5
一通の手紙を見ながら、私はホテルの宴会場へと向かう。
高校時代の知り合いに会うのは、久々のことだ。
というか、会う気さえ起きなかった。わざわざ卒業後に奴等に会うなんて、そんなナンセンスなことはしない。
「あ、あんな美人がいたっけ?」
「だ、誰だ……あ、あの美女は」
「綺麗……だ、誰? あんな人うちにいたっけ?」
称賛の嵐を受けつつ、私はバイキングを堪能することに。
高級ホテルを貸し切っていることだけはある。料理は普通に美味だ。
次から次へと運ばれてくる料理に、私の瞳はハートマークになってしまう。寿司やステーキを、目の前で作ってくれるのだ。食べなきゃ損だ。
「お目にかかれて光栄です。あなたみたいな美しい人に」
私が食事を楽しんでいると、変な男が喋りかけてきた。
新調してないスーツを身に纏った金髪男。顔周りは普通なのだが、お腹周りは肉付きがよくなっている。
「あのーどなたですか?」
全然誰か分からない。
失礼すぎると思うのだが、聞くしかあるまい。
だって、本当に分からないんだから。
「えっ? お、俺の名前知らないの?」
俺の名前を知らないとか、ありえない。
そんなふうに笑ってくるのだが。
いやいや、普通に知らないんだけど。
逆に、知ってて当たり前みたいな雰囲気を出されても。
「まぁーそっか。俺もちょっと変わったしな」
その男は指先で鼻をカキカキしつつ。
「学園の王子様——末松正樹だよ」
末松正樹。
学園の王子様と呼ばれ、大層女子にモテモテだった男。
だが、今の姿を見ても、全くその面影がなかった。
あまりの変貌ぶりに、私は声も出ないのだが。
「まぁー学園の王子様である俺に声をかけられて困るよね、君も」
「末松正樹なの……?」
「あぁ、そうだけど……何かな?」
金髪男は車の免許証を見せてきた。
確かに、名前は末松正樹だ。
現在の彼を見て、学園の王子様と思う方々がいるのだろうか?
ていうか、笑い話にされるだろう。それ絶対に嘘だろと。
「で、君の名前を教えてくれないか?」
「私の名前は本田理沙」
「本田理沙……?」
末松正樹は、私の名前を聞いても、ピンと来てないようだ。
私は、奴の名前を忘れたこともなかったのに。
それなのに、奴は私のことなんて、どうでもよかったのだ。
「まぁーいいか。これから俺と仲良くしようぜ」
末松正樹が肩を組もうとしてきた。
だから、私はその腕を振り払って。
「私には近寄らない約束じゃなかったの?」
「近寄らない約束……? 何のことだ?」
ふざけるな。
その感情だけが込み上がる。
私の高校生活を、灰色に染めたくせに。
コイツのせいで、私の人生はズタボロにされたのに。
この男は——。
「あぁーあ。本田理沙……あ、お前か……俺のストーカーじゃん」
末松正樹は思い出したようだ。
本田理沙という女を。当時ブスと酷評した女の子を。
「何したんだ? 整形でもしたのか?」
高校時代の私と、現在の私の違いが気になるのだろう。
どうやって変わったのかを。
「努力よ。整形なんてしてない」
「へぇ〜。人って変わるんだな」
末松正樹はポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。それからもう一度私を上から下へと目線を移し、汚い煙を吐き出して。
「俺のために可愛くなる努力をしたのか?」
可愛くなる努力を行った。
ただ、別に末松正樹のためではない。
「アンタを後悔させるためだよ。逃した女はデカかったって」
末松正樹を見返してやる。
その気持ちだけで、努力を重ねてきた。
高校卒業後、地方の帝国大学へと進学。
そこでダイエット方法や化粧の仕方を覚えた。
大学卒業後は一流企業に就職し、現在立派なキャリアウーマンとして、バリバリ活躍中だ。
それなのに。それなのに。それなのに。
————なんで? こんなに虚しいんだろう————
「それって要するに、俺のことを思って可愛くなったわけじゃん」
末松正樹はそう断言すると、私の顎をクイッと持ち上げてきた。
「可愛くなったから、俺の女にしてやる。ご褒美をあげよう」
私の唇を奪おうとするバカ男。
だが、誰が取られてたまるか。
もう限界に達したので、私は奴の顔を思い切り殴った。
「ばぶぅーっ!!」
イクラちゃんみたいな声を上げてきたが、気にしない。
「あのねー、あんたマジで何様のつもり? 現実見たらどう?」
人様の感情を弄んできた挙句。
今になってから、可愛くなったから俺の女にしてやる?
どこまで虫のいい話をしているのだろうか?
「過去の栄光に縋ってるんじゃないわよ!! 気持ち悪い!!」
末松正樹が、どんな人生を歩んできたのか。
私は知るよしもないし、知る気もない。
だが、しかし、彼が高校時代に行ってきた仕打ちは知っている。
「お前は卑怯なんだよ!! ブスとか散々言いまくったくせに。それに、自分の手を汚さずに、酷いことばかりしてきたくせに!! あんたはわかるの? 自分の机に菊の花を置かれたり、トイレ中に水をぶっかけられたり……それに、それに……」
見返したい。
その気持ちだけは少なからずあった。
末松正樹にぎゃふんと言わせたかった。
だけど、今ではその気さえ起きない。
向上心もないほどに、落ちぶれてしまった男には。
末松正樹は、私の言葉を聞いても、怒ることもなければ悲しむこともない。ただ呆然とその言葉を聞き流すだけなのだ。日頃からあんな態度を示しているのだろう。
「一度振った女が最高に可愛くなって悔しい?」
奈落の底へと落ちてしまった学園の王子様。
もう既に、彼は相手にならなかった。
マウントを取ろうとしても、その行動さえも無意味だったのだ。
「ごめんね、もう興味無いわ」
気分はスッキリした。
家に帰ってグッスリ寝よう。
全てを忘れて。
自分だけの時間を過ごそう。
ホテルを一度出ると、急激に肌寒くなった。白い息を手にかけて、少しでも体温をあげてみる。それでも一向に温まらない。
「ねぇーママ。あの星は何〜?」
母親に手を引かれてる男の子が、空を指差していた。
「あーアレはねぇー」
母親は息子の答えに軽々と答えた。
その知識量に凄いと思いつつも、私も釣られて空を見上げる。
「き、綺麗ね……」
無数の星々が輝いていた。
私が先生ならば、満点をあげるだろう。
頭上へと手を伸ばしてみようとするのだが。
「もちろん、掴めないわよね……」
分かりきっている。
こんな場所から、星を掴めるはずがないのだ。
「ママはいっぱい星を知ってるねぇー」
それじゃあ。
と、呟いてから、男の子は小さく輝く星を指さした。
「あの星の名前はー?」
今まで自信満々だった母親は答えられなかった。
ちっぽけな星の名前なんて、誰も知らないのだ。
光り輝く星々には、名前が与えられる。
でも、私みたいなただの小規模な星には。
名前なんてものは与えられることもなく。
それでも必死に輝いているのだ。誰に褒められることなく。
「頑張ってるよ……キミは。いっぱいいっぱい」
それでも、私だけは褒めてあげよう。
一等星にも、一番星にもなれない哀れな恒星たちを。
(完結)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます