ランチタイムが終わった。腹は十分に満たされた。

 僕と捺月はバーガーショップをあとにし、街をぶらぶら歩くことにした。かと言って、行くあてなどどこにもない。


「千秋くんはさ、死ぬ前にやりたいこととかないの?」


「何もない」


 やりたいこと。

 そんなものがあるのならば、僕は死のうとは思ってない。

 逆に、捺月には何かあるのだろうか。


「ならさ、私が考えた最高の自殺プランに付き合ってよ」


 最高の自殺プラン。

 前向きにも後ろ向きにも聞こえるな。


「いいよ。どうせ何もないし。それで最初は?」


「バッティングセンターに向かいます」


「どうして?」


「ストレス発散ができそうだから」


◇◆◇◆◇◆


「全然打てない!!」


 捺月の言う通りに、バッティングセンターに向かった。

 ストレス発散ができそうだとか言っていたものの、全然打ち返すことができずに、彼女のストレスは逆に増えているように見える。

 けれど、表情は柔らかい。心の底から楽しんでいるようだ。


「どうやったらそんなに打てるの? 教えて!」


 捺月がバッドを振り回しながらやって来た。

 やる気に満ち溢れているのは良いことだと思うけれど。


「腰をもっと引いて。ボールをしっかりと見ることが重要だよ」


 と言われても、実際にやってみないと分からないものだ。

 何度かチャレンジしてみたものの、捺月はできなかった。

 カツンカツンと打ち返すことはできるけれど。打ってるというよりも、掠っていると言ったほうが正しい。


「全然打てないよー!! 千秋くんはガンガン打ってるのにー」


「僕が打てたらダメなの?」


「ダメじゃないけど……見た目が貧弱そうだし。運動できない系かと」


「人を見た目で判断するな。一朝一夕で身に付く話じゃないよ」


「練習したの?」


「ストレス発散だよ、ただのね」


 結局。

 捺月は球を殆ど打ち返せていなかった。

 本人はもっとカキィーンカキィーンと打つ自分を想像してたみたいだけれど。

 と言っても、一回だけ場外まで飛ばしていた。ビギナーズラック最強。


「どうだい。千秋くん、これが私の実力だよ、にししし」


 自信満々にピース。

 バッティングも良かったが。

 それ以上に笑顔が素晴らしい。もしもスマイルを採点できるのなら、満点をあげたい。


 でもさ、僕は気づいちまったんだ。


 笑顔の裏側に相応わしくないものがあることに。屈強な男には似合うかもしれないが、可愛い女の子には似ても似つかわしくないもの。

 捺月の手首には、無数の傷があった。

 痛々しいまでに赤い傷跡。不慮の事故とは言い難く、何度も傷付けたように見える。

 自傷行為。リストカット。何の為に??


◇◆◇◆◇◆


「次はどうするんだ?」


 バッティングは終了。

 三十分ぐらいバッドを振っていれば、腕が疲れてくる。

 僕も捺月もヘトヘトだ。

 甲子園で活躍する野球児の凄さが改めて分かった。


「うーんとね。次はねー」


「本当に考えているのか?」


「実は考えてない。基本全部は適当です」


「プランとか言ってたくせに」


「最後だけは考えてる。何が起きるか分からないほうが楽しいでしょ?」


「ミステリートレインと一緒か!」


 夜が更けるまで。

 捺月の思うがままに、僕は付き合わされた。腹が減ろうがへるまいが、アイスクリームやたこ焼きなどに寄ったし、少しでも気になった店には全部入った。サブスク全盛期の時代には少し時代遅れ感があるレンタルDVD屋に行き、R18コーナーに入り、二人揃って顔を真っ赤にしてしまった。青春だった。

「どうせ死ぬんだから」と口癖のように言い、彼女はお金を散財した。自分の分は自分で払おうと思っていたのだが、捺月は「いいからいいから」と代わりに払ってくれた。男として情けない気持ちになるが、元々これは僕の親が必死に働いたお金だ。僕みたいな不登校児を養うために、稼いだお金。これから僕が犯す罪を知って、両親はどう思うか?


 邪魔な奴が消えたと喜ぶか。

 それとも息子が死んだと泣いてくれるか。

 どちらにせよ、親不孝者には変わりない。


「捺月はさ、両親に何か言い残した?」


 訊ねてみたものの、返答は無かった。

 聞こえなかったのかと思い、二回言ってみた。それでも返事はない。答えたくないのだろう。もしかしたら、僕と同じく、親には後ろめたさがあるのかもしれない。


「それでは最後の晩餐と行きますか」


 僕の質問には無視。

 それでも捺月はファミレスでの夕食を提案し、僕は自分が死にたい理由を打ち明ける羽目になるのである。不公平だと思わない?

 僕はまだ彼女の秘密を知らないのにさ。

 

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