第二章 可愛い殺人鬼



私の名前は、リチャードである。

小さな工場で働く、52歳の男である。

私には、妻と子供がいる。

妻のエリーゼとは20歳も離れているが家族仲良く暮らしている。

一人息子のトーマスは、まだ5歳である。


私とエリーゼが結婚したのは、10年前。

エリーゼは、私の勤める工場で事務をしていた。

嘘のような話だが、交際を求めてきたのは、エリーゼの方だった。

エリーゼは、早くに父親を亡くし、年の離れた男の人が頼りになって好きだと言った。

私のような工場働きの、くたびれたおっさんに、まさか、そんな若い女性がそんな事を言うなんて、想像も出来ず、初めは、からかわれているのだと思った。


エリーゼは、とても美しく優しい女性だった。

何人もの若い男がエリーゼに交際を迫ったが全て断られていた。

そんなエリーゼが私を選んでくれたのだ。

私は、とても嬉しくて幸せだった。


早く子供が欲しいとエリーゼは言っていたが、なかなか子供に恵まれず、やっと産まれたのがトーマスであった。

私達は、トーマスをとても可愛がり愛した。

エリーゼと出会う前は、もう完全に終わっていた私の人生は、ガラリと変わり、まるで夢を見ているようだった。

この幸せがずっと続くものだと信じていた。




ある日。仕事から帰ると、エリーゼがキッチンで血まみれで倒れていた。

身体に何ヶ所も刺し傷があり、大量の血を流したエリーゼは、もう事切れていた。

側では、包丁を手に持ち、頭から足元まで血で濡れたトーマスが無表情で立っていた。

トーマスは、震える瞳で見つめる私を見ると、あどけない笑みを浮かべる。

「パパ、お帰りなさい。悪い奴を退治したよ。」


エリーゼは、長い事、浮気をしていたらしい。

路地裏で抱き合うエリーゼと男の姿を学校帰りのトーマスが見つけたという。

「ママは、パパを裏切ったんだよ。だから、僕が退治したの。だって、悪い事は、いけない事でしょ?」

そう言って、優しく微笑むトーマスを私は、強く抱き締めた。

「そう……そうだね。悪い事は、いけないね。」

私は、エリーゼの死体を地下に隠し、トーマスを綺麗に洗ってやると、血だらけのキッチンを掃除した。


エリーゼを失って悲しかったがトーマスを責めるわけにはいかない。

トーマスは悪くない。悪いのは、私やトーマスを裏切ったエリーゼなのだから。




それから、一週間が過ぎ、庭で飼ってた猫が首を切られ死んでいた。

学校から帰ってきたトーマスに尋ねると、トーマスは、にっこりと笑って、こう言った。

「だってね、パパ。あの猫は、とっても悪い子なんだ。毎日、餌やトイレの世話をしている僕を引っ掻いたんだ。見てよ、これ。」

赤く引っ掻き傷のついた右手をトーマスは見せる。

「……ほ、ほんとだね。悪い猫だ。」

震える声を押さえ、私が言うと、トーマスは、満面の笑みを浮かべる。

「パパは、僕を裏切らないでね。でないと僕……。」










「一人ぼっちになっちゃうでしょ?」







ー第二章 可愛い殺人鬼【完】ー

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