第12話 CASE3 美容室
忘れていたよ。俺って本当に馬鹿だった。
そうだ。美容室だよ。接客と言えば一番密接にお客様と関わる場所。
気付くのが遅かった俺の頭を(コツン)と叩く。
世の中では3B(美容師、バーテンダー、バンドマン)と呼ばれている職業だが、何故3B?と思うだろうが、それだけ女性慣れしている職業という事だ。忘れていた。俺にとっては美容師の3Bの「B」は、「butterfly」のBだ。そう俺は蝶々のように羽ばたくんだ!
_______
美容室と言えば青山だ!
と俺の参考書にも書いてあったと思い出し、クーポン雑誌から内装が素敵で評判の良いお店を選ぶ。
そして、自分にとって投資だと思い、勇気をもって予約していた青山の美容室の扉を開ける。最初のこの扉を開ける時の緊張感は、初めてヘロンさんに会った時の緊張感とも違ったが、ある意味ドキドキ度は同じくらいかもしれない。
そこには近所の床屋さんとは大きな違いだ!という景観が広がっている。香りも床屋さんとは少し違う。・・・不思議だ。同じ散髪屋さんなのに。
凄い、これが噂の青山の美容室。豪華なシャンデリア、雰囲気のある受付デスク、そして何よりも、全てのスタッフがこちらが緊張するくらいオシャレで輝いているじゃないか!
こういうのを「キラキラ」していると言うのだろう。
腰には鋏の入ったガンホルダーみたいなのをぶら下げている。
俺もぶら下げたい。でも何を入れればいいか分からない・・・。
そんな事はどうでもいい。皆さんの立ち居振る舞い、笑顔、話し方、どれをとってもかっこいい男性スタッフと女性スタッフ。やばい、すでに俺の妄想は自分が彼らのように素敵になっている所までいってしまった。
「いらっしゃいませ。」
(ク、クールだ!さりげない挨拶。これだこれだ!俺が望んでいたのは!大きすぎない声での「いらっしゃいませ」が、高級感を漂わせている。)
その美容室はテレビでも人気があり、なかなか予約が取れないらしいとクーポン雑誌にも書いてあった。本当に予約出来て良かった。
「あ、あの、予約していた広瀬ですが・・・。」
「お待ちしておりました。広瀬様。本日はクーポンの(お任せイメチェンコース)でよろしかったですかね?」
「あ、はい。お任せです。」
(やばい、緊張マックスだ!)
「このシートにご記入の上、こちらの席でお待ちください。」
(こんなシートで質問された事ない。むしろ床屋では、受付前の暴露系週刊誌しか見た事がない・・・。そしてお気に入りの「人妻の誘惑」みたいな記事ばかりを見ていた気がする・・・無縁だ、この場所はあまりにも神聖すぎる!)
そして、俺はシートにどのように答えていいかも分からず、「とにかくお任せです」という言葉だけ記入して席で待つ事にした。そして暫くして20代後半の茶髪の可愛い女性スタイリストが現れた。髪型はシンプルなボブで清潔感があるように見える子だった。・・・可愛い。嬉しい。楽しい。・・・でも何を話していいのか分からない・・・。
「どうも、こんにちは。初めまして。担当の〇〇です。よろしくお願い致します。」
「あ、どうも、宜しくお願いします。」
(やばい、にっこりしてくれてるー!!ヘロンさん以来の笑顔ゲット。フレッシュ!フレッシュだ!)
「どんな感じがご希望ですか?」
(いつもの床屋なら座った途端バリカンだったから聞かれた事が嬉しい)
「あ、なんだか今っぽく、カッコよくしたいんです。そして・・・女性ウケするような感じでお願いします。」
(言ってしまった!「女性ウケ」と。でもこれを言わないと。俺にとっては一番大切なワードだ!)
「かしこまりました。女性は意外と男性のツーブロックスタイルとか好きですよ。それで表面はさらっと流す感じで爽やかな感じにしましょうか?カラーとかは興味ありますか?」
(女性から女性ウケのスタイルを言われるのは説得力ありすぎだ!)
「あ?カラーした方がいいですかね?」
(カラーなんか今までした事がないぞ。)
「少しアッシュとか入れるとカッコよくなりますよ。女性ウケもしますよ!」
(アッシュってなんだ?何色なんだ?なんか強そうな色だが女性ウケするという
彼女の言葉に俺は簡単に流された。
「そのアッシュで、お願いします。アッシュ、好きなんです。」
(知ったかぶりしてしまったー!)
「良かったです。ではトーンはお任せ頂いてもよろしいですか?特にこんな感じとかありますか?」
(トーンと言えば、昔よく描いていた漫画に使うスクリーントーンしか思い浮かばない・・・。)
「勿論、お任せします。」
(凄いぞ、広瀬壮介、ちょっとスカして言ってみました。人生初のヘアカラーでツーブロック体験だ!)
「では、シャンプーしますのでこちらへどうぞ!」
(おー、緊張してヤバい。)
「では、後ろの方にもたれかかってくださいね。」
(床屋さんでは顔を前に倒して洗うのに後ろなんだ!!)
「・・・あの、体重を後ろへお願い出来ますか?」
「あ、申し訳ございません。力が入っちゃいました。」
(やばい、直立していた!後ろに体重掛けるのって難しいぞ!)
「それでは、シャンプーしていきますね。お湯加減はよろしいですか?」
「いい湯加減です」
「・・・あ、ハイ。では、洗っていきますね!」
(彼女との間に少しだけ沈黙があったが、俺は間違えた答えをしたのか?と、気にはなったがその後は夢の中へと連れて行ってもらっていた。)
「それでは、カットしていきますね。」
「宜しくお願い致します。」
それからの時間は、正直何を話していたのかもまるっきり覚えていない。
あまり彼女の目を見るのも恥ずかしいし、変に思われるのも嫌だし、そんな事を考えていたら全て彼女の質問には「はい」だけ答えていたような気がする。
「お疲れさまでした!こんな感じです。いかがですか?」
「あ、凄く変わりましたね。自分じゃないみたいです!」
「凄くお似合いですよ。これで女性ウケ間違いないと思います。ニコ」
(おーーーー!突っ込みどころゼロではないか!さすが美容師さん。会話が素敵だ。そして、満足度も高めだ。)
私はカラーをした事で、想像のはるか上の金額を投資する事になった。
そして帰り道、ルンルン気分で歩いていると向こうから歩いて来る女子高校生二人が何やら俺について話しているのが聞こえる。
(そうだろう、そうだろう。既に俺は高校生を魅了してしまった・・・。)
(なんか、あの人昔のアイドルみたいだね。)
(うん、ちょっと怖いかも。ていうか、服装と違くない)
(あれでカッコいいと思っているのかな・・・クスクス)
_____
次の日俺は、いつもの床屋の扉を開けて、いつものようにバリカンでやってもらっていた。
広瀬壮介、元に戻ります!
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