第二十章 運命に狂わされた殺人鬼




人は、生まれたばかりは、みな同じ、何も知らない純粋な赤ん坊である。


生まれた環境、育ち、周りの影響……そんなもので、悩み、悲しみ、苦しみ、そして、その中で感じる幸せを見出すものである。


本当ならば、平凡な人生を送り終えるはずだったが、何処かで運命の歯車が狂い、自分でも想像のつかない犯罪へと、手を染めてしまう。


ここに、悪戯好きな神の手によって、運命を狂わされた一人の男がいた。

男の名前は、湊(みなと)。

彼もまた、平凡な人生を送るはずの人間であった。


湊の家族は、工場で働く父親もスーパーでパート勤めの母親、そして、二歳年下の妹。

豊かな暮らしとはいかなかったが家族四人は、幸せな生活を送っていた。

それが少しずつ狂い出したのは、湊が中学に入学してからだった。

小学生の頃の湊の成績は、そう悪くはなかった。

クラスで、一、二位を争う程、優秀だった。

学級委員にも進んでやり、充実した日々を過ごしていたのだ。


中学に行くようになり、湊は、イジメの対象になる。

頭が良い……それだけの理由である。

毎日のように、イジメられ、湊は、勉強にも力が入らず、成績は、見る見る下がっていた。

その頃、家庭内でも、いざこざがあった。

仕事で上手くいかない父親は、毎日、酒に溺れ、母親は、怒りっぽい性格になった。

妹はというと、成績が落ちてきた湊を次第に馬鹿にするようになった。

その為、湊は妹とよく喧嘩をし、そして、決まって叱られるのは、湊だった。

理由は……「お兄ちゃんだから。」

学校でも家でも、面白くない湊は、次第に悪い奴等と行動を共にするようになる。

学校にも、ほとんど行かなくなり、酒や煙草も覚えた。

高校に入ると、湊の素行の悪さは、ますますエスカレートしていき、万引き、恐喝、強盗まで行うようになった。

湊は、この生活から抜け出したかった。

どんなに悪い事をしていても、湊には、それがいけない事だと分かっていた。

しかし、それを止める事が出来なかった。

イジメを受けていた時に、教師や両親に相談したが、何の解決にもならなかった。

理由……「抵抗しない、お前も悪い。」

どんなに、話を聞いてもらおうとしても、「忙しい」「気のせいだ」と相手にしてもらえない。

そして、教師や両親に相談した事により、イジメは、更に酷くなった。


湊は、思ったのだ。

いくら、相談しても、自分の思いを話しても、無駄だと。

それからというもの、湊は、手のつけられない程、荒れて行った。

そのうち、父親は、浮気をして家に帰らなくなり、母親は、苛立ちとヒステリーから意味もなく、湊に当たり散らす。

妹とは、もうどのぐらい口を聞いていないか分からない。

湊の味方になってくれる人は、誰一人いなかった。


そして、湊は、大きな過ちを犯す。

18歳の頃。仲間と一緒に、ある家に強盗に入った。

下調べで誰もいない留守の時間帯を狙って、家に侵入したのだが、その日、たまたま風邪を引いて学校を休んでいた少女、16歳を強姦、殺害してしまったのだ。


湊は、警察に逮捕され、取り調べを受ける事になった。

「俺……どうなるんでしょうか?」

尋ねる湊に刑事は、一息つくと応える。

「多分、少年院行きだろうな。」

刑事の言葉に、湊は、再び問う。

「仕方ありませんよね、殺人ですから。でも、刑事さん、俺の両親は、どうなるんです?妹は?クラスの奴等は?学校の教師は?俺の心を散々、傷付けた奴等は、裁かれないんですよね?」

そう言った湊に刑事は、顔をしかめ、こう言った。

「まぁ、君も、いろいろと辛かっただろうが、君に殺された少女は、これからの人生を絶たれたんだ。君は、罪を償わないといけない。」

「俺の人生は、どうなるんです?」

湊の問いに、刑事は言う。

「それは……これから、君自身が考える事だ。」



また……だ。



みんな他人事。罪を犯さなければ善人で、罪を犯せば悪人なんだ。

俺の人生の歯車を狂わせた奴等は、何の罪にも問われないんだ。

「人のせいにするな」「甘えるな」というけれど、だったら、俺は、どうすれば良かったんだ?

何も分からない子供に、ちゃんと分かるように導いてくれるのが大人じゃないのか?

俺の人生の歯車は、まだ狂っていくのか……?

どうしよう…………俺……。

「……死刑にして下さい。」

湊が小さく呟くと、刑事は眉を寄せた。

「何だって?」

「俺を死刑にして下さい……!でないと、俺…………。」








「また、人を殺してしまいそうなんです……!!」







ー第二十章 運命に狂わされた殺人鬼【完】ー

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