第六章 尽くす殺人鬼




私の名前は、絵梨子。32歳。

私には、愛する夫がいる。

夫の名前は、聡。32歳。

結婚して、10年になるが子供は、いない。

私は、聡の事を心から愛している。

聡が望む事は、何でもしてきたし、今まで、ずっと尽くしてきた。

聡は、少し気弱な性格だが真面目で優しい人だ。

子供は、いないけれど、私達は幸せだった。

私は、結婚して仕事を辞め、専業主婦をしている。

今日も、朝早くから聡の為に、お弁当を作った。


その日、会社から帰ってきた聡は、少し元気がなかった。

話を聞くと、会社でミスをして、上司に叱られたらしい。

何でも、みんなの前で大声で怒鳴られたらしく、酷く落ち込んでいた。

「勤務歴10年で、初めてミスをして、あそこまで怒鳴られるなんて……さすがに、落ち込んだ。」

そう言いながら、夕飯を食べる聡。折角、聡の大好物のハンバーグを作ったのに……。可哀想な聡。

「そんなに落ち込まないで。誰にでも、ミスはあるわよ。完璧な人間なんていないんだもの。」

「うん……。そうだね。まぁ、ミスをした俺が悪いんだし、明日から、また気合い入れて頑張らないとな。」

聡は、そう言うと、軽く笑って夕飯を食べ出した。

聡は、悪くないわ。悪いのは、みんなの前で怒鳴った上司よ。


大丈夫、私が守ってあげる。


それから二日が経ち、会社に行った聡から、電話があった。

『上村(聡の上司)さん、亡くなったんだよ。』

「そうなんだ……。」

『今晩、お通夜に行かないといけないから、喪服の用意頼むよ。』

「うん、分かった。」

フーン……死んだんだ。私は、電話を切ると、洗濯と掃除を済ませ、買い物に出掛けた。


その週の日曜日。聡が仕事が休みなので、私達は、デパートに買い物にきていた。

二階の洋服売り場で服を見ていた私達の元に、アイスを片手に持った子供が駆けてきた。

私は、とっさに避けたけれど、子供は、聡にぶつかり、アイスが聡の服に、ベッタリとついた。

「ごめんなさい……。」

泣きそうな顔で言う子供に、聡は、優しく微笑む。

「大丈夫だよ。だけど、こんな所で走っていたら危ないよ。気をつけてね。」

聡は、大きな手で子供の頭を撫で、子供は、親の元に駆けて行った。

「あーあ……。服がベタベタだよ。」

そう言って、苦笑いをする聡。優しい聡。

その服、私が聡の誕生日に選んであげたのに……。


買い物を続けていた私達は、店内に響く悲鳴に、そちらへ向かった。

エスカレーターの下、子供が血だらけで倒れている。

「あの子……さっきの……。」

そう呟いた聡に、私は、言う。

「はしゃいでて、エスカレーターから落ちたんじゃない?ねぇー、そんな事より、買い物を続けましょうよ。」

「絵梨子……。」

戸惑う聡の手を引き、私は、その場を離れた。


数日後。私は、警察に逮捕された。

私が子供をエスカレーターから突き落としている姿が防犯カメラに映っていたのだ。

取調室で事情を聞かれた私は、正直に応えた。

「だって、刑事さん。あの子は、悪い子なんです。アイスを持ってデパートの中を走り回って、私の夫の服を汚したんです。私が夫の誕生日に選んだ服なのに。許せませんよ。だから、ちょっと軽く、エスカレーターで背中を押しただけです。」

私の話に、刑事は、眉を寄せる。

「たった、それだけの理由で?あの子、病院に運ばれたんだがね。打ち所が悪くて亡くなったそうだよ。」

「へぇー……死んだんですか。」

「死んだんですか……って、それだけか?!」

少し怒鳴るように言った刑事に、私は、クスクスと笑って見せた。

「他に、何を言えと?刑事さん、私は、夫を愛しているんです。夫が私の両親と上手くいかない時も、私が両親を事故に見せかけ、殺したの。結婚して、すぐに子供が出来たけれど、まだ若くて経済力もないからって、夫が悩んでいたから、階段から落ちて流産したわ。上司に叱られて、夫がしょげてる時も、上司を駅のホームから突き落としたのよ。」

私の話に刑事は、驚いた顔をする。続けて、私は、こう言った。

「私は、ずっと、夫に尽くしてきたわ。これからも、ずっとずっと尽くすわ。だって、私……。」








「夫の事をとても愛しているんですもの。」







ー第六章 尽くす殺人鬼【完】ー

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