第3話  吐かないようにするために

教室から担任に引きずられ、保健室に戻った。

心配していたけど、奴はもういなかった。


「ごめん、生徒がまた吐いちゃって。診てもらえる?それと着替えもお願い」

「わかった。そこに座らせて」

担任は頷くと、僕を近くのベットに座らせた。

椅子を回転させこちらを見た養護教諭は、あらと表情を緩めた。

「高橋さん、まだ具合悪いの?」


「はい、悠です。度々すみません」


「気にしないでよ。これが私の仕事なんだから」


開いていた日誌を閉じ、彼女はそう言いながら僕を見て薄く笑った。

その姿を見て、既視感を覚えた。似ている

その笑い方は彼女にそっくりだった。

先生は目を細めて、僕に笑いかける。


「君は情緒不安定だね」


そう言って、僕にハンカチを差し出す。

これをどうしろと。

「なぜ泣いてるの。どこか痛い?」

彼女は僕の正面にかがみ込み、優しく僕を見つめた。

その瞳はどことなく彼女を思わせ、僕は落ち着かなかった。

「我慢しないことよ。吐き出しなさい」


「ちょっとー、吐くのはもう勘弁して」


「何言ってるの生徒の一大事でしょ。それで嘔吐の心当たりは?」


「えーっと」僕はハンカチを握りしめながら考える。


あるといえばある。

流石に他人に言える内容じゃないんだけど。

僕が言い淀んでたら。

「・・・ああ、恋の悩みか」


一発で当てられた。この先生はたぶん何でも知っているのだろう。


「はい、そんな感じです」

一度認めたら後は歯止めは聞かない。


誰かに聞いてほしかった。

昨日おきた一連の内容を僕はすべて話した。

途中何度か担任が挙動不審になったけど、概ね最後まで聞いてもらえた。


*


「・・・ごめん、先生にはまだ早すぎたわ」


担任はベットに崩れ落ちた。

顔を真赤にして両手で覆っている。


「先生はまだ23歳ですからね。無理しないで下さい」


「年下のくせに生意気」


「そういう問題じゃないでしょ」


養護教諭の先生は、大きくため息をついた。


「問題を解決しない限り、また起こるわよ」


問題の解決か。

それは必ずしも彼女との決別意味しない筈。


「彼女がまだ僕の事が好きかどうか。それは問題じゃないんですよね」

彼女の心は、彼女しか判らない。


これから彼女とどうなりたいか。許せるのか。別れるのか

自分で考えて答えを出すんだ。

そして彼女に伝えなくては。


でもさ。結論は最初から出ているんだ。

その覚悟がなかっただけ。


「僕はこれからもずっと、彼女のそばに居たい」


今は他の人に負けている。だから彼女の一番になれない。

だからもう一度頑張るんだ。一番になるために。

彼女を振り向かせるために。


「僕の事が一番好きだって言わせたい!」

結局それしか思いつかなかった。


「うんうん、青春だね」


養護教諭の先生は妙に感動していた。


「そうかなー?先生には老人の恋って気もするんだけど?」


先生、思っていても言わないのが大人ですよ。


「まずは君の方が素敵だと分からせるんだ。押して押してNTRかえすんだ!」


「まあ、恋愛は体力勝負というからね」


「どんな事が効果的かな」


「毎日ラブアタックするとか!」

それは不可です。今と変わりません。


「もの凄い美人と付き合って、ヤキモチを妬かせるのよ。これしか無いわ」


「漫画だとそういう展開多いですね」


「じゃあ、私がそれをやろう」


養護教諭の先生が、楽しげにそういった。

この人絶対楽しんでるよね。でも、


「こんな浮気される僕でも良いんですか?」


「大丈夫よ!君可愛いから大好きだよ」


え・・かわいいって、それに好きって・・


「もし振られたら、先生僕と付き合ってくれますか?」


「あ・・・それはその・・・」


先生目が泳いでますよ。

その時、ベットに転がっていた担任がポツリと言った。


「私なら振られるような男はちょっと勘弁ね」


「だよねー」


うん。敗者復活への道は厳しそうです。



「遅いよー!センセ待ちくたびれたよ」

放課後。

校門の人垣の中心には養護教諭の先生がいた。

その姿は、僕が好きな白のワンピース姿だった。

取り囲んだ女生徒達が、しきりに可愛いを連発している。

可愛く着飾った養護教諭の登場で、あの作戦が実行に移されたんだと僕は知った。

冗談じゃなかったのか!


「さあ、まずは放課後デートよ!」



「本当にやるつもりですか!」


「かわいい生徒のためだもの。少しくらい頑張らないとね」


教師と生徒がまずいんじゃないか。という倫理観はこの人には無かった。


「クビになっても知りませんよ」


「いいよ。その時は君が貰ってくれるから」


からかって僕を見る姿は、やっぱりどこか彼女に似ていた。


「・・・もう、なんで泣くのかな君は」


泣いてませんよ、たぶん。


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