一通の手紙を見ながら、私はホテルの宴会場へと向かう。

 高校時代の知り合いに会うのは、久々のことだ。

 というか、会う気さえ起きなかった。わざわざ卒業後に奴等に会うなんて、そんなナンセンスなことはしない。


「あ、あんな美人がいたっけ?」

「だ、誰だ……あ、あの美女は」

「綺麗……だ、誰? あんな人うちにいたっけ?」


 称賛の嵐を受けつつ、私はバイキングを堪能することに。

 高級ホテルを貸し切っていることだけはある。料理は普通に美味だ。

 次から次へと運ばれてくる料理に、私の瞳はハートマークになってしまう。寿司やステーキを、目の前で作ってくれるのだ。食べなきゃ損だ。


「お目にかかれて光栄です。あなたみたいな美しい人に」


 私が食事を楽しんでいると、変な男が喋りかけてきた。

 新調してないスーツを身に纏った金髪男。顔周りは普通なのだが、お腹周りは肉付きがよくなっている。


「あのーどなたですか?」


 全然誰か分からない。

 失礼すぎると思うのだが、聞くしかあるまい。

 だって、本当に分からないんだから。


「えっ? お、俺の名前知らないの?」


 俺の名前を知らないとか、ありえない。

 そんなふうに笑ってくるのだが。

 いやいや、普通に知らないんだけど。

 逆に、知ってて当たり前みたいな雰囲気を出されても。


「まぁーそっか。俺もちょっと変わったしな」


 その男は指先で鼻をカキカキしつつ。


「学園の王子様——末松正樹だよ」


 末松正樹。

 学園の王子様と呼ばれ、大層女子にモテモテだった男。

 だが、今の姿を見ても、全くその面影がなかった。

 あまりの変貌ぶりに、私は声も出ないのだが。


「まぁー学園の王子様である俺に声をかけられて困るよね、君も」


「末松正樹なの……?」


「あぁ、そうだけど……何かな?」


 金髪男は車の免許証を見せてきた。

 確かに、名前は末松正樹だ。

 現在の彼を見て、学園の王子様と思う方々がいるのだろうか?

 ていうか、笑い話にされるだろう。それ絶対に嘘だろと。


「で、君の名前を教えてくれないか?」


「私の名前は本田理沙」


「本田理沙……?」


 末松正樹は、私の名前を聞いても、ピンと来てないようだ。

 私は、奴の名前を忘れたこともなかったのに。

 それなのに、奴は私のことなんて、どうでもよかったのだ。


「まぁーいいか。これから俺と仲良くしようぜ」


 末松正樹が肩を組もうとしてきた。

 だから、私はその腕を振り払って。


「私には近寄らない約束じゃなかったの?」


「近寄らない約束……? 何のことだ?」


 ふざけるな。

 その感情だけが込み上がる。

 私の高校生活を、灰色に染めたくせに。

 コイツのせいで、私の人生はズタボロにされたのに。

 この男は——。


「あぁーあ。本田理沙……あ、お前か……俺のストーカーじゃん」


 末松正樹は思い出したようだ。

 本田理沙という女を。当時ブスと酷評した女の子を。


「何したんだ? 整形でもしたのか?」


 高校時代の私と、現在の私の違いが気になるのだろう。

 どうやって変わったのかを。


「努力よ。整形なんてしてない」


「へぇ〜。人って変わるんだな」


 末松正樹はポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。それからもう一度私を上から下へと目線を移し、汚い煙を吐き出して。


「俺のために可愛くなる努力をしたのか?」


 可愛くなる努力を行った。

 ただ、別に末松正樹のためではない。


「アンタを後悔させるためだよ。逃した女はデカかったって」


 末松正樹を見返してやる。

 その気持ちだけで、努力を重ねてきた。

 高校卒業後、地方の帝国大学へと進学。

 そこでダイエット方法や化粧の仕方を覚えた。

 大学卒業後は一流企業に就職し、現在立派なキャリアウーマンとして、バリバリ活躍中だ。

 それなのに。それなのに。それなのに。


————なんで? こんなに虚しいんだろう————


「それって要するに、俺のことを思って可愛くなったわけじゃん」


 末松正樹はそう断言すると、私の顎をクイッと持ち上げてきた。


「可愛くなったから、俺の女にしてやる。ご褒美をあげよう」


 私の唇を奪おうとするバカ男。

 だが、誰が取られてたまるか。

 もう限界に達したので、私は奴の顔を思い切り殴った。


「ばぶぅーっ!!」


 イクラちゃんみたいな声を上げてきたが、気にしない。


「あのねー、あんたマジで何様のつもり? 現実見たらどう?」


 人様の感情を弄んできた挙句。

 今になってから、可愛くなったから俺の女にしてやる?

 どこまで虫のいい話をしているのだろうか?


「過去の栄光に縋ってるんじゃないわよ!! 気持ち悪い!!」


 末松正樹が、どんな人生を歩んできたのか。

 私は知るよしもないし、知る気もない。

 だが、しかし、彼が高校時代に行ってきた仕打ちは知っている。


「お前は卑怯なんだよ!! ブスとか散々言いまくったくせに。それに、自分の手を汚さずに、酷いことばかりしてきたくせに!! あんたはわかるの? 自分の机に菊の花を置かれたり、トイレ中に水をぶっかけられたり……それに、それに……」


 見返したい。

 その気持ちだけは少なからずあった。

 末松正樹にぎゃふんと言わせたかった。

 だけど、今ではその気さえ起きない。


 向上心もないほどに、落ちぶれてしまった男には。

 末松正樹は、私の言葉を聞いても、怒ることもなければ悲しむこともない。ただ呆然とその言葉を聞き流すだけなのだ。日頃からあんな態度を示しているのだろう。


「一度振った女が最高に可愛くなって悔しい?」


 奈落の底へと落ちてしまった学園の王子様。

 もう既に、彼は相手にならなかった。

 マウントを取ろうとしても、その行動さえも無意味だったのだ。


「ごめんね、もう興味無いわ」


 気分はスッキリした。

 家に帰ってグッスリ寝よう。

 全てを忘れて。

 自分だけの時間を過ごそう。


 ホテルを一度出ると、急激に肌寒くなった。白い息を手にかけて、少しでも体温をあげてみる。それでも一向に温まらない。


「ねぇーママ。あの星は何〜?」


 母親に手を引かれてる男の子が、空を指差していた。


「あーアレはねぇー」


 母親は息子の答えに軽々と答えた。

 その知識量に凄いと思いつつも、私も釣られて空を見上げる。


「き、綺麗ね……」


 無数の星々が輝いていた。

 私が先生ならば、満点をあげるだろう。

 頭上へと手を伸ばしてみようとするのだが。


「もちろん、掴めないわよね……」


 分かりきっている。

 こんな場所から、星を掴めるはずがないのだ。


「ママはいっぱい星を知ってるねぇー」


 それじゃあ。

 と、呟いてから、男の子は小さく輝く星を指さした。


「あの星の名前はー?」


 今まで自信満々だった母親は答えられなかった。

 ちっぽけな星の名前なんて、誰も知らないのだ。


 光り輝く星々には、名前が与えられる。

 でも、私みたいなただの小規模な星には。

 名前なんてものは与えられることもなく。

 それでも必死に輝いているのだ。誰に褒められることなく。


「頑張ってるよ……キミは。いっぱいいっぱい」


 それでも、私だけは褒めてあげよう。

 一等星にも、一番星にもなれない哀れな恒星たちを。


(完結)

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