第十六章 人が殺意を抱く時




秋音(あきお)と遼太(りょうた)は、同じ会社に勤める同僚である。

秋音には、同じ時に会社に入社した美那子(みなこ)という同い年の恋人がいる。

秋音は、高校卒業してすぐに、別の職場で働いていたが退社して、ここへ入社したのだ。

いつも、にこにこと笑い何を言っても怒らないし、高卒であるという理由からも、遼太は、秋音の事を馬鹿にしていた。


「秋音、これコピー頼むわ。」

机の上にポンと置かれた書類に目を落とし、秋音は、遼太の方を見ると、にっこりと笑う。

「分かった。」

「あーっ……コピーが終わったら、この書類書いて、部長に出しといて。」

「ああ、分かった。」

コピー機に向かいながら、秋音は返事をした。


昼休み。社内食堂にいた美那子の元に遼太がやって来た。

「美那子ちゃ〜ん。」

「あら、遼太くん。」

遼太の姿に美那子は、笑みを浮かべた。

「秋音を待ってるんだけど、まだ仕事してるのかな?」

美那子の言葉に、遼太は、クスッと笑って見せた。

「あいつ、仕事遅いから。もうしばらくかかると思うよ〜。」

「そっか……。」

少し寂しそうに呟いた美那子に、遼太は言う。

「あんな奴と別れて、俺と付き合っちゃえば?」

その言葉に、美那子は、クスッと笑う。

「もう付き合ってるのと同じでしょ?」

「知らないのは、秋音だけってか?」

「秋音は、すごく優しくて良い人だけど……何だか物足りないのよね。」

「つまんない奴だもんね。」

そう言いながら、二人は顔を見合わせ笑った。

そんな二人の姿を遠くから見つめる秋音の姿があった。


夕方五時になり、遼太は、タイムカードを押して、まだ机に向かっている秋音の元に向かった。

「あれー?今日も残業か?まっ、頑張れよ〜。」

そう言って去ろうとした遼太に秋音は、声を掛ける。

「遼太。」

「あーん……?」

秋音は、遼太を優しく見ると、こう言った。

「夜道は危険だから、気をつけてね。」

「あ……ああ、じゃあな。」


会社を出ると、先に出ていた美那子が走り寄ってきた。

「秋音は?」

「俺がたっぷり仕事を与えてきたから、残業だよ。」

クスクスと笑う遼太の腕に手を回し、美那子もクスクスと笑う。

「遼太ったら、悪いんだ〜。」

「鈍い、あいつが悪いの。何が夜道は危険だから、気をつけて…だよ。」

「何それ?」

眉を寄せ、尋ねる美那子に遼太は、馬鹿にしたように笑って言う。

「秋音が俺に言ったんだよ。女に言うセリフだろ。」

「秋音が?私も言われたわよ。夜道は危険だから、気をつけろって……。」

「秋音に?」

「うん……。」

しばらく顔を見合わせていたが遼太は、口元に笑みを浮かべた。

「気持ち悪りぃー。」

遼太の言葉に、美那子も笑って見せた。




『昨夜、12時過ぎ。〇〇県〇〇区の路上で、男女二人が倒れているのが発見されました。男性は、‪✕‬‪✕‬商事に勤める〇〇遼太さん、27歳。女性は、同じ会社に勤める△△美那子さん、26歳。二人の身体には、何ヶ所にもわたる刺し傷があり、出血多量の為、搬送先の病院で死亡が確認されました。なお、この場所は、人通りも少なく、目撃者もいないようです。』

次の日の夕方。会社から帰った秋音は、リビングのソファーに腰を下ろし、珈琲を飲みながら、テレビで流れるニュースを聞いていた。

秋音は、無表情のまま、テレビ画面を見つめ、静かに呟いた。







「だから、夜道は危険だから、気をつけてと言ったのに……。」







ー第十六章 人が殺意を抱く時【完】ー

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