。

 彼女の愛を受け入れるしかないと。


◇◆◇◆◇◆


 重たいなと思いながらも、目を開く。

 幼馴染みが俺の胸板を枕にして、スヤスヤと可愛らしい寝息を立てている。

 むぎゅむぎゅとたわわな効果音が聞こえてくる豊満な胸に「おはよう」と挨拶を交えている際中に、俺の眠気は吹き飛んでしまった。手の届く範囲に鍵があったのだ。自分の手足を縛る忌々しい錠を外す代物が。


 俺は手を伸ばした。

 彼女は全く気付く様子がなかった。

 俺の上に寝ている少女は、天使のようにしか見えない。

 だが、彼女の心には全ての人間を拒絶する魔物が棲んでいるようだ。

 一度、目を覚めすと、その傍若無人っぷりを遺憾無く発揮させてくるのだ。


 鍵を無事に手に入れた俺は、ゆっくりと片腕ずつの手錠を外していく。

 口元が思わず緩んでしまう。

 これでやっと解放されると。この監禁生活ともおさらばだと。

 けれど、まだ油断してはいけない。


 ほんの少しでも物音を立ててしまえば、幼馴染みの餌食になるからだ。

 そうなってしまえば、俺は奴にどんな酷い仕打ちを受けさせられることか。

 焦燥感に駆られながらも、自由になった両手。

 手首には、金属製の輪っかの跡があった。まるで、肉を削ったかのように。


 俺の上でスヤスヤと眠る少女を起こさないように抱えつつも、ベッドの方へと寝かせた。寝言で「ユウジは絶対に誰にも渡さない」と呟いている。どれだけ執着心が強い奴だなと思いながらも、俺は次の行動へと移った。


 両足の鍵だ。

 こちらに関しては、両手が使えるようになった以上、簡単な話だ。

 サクッと錠を外して、手足の自由を取り戻すことに成功した。


 ベッドから降りると、足下に落ちていたものがカランカランと軽妙な音を立てた。ペットボトルだ。それも、一つや二つではない。数え切れないほどに大量に。この一室だけゴミ屋敷へとワープしてきたのではないか。そう言われても納得できるほどの数だ。

 中身は濁った黄色。全て、俺の身体から排出された尿だ。

 トイレにさえ行かせてもらえずに、ペットボトルの中へとするようにと命じられたのだ。久々に立ち上がったせいで、足の感覚が麻痺していた。

 立ちくらみだ。フラフラとおぼつかない足取りのまま、俺は扉へと手を掛ける。


 用意周到な幼馴染みのことだ。

 当然の如く、ドアが開くはずがない。

 本気で人間を監禁しようと企んでいるのだ。

 ドアを開けるなんて、間抜けな真似はしない。


 部屋の中には、窓があった。小窓だ。

 その扉を開くと、潮の香りが漂ってきた。

 小窓から顔を覗かせる。ここは民家の二階のようだ。

 二階から飛び降りるのは苦痛が伴うが、命の危険まではない。

 背に腹はかえられぬ。

 そう思いながら、俺は二階から飛び降りて、監禁生活から脱出した。


 大変面白い話だが——。

 民家だと思っていた場所は、ボロボロの小屋だった。

 台風が来れば、一夜にして壊れそうなほどに。

 家の周りは除草しているらしい。

 運動場の土トラックみたいになっている。


「ここは一体どこなんだ?」


 誰かに聞かせるわけでもないのに、俺は疑問を投げつけた。

 俺が先ほどまでいた場所以外には、民家と呼べるものはない。

 見渡す限りに広がるのは森林。

 木々が生い茂り、人が一人だけ通れそうな道が続くのみ。

 照りつけるような日差しに嫌気が差すが、前に進むしかない。


「ん?」


 緩やかで暖かな風が吹き、潮の香りが流れてくる。

 迷いを捨て、俺は駆けた。現在の状況が何か変わるのではと。

 幼馴染みの監禁生活から逃れる手があるのではないかと。

 しかし——。


「…………う、海?? それに……これはどういうことだ?」


 地平線上に続く青く輝く海と、カラッと晴れた白い空。

 その真ん中に佇むのは——巨大な船舶。豪華客船だ。

 しかし、それは大部分が損壊状況にあり、運航するのは無理だと素人ながらに断定できた。そもそも論、ここは干上がった浜辺。

 船を停泊するにしても、もっと港と呼べる場所に行うべきだ。

 しかし、それをしていない。

 更には——。


「……これは?」


 浜辺には、大量の衣類が落ちていた。

 それも、学校指定のジャージや体操服だ。

 一つや二つの比ではない。無数にである。

 こんな辺鄙な浜辺になぜ落ちているのか。

 その疑問が尽きず、俺が悩んでいると——。


「…………ユウジ。どうして家から出ちゃうの?」


 後ろを振り向くと、幼馴染みのマユミが立っていた。

 大粒の涙を流しながらも、口元を大きく歪めながら。


「現実を知ったところで、ただ辛くなるだけなのに……」


(次回最終回)

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