「私ね、家族が誰一人居ないんだ」


 最初の一言目から、僕は思わず唾を飲み込んでいた。

 これは真面目に聞こうという気になったのだ。


「家族が誰一人居ないって?」


「死んじゃったの。ううん、殺されちゃったんだ」


 殺された。物騒な話だ。

 日本の、それも片田舎に住む僕にとっては馴染みのない言葉。

 まぁー日本人誰にとっても同じだと思うけどさ。

 何か意図があるのだろうか。


「私はね、悪い子なんだよ。周りを不幸にさせちゃう」


「ちょっと待て。殺されたってどんな意味だ?」


「言葉通りの意味。私以外の家族は殺されたの。私のせいで」


「聞いてもいいか……な、何があったのか」


 家族が殺された。

 凡人の僕にはどうしても気になってしまう。

 捺月に何が起きたのか。

 何が起きて、彼女は『死』を選択することになったのか。


「中学三年生の冬。私が家に帰ると、家族全員死んでたの」


 捺月は震えていた。

 でも、言葉は淡々としていた。

 事実をただ述べるだけだ。


「お父さんもお母さんもミカもアキラも……みんなみんな」


 ミカとアキラ?

 妹とか弟なのだろうか。

 僕には到底分からないけれど。


「ミカは小学生二年生で、アキラは幼稚園に通う四歳だった」


 二人とも、とっても可愛かった。とっても小さかった。

 捺月はそう続けて言い放ち、それから小さな声で。


「でも死んじゃったんだ。殺されちゃったんだ。私のせいで」


「私のせいでって。どうして捺月のせいになるんだよ、おかしいだろ」


「私のせいなんだよ!! 私が殺したの。家族全員!?」


 私が殺した?

 こんな可愛い少女が人殺しだと?

 僕にはそんな人間には一切見えないけど。


「話を聞く限り、捺月は家族を大切してたようだが?」


「大切にしてた。大好きだった。家族全員仲良しだった。最高だった。幸せだった。だけど——全部壊れちゃったの。私のせいで、全部全部」


 話を深掘りするのはあまり良くないと思う。

 ただし、もう僕と捺月は死ぬのだ。

 どうせなら全てを聞いていても悪くない。


「僕は捺月が悪い奴には思えないよ。何があったか教えてくれ」


「ストーカー被害に遭ったの。そして、付き纏われるようになって」


 それから、と呟き、捺月は歯軋り交じりに。


「家族全員が殺されちゃったの。私があの人の要望に答えなかったから」


 辿々しい話だったものの、僕は捺月の話を全て聞いた。

 中学三年生の頃、星座橋捺月はストーカー被害に遭ったそうだ。

 彼女は陸上部のエースとして活躍し、様々な大会に出ては優勝をかっさらっていたそうだ。でも容姿も成績も優れていれば、彼女を取り巻く環境も変貌し、徐々に男性ファンが着々と増えていったらしい。


 その中に——あの人——つまりは捺月の家族を殺した奴が居たそうだ。

 年齢は二十代後半。仕事はフリーターだとか。

 そんな男が捺月に交際を求めて来たそうだが、もちろん断ったらしい。

 それ以来、ずっとストーカー被害に悩み、でも相談する相手も誰も居なくて、捺月は苦しい生活を送っていたそうだ。

 そんなある日、遂にその男は捺月から大切な人を奪ったそうだ。


 彼の言い分はただ一つ。


『オレが捺月の大切な人になりたかったから』


 感情表現に疎い僕でもその男に対して、怒りが込み上げてきた。

 何の罪もない人に。

 どうしてそんな酷いことができるのかと。


「ほらね、私悪い子だったでしょ? 家族を殺しちゃうさ」


 捺月は苦笑いした。

 辛いのだ。後悔しているのだ。

 何度も何度も悔やんで悔やんで。

 それでも、どうすることもできなくて。


「だからね、自分に罰を与えるの。死んで罪を償うんだよ」


 世間一般的に考えて、捺月は間違ったことを言っている。

 だけど、中途半端な僕は止めることができない。

 その代わりに、ただ僕ができることは。


「僕も一緒に死ぬよ。悪い子に加担した罪でさ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る