第五章 雨の日の殺人鬼



私は、雨の日が嫌いである。

嫌いというか苦手である。それは、私が偏頭痛持ちであるからだ。

はっきり言えば、雨の日の前日から頭が痛くなるのだが、私の偏頭痛は、天気予報よりも正確なのだ。


私には、付き合って三年目の陽人(あきと)という二歳年上の恋人がいる。

陽人とは、半同棲のような生活をしていたが月に一週間程、陽人は、自分の住むマンションに帰っていた。

仕事が忙しい時に、家にも仕事を持ち込む時がある。

そんな時は、仕事に集中したいので、部屋へ戻るのだ。

会えない間は、寂しいが時には、自由になりたい時間が欲しいと、お互い思うので、まぁ、そこは良い事だと思っている。


いつものように、陽人が自分のマンションへ戻っていた、とある月曜日の朝。

私は、酷い頭痛に悩まされていた。

また雨が降るのだろう。偏頭痛には慣れていたが今回の偏頭痛は、かなり酷かった。

私は、スマホを手に取り、陽人へ電話をした。

何度かの呼出音の後に、陽人が電話に出た。

『もしもし……。』

まだ眠そうな陽人の声に私は、少しクスッと笑った。

「あっ、陽人。おはよう。」

『ああ……おはよう。何?こんな朝早くに……?』

ダルそうな声の陽人に、私は言う。

「今日、仕事でしょ?雨が降るから、傘を忘れずに。あと……ちょっと、土砂降りになりそうだから、気をつけてね。」

『……曇ってはいるけれど、雨降るのか?』

「降るよ。」

『フーン……。また、いつもの偏頭痛の神様のお告げか?』

クスッと笑って、そう言った陽人に、私は、唇を尖らせる。

「馬鹿にしないでよ。私の偏頭痛は、天気予報より当たるんだからね。それから……」

そう言いかけた時、電話の向こうから、女の声が聞こえた。

『誰と電話してるの〜?』

『えっ……あっ、会社の同僚だよ。』

『ほんとに〜。』

私は、黙って二人の会話を聞いていた。

『ごめん……。今から準備しなきゃ。また、こちらから連絡するから。』

少し焦ったような陽人の声。私は、軽く口元に笑みを浮かべる。

「あっ、うん。分かった。陽人……。」

『んっ?何?』

「…………浮気しないでね。でないと、私……。」

話の途中だったが電話は切れた。私は、スマホのスイッチを切り、窓辺に立つ。

どんよりと曇った空。今にも泣き出しそう。

「頭……痛いな。会社……休もうかな…?」


結局、その日は、会社を休んだ。

家にいるのも何だかつまんないし、少し外出して、帰宅したのは、昼過ぎだった。

「あーあ……疲れた。」

私は、玄関で赤いレインコートを脱ぐ。

「レインコート……赤だったっけ?」

ポタン……ポタンと赤い雫が落ちる。

フラフラの足取りで、リビングへ向かい、私は、ソファーに力無く腰を下ろした。

「……浮気しないでって、言ったのに。自分の部屋に戻ってたのって……仕事じゃなかったんだ。」

私は、立ち上がり、キッチンへ向かうと、コーヒーを入れ、再びソファーに戻った。

「好きだったのにな……。あんな女……。でもさ、私が突然、来たものだから、陽人ったら焦っちゃって。」

フフフと笑い、コーヒーを一口含み、喉を鳴らして飲み込んだ。

「雨の日は、嫌いだよ。偏頭痛がするから。偏頭痛がすると、雨が降ったり……それから……。」

ゆっくりと、窓の方に顔を向け、雨の降る外を見つめた。

「……そういえば、前の彼氏も、その前の彼氏も、雨の日に死んだっけ?」

外は、激しく雨が降っている。

「陽人……。私、雨の日に偏頭痛になるだけじゃなくて……。」








「無性に、人を殺したくなるんだよね。その事、陽人に話してなかったね。……ごめんね。」







ー第五章 雨の日の殺人鬼【完】ー

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