「ちょ、ちょっと待て……!! お、俺は何もやってない!!」


 末松正樹が叫んだ。

 だが、その声は決して届かない。

 クラスメイトから批判的な目で見られている。


「嘘つくんじゃないわよ!! 私を殴ってきたじゃないっ!!」


「そ、それは……」


「へぇ〜。やっぱり答えられないじゃん」


 それはそうだよねーと呟いてから。


「だって、私を殴ってきたことは事実だもんねぇー」


「うっ……そ、それは……」


「それに散々私にブスとか言ってきたよね?」


 その瞬間、女子生徒が口元を抑えて叫んだ。

 学園のアイドル——末松正樹がそんなことを言うとは。

 そんなこと絶対ありえないとでも思っているのだろう。

 脳内お花畑な連中だ。


◇◆◇◆◇◆


 異常事態が起きた。

 本田理沙が殴られたと言い出してきた。

 それも、授業中にだ。


(ふざけるなよ……俺は学園の王子様なんだぞ……)


(そ、それなのに……暴力を振るっているなんてバレたら……)


(全部破滅じゃないか……こ、これは大変マズイ……)


(ていうか……どうしてコイツは血だらけなんだよ……)


(普通に考えておかしいだろ……どう考えてもさ)


(大変マズイぞ。ど、どうすればいいんだ……こーいうときは)


 一度嘘を吐くと、何度も何度も嘘を吐き続けることになる。

 それは、必ず自分の首を絞めることになるだろう。


「おいっ! どういうことなんだ……教えてくれ、末松」


 事態の解明を急ぎたい先生が尋ねてきた。

 ここはもうイチかバチか答えるしかないだろう。


「答えないとダメですか?」


「あぁー答えろ」


「わかりました」


 末松正樹はそう呟くと、「ごめん」と本田理沙に謝罪してきた。

 それから全員に訴えかけるような声で言った。


「実は本田理沙さんに告白されました」


 しかし、と末松正樹はキッパリと言い。


「俺は彼女を振りました。そしたら……彼女が腕に掴んできたので振り払おうとしたんです。その拍子で軽く顔に当たってしまって……」


 彼は申し訳なさそうな顔を上げて。


「あまりにもしつこかったんです、本田理沙さんが」


 末松正樹は、大変口が上手い男であった。

 次から次へとペラペラ本田理沙の悪口を言いまくったのだ。

 ストーカーという表現は一度も使わなかったのだが。

 正しく、そんな行動を取る重たい女ですとでも言うように。


「もう俺に付き纏うなという意味で、強い発言をしてしまいました」


 それにこの計算高い男が好感度アップを忘れるはずがない。


「でも全部……俺の責任です。俺が悪いんです。みんな、本田理沙さんを責めないでほしい。頼む……カッコいい俺が悪いんだからさ」


 と言って、自分にも非があります風に語るのであった。


◇◆◇◆◇◆


「ま、負けた……」


 放課後の保健室。

 私は、ベッドに寝転んだ状態でそう呟いていた。


「あの男に少しでもぎゃふんと言わせたかったのに」


 学園の王子様——末松正樹が女子生徒を殴った。

 そうすれば、多少はアイツを懲らしめられると思っていた。

 だが、計画は失敗だ。


「このままじゃあ……わ、私は……ただのストーカー女じゃん」


 振られた腹いせに、教室で喚き散らしたバカ女みたいじゃん。

 そ、それだけは絶対に嫌だ……絶対に。


 ガラガラガラ。


 保健室のドアが開いた。


(保健の先生は会議に出るから戻って来ないと言ってたし……)


(ん? 一体誰が来たんだろ?)


 そう思った瞬間には、ベッドカーテンを開かれてしまう。


「おい、お前……どーいうつもりだ。学園の王子様である俺の顔にドロを塗るつもりなのか。なぁ、おい……聞こえてるのか?」

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