第6話 待ち合わせ

今日はヘロンさんと会う日だ。嬉しすぎる。

彼女からのお願いという事で新宿の喫茶店で会う事になった。


今日は何を着ていくか?と言ってもあまり服がない。

そもそも、ファッションには縁が無かった俺。あまり服も持っていなかったから慌てて今日の為に近所のジーンズショップでチノパンを買ってみた。

今、流行りの雑誌に「カーキのチノパンが必須アイテム」と書いてあったからだ。

ついでにそのページには「女子が彼氏に着てもらいたいアイテム、チノパンをゲットしろ!」とも書いてあった。

俺は単純だ。雑誌に書いてあるままにチノパンをゲットしてやった。

そして長袖の無地の黒のTシャツに、同じく近所で安く売っていたGジャンを合わせてみた。なんとなくこれで雑誌に載っていたお兄さんと同じようなファッションになった。靴は前回同様アディダスにお願いした。

頼むぜ俺のアイテム達!


それにして、こんなにトントン拍子で事が進んでいいのか?

恋ってこんな感じに進行していくのか?

あまりにもスムーズ過ぎる。

俺には全くと言っていいほど、恋の経験値が無いが、全てが手探りにも係わらず不思議と前進している気がする。なるほど、そうか。

きっとヘロンさんが、俺に気付かないように慣れていない俺をエスコートしてくれているんだな。

そう考えると彼女は行動派だな・・・と笑みが零れてきてしまう。


自分で言うのもなんだが、「恋」の経験値は無くとも、なんとなく気持ちの中では恋に「慣れている」気分になってきている。怖い。怖すぎる。すでに達人。

そして、いつものように鏡にも聞いてみる。

鏡には鼻を広げて嬉しそうにしている俺の姿が。


「俺って、どうかな?」


「壮介、イケてるよ。ヘロンさんも首ったけだよ!」


と、アホなやり取りを勝手にしている俺。でもその妄想時間は俺にとってはとても有意義である。購入したばかりのピカピカの服に身を包み、いざ!出動!

改めて「壮介!行きます!」


____


凄いな、新宿。渋谷と同じように沢山の人がいるが少しだけ雰囲気が渋谷とも違う。あまりにも新宿の土地を知らなすぎる俺は、待ち合わせ場所をあの有名な「ALTA」前にしてもらった。

茨城の頃は、ALTA前で女の子と待ち合わせをするなんて思ってもみなかったな。

全てがドラマの中の出来事だと思っていた。

今や、茨城の香りも俺からはすっかり抜けて、どちらかというと都会っ子の様に見えてしまうだろう自分が不思議でたまらない。

洗練されてしまったかも。そして都会に染まってしまったかも。

何と言っても、人混みを心地よく感じている俺は既にシティボーイだ。

ああ、何とも言えないこの高揚感。

周りを歩いている人達も皆が俺を応援してくれているようにしか思えない。


「壮介!今日頑張れよ!」

「当たり前だろ!」

「あ、壮介さんだ!やっぱりかっこいい!」

「そういうのやめろって。あんまり俺を茶化すなよ!」

「えー!その子がうらやましい!壮介さんを独り占めして!」

「カンベン、カンベン、カンベンナー。また今度!」


と、一人ALTA前で妄想をしていると、

「お持たせしました!夢太郎さん!」


「あ、どうも。こんにちは。ヘロンさん。」

と、一瞬で我に返る。その瞬間さっきまでの妄想していた強がりの俺はすっかりと姿を消し、少し弱めの俺が彼女を出迎える。


「今日は、また会えて本当に嬉しいです。なんだか昨日から今日の事考えていたら、あまり寝れなくて。欠伸とかしたらごめんなさい!」


何とも可愛らしい事を言うではないですか!!!

欠伸してください!その大きな口に吸いこまれたいと思います!

などと、またも訳の分からない事を考えてしまった。


「こちらこそ、本当に会えて嬉しいです!今日は映画とか見てからお茶しますか?それとも喫茶店にそのまま行きますか?」


「そのままお茶でもいいですか?今日はあまり遅くまで一緒にいれなくなったんです。お父さんが・・・急に体調壊して。本当にごめんなさい。私が今日決めたのに。」


と、残念そうに言ってくれるヘロンさんのその悲しそうな表情に、とりあえず100点をあげて微笑みかける。


「あ!それは大変です!全然大丈夫です。寧ろ、そんな状況でも会ってくださるなんて本当に光栄です!良いんですか?お父さんは。」


「はい、大丈夫です・・・。」


ああ、やっぱりヘロンさんは素敵だ。

でもちょっとだけ流石に今日は影を感じるな。


それにしても俺の今までの人生は、ヘロンさんに会う為の長い長い前座試合のようなものだったんだ。

やっと二人のストーリー第一章がスタートするんだ。

今、絶対に俺の周りには漫画でよく見る「キラキラ」が見えているに違いない。


そんな事を考えながらヘロンさんおススメの喫茶店に入る。

その場所は地下一階にあり、少し古びた木製の扉は、開けると同時に軋む音が廊下中に響き渡る。その洋館のような音も俺には綺麗な音色のバイオリンにしか聞こえない。

エレガントな壁紙が貼られてある店内はこじんまりとしていたが、各テーブル席には少しだけ高さのある壁により全ての席が仕切られ、それにより他の席の会話を気にする事が無いような作りになっていた。


「なんだか、雰囲気のある内装ですね。音楽も静かで落ち着けそうです。」


その店内の暗さに緊張と少しの興奮を覚える俺。


あー、こういうの、ドラマとかで見たなー。顔近付けてグラスに入ったメロンソーダ一杯を二人で二本のストローで飲むみたいな・・・。

それやりたかったんだよねー。本当にヘロンさんはメロンソーダが似合いそうだ!

と、考えていると、仏頂面した女性店員が注文を取りに来る。


来た来た!ヘロンさんが注文するぞ。メロンソーダだ!絶対に!


「私はウインナーコーヒーをください。」


(・・・ウインナーコーヒー?え!!ウインナーがコーヒーに乗ってるの??え!!びっくり!ヘロンさん、メロンソーダじゃないんだ!)


「お客様は何になさいますか?」

店員に促される俺。


「あ、僕もその同じものを、ウインナーください。」


思わずウインナー入りコーヒーが気になって注文してしまった。

きっと東京では間違いなく流行っているんだろう。

でも、俺の愛読誌にはそんな事出てなかったな。


そんな事を考えていると、ヘロンさんから質問が。

「夢太郎さんもウインナーコーヒー、好きなんですか?」


「あ!はい、僕も良く飲むんですよ。ウインナー・・・。」


「えー!奇遇です。女子って可愛らしいドリンク飲むと思われがちだから、頼んだら引くかな?と思ったんですけど。良かったです。メロンソーダとか私は女の子が好きそうなものは苦手なんで。」


(え!メロンソーダ苦手なんですか!!!)

と、内心びっくりしながら


「いやいや、メロンソーダ飲む女性よりも、やっぱりウインナーですよ!間違いないです。」


(とりあえず話を合わせるのが鉄則と雑誌に書いてあったのを思い出して良かった。)


「お待たせ致しました。ウインナーコーヒーです。どうぞ熱いのでお気をつけてお飲みください。」

店員が目の前にそれぞれのウインナーコーヒーを置く。


(・・・ウインナーが無い。ホイップクリームが乗っている。ウインナーコーヒーってウインナーが乗っているんじゃないんだ!)


「私、このホイップクリーム大好きなんです。しかも、混ぜないでそのまま上だけスプーンですくって食べるのが。・・・ふふふ。」


(おいおい、ふふふってかわいいぞー!かわいすぎるぞー!)


「あ!僕も同じです。僕もホイップだけ食べるのが、ハイ。」


(やばいやばい、危うくウインナーソーセージって言う所だった。言わなくて大正解。)


「今日は、こうして二人でお茶出来て、本当に夢見たいです。絶対にこの場所に一緒に来たかったので。・・・本当に私の好きな場所なんです。」


「僕も、凄く嬉しいです。こうして二人でウインナーコーヒー飲めたのも。そして、大好きな場所に連れて来て下さったのも。」

(とりあえず危機は脱出したようだ。気を取り直そう。)


「そう言えば、お父さん、本当に大丈夫ですか?」


すると突然、ヘロンさんが下を向き、泣いているような姿が目に入る。


「あ!すいません、無神経な事言っちゃいましたかね?」


「・・・ごめんなさい。ちょっと父が、あまり良くなくて。なんだか少し頭が混乱していて。でも、父も今日の話したら行って来いと言ってくれたので。あんな体なのに・・・。」

(え?あんな体?大丈夫なのかな、お父さん)


「大丈夫ですか?そんな時にお会いしてもらって。あの、僕の事なんか気にせず早めに帰ってください!」


涙が頬を伝った跡がほっぺたに残っているその顔が、不謹慎だが、とても可愛く見えた。


____


そして残念だが今日はお父さんが気になるという事でこのまま解散する事になったのだ。

それにしても初デートって甘酸っぱい感じだと雑誌には書いてあったが、どちらかというと俺にとってはビタースゥイートって感じでほろ苦さもあった。

今日はこの気持ちのまま眠りにつくとしよう。

広瀬壮介、初デート完了!




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