第3話 出会いパーティー ~初動編~

___平成16年。


独りで過ごす時間というのは時にとても儚い。

あっという間に10年の年月を経て,この時からやっと運が向いてきていると感じ始める。長かった10年。何も変わらない日々を過ごしてきた10年。東京に出てから勤続10年。

会社では業務の事以外、他の人との会話はなく、何故か分からないが私の居所はあまり会社には無いような気さえしてきた。

想像はしていたが、営業としての数字も芳しくない。

家では何も変わらない日々を過ごし、月日は風のように過ぎていく。

東京に出てきた時の目標は気付くとほとんどクリア出来ないままだ。

ただ、一人で過ごす時間が長いせいか、薄給のわりに貯金だけは増えつつある。


そんな時、「街コン」が栃木県宇都宮市から始まったのを起源として至る所で色んな出会い系のパーティーが行われるようになった。


最近流行り始めた「出会いパーティー」


気になる事100%。


このネーミング、ストレートでとても分かりやすい。

最近やたらと横文字を使ったカッコいいネーミングが多いだけに、この「出会いパーティー」という名前は俺の心に真っすぐに入ってきた。


とある雑誌に沢山載ってあるそれらの参加条件を隅々まで読む。

時間がある時は数時間読む事に時間を費やす。

そして、それを読んでいるだけで参加した気分になりまあまあ満腹気分になる。


そんな時間を過ごしていたある日、これだ!という参加要項に目がいく。


■「来たれ!地方から出てきて出会いを求めている20代男女!」■

 平成16年〇月〇日(土)

 募集要項 年齢20歳から29歳

 募集人数 男女とも各10人(当日人数変動あり)

 参加金額 男性 5000円 女性 無料

 受付開始11:30 パーティー開始12:00

 服装 なるべく清潔感のある服装で

 場所 渋谷区〇〇〇△-△-△■ビル6F

 申し込み電話 03-〇〇〇〇-■■■■

 ※当日は一人一人と10分ずつお話しする機会があります。

 軽い軽食のご用意があります。

当日、身分を証明するものをご持参ください。身分が確認出来ない場合は当日入場をお断りする場合がございます。またその際、返金対応は致しかねます。


おーー、まさしく俺の為のパーティーじゃないか。

でも、5000円か。仕方がない。

これを高いと思うか安いと思うか?

人生を変える為の5000円は安いと思わないとダメだ。

そう、生まれ変わる為に。


早速、詳細の所に書いてある電話番号に連絡して申し込む。

身分証は確認するらしいが、どうやら当日胸に付けるネームプレートには自分でニックネームを付けて良いみたいだ。

なるほど、そんな時の為に名前か・・・。

ニックネームは・・・よし、「夢太郎」で行くか。

ちょっとダサいくらいのニックネームの方が、口下手な俺には丁度いいかもしれない。まずは名前で突っ込んでもらって仲良くなる。

うん、悪くない作戦だ。


______


「出会いパーティー」当日の朝、俺のステレオが気分を上げるために今年のヒット曲、「松平 健のマツケンサンバII」を俺の為に歌ってくれている。

歌に合わせながら口ずさむ俺の体からはウキウキしか出てこない。

一緒に俺は「オーレー!」と叫ぶ。

気分は上々だ。

今日の為に携帯も最新版「ガラケー」に切り替えた。ちょっとでも話題になれば。


さて、今日の服は何にするか?

やはり今流行りのストリートファッション風にするか?

と言っても全然ストリートファッションが分かっていない俺。

とりあえずGパンに緑のチェックのシャツ、そしてMA-1の黒いブルゾンを羽織る事に。なんとなくMA-1を着ると「トップガン」のトム・クルーズの気分になれる。

気持ちも「デンジャーゾーン」に突入するぜ。

そして、鏡に映る自分を見て俺を励ます。

(お前ならやれるぜ!自信を持て!)

鏡が俺を鼓舞する。

間違いない、俺はやれる男だ!と、暗示をかける。

有難う、貴方の想い、今日胸に抱きながらパーティーに向かいます!

28歳、168センチ、63キロ。広瀬壮介行ってきます!


足元にはアディダスのスニーカーが羽を与えられたかのように地面を蹴り上げる。

なんて今日は軽やかな日なんだと、今から訪れる思い描いていた東京ドリームを想像しながら電車に飛び乗る。

中途半端な時間だから思ったよりも電車は混んではいないが、それでも東京、流石に電車の中は人種のるつぼだ。


__渋谷に到着。

それにしても渋谷は人が多い。ハチ公前も沢山の人。信号待ちも人、人、人。

たまに猿?・・・。ん?すごいぞ東京。肩に「猿」乗せている人もいるのか。

そんなくだらない事を考えながら信号待ちをする。そして信号が青に切り替わる前から人山は動き出し始める。

まるでゲルマン民族大移動だ。その中に埋もれる俺。もうすっかり東京シティと同化している。悪くない。

____


会場となっている渋谷駅から徒歩5分位の8階建てのビル6階に向かう。


なんだか緊張してきた。心では強がっているが、正直かなり心臓は弱めな俺だ。

さらには、こんな時は必ずと言っていいほどお腹が痛くなる。


「チーン」


その音と共にエレベーターの扉が開く。

目の前にはすぐに会場が広がっている。

敷き詰めてある深緑色の絨毯が少しくすんで見える事が、その建物の古さを感じさせる。


おーーー!これが俺の最初の一歩。前進あるのみ!


「すいません、予約していた夢太郎です。」


「あ、夢太郎さんですね。身分証明書と会費5000円をお願いします。」


身分証を提示し、会費を払う。それと引き換えに(7番 夢太郎様)と書かれたネームプレートが手渡される。

受付を済ませた俺は胸に(7番 夢太郎様)ネームプレートを付け、会場内に入る。


会場スペースは真ん中に円を描くように椅子が男性用10脚,内側にも女性用10脚が用意されている。その周りにはぐるっと室内を囲むようにオフィス用の長テーブルが並んであり、上には軽食とドリンクが数種類置かれている。


どうやら番号の書いてある椅子に座るらしい。

俺は7番。凄い、常にラッキーな俺はここでもラッキーセブン。

もはやネガティブと言う言葉は俺の中では死んだ。ポジティブな精神しか持っていない。腐った精神は茨城に置いてきた。「フレッシュ」この言葉が今一番似合うのは俺だと、信じて疑わない。


緊張しながらドリンク片手にキョロキョロしない様に自分の番号の貼られた椅子に座る。会場内には既に男女合わせて15名程が集まっている。

皆、一人参加なのか友達となのか分からないがとにかく全員がライバルだ。蹴落としてやる。そう思いながら実際は少しニコニコしている自分がいる。


時間になり入口の扉が閉まる。

どうやら女性が一人だけ病気で来れなかったらしいが総勢19名。

それぞれが自分の番号の椅子に座り、向かい合う。


不思議な光景だ。


遠目で見たら呪いのサークルにも見えなくはない。

ただ、目の前には俺の彼女候補、9人が座っている。

目を細めながらじっと9人それぞれを見渡す。

俺にとっては全員がお姫様だ。とにかく仲良くなりメールアドレスか携帯番号を交換したい。

そんな想いで座っていると今回の会場の司会の方がマイクを使って話し始める。

いよいよだ。生唾を飲んで司会者に集中。


「皆さん、こんにちは!今日は天気も良く、良きパートナーと出会う日としては最良の日となりました!そして、この後ですね、それぞれの方と持ち時間10分間で会話をして頂く事になります。皆さんに渡してありますメモノートを活用して、お互いの質問や会話に無駄がないように時間を有効的に使ってください。10分経ちましたら男性側が席を左側に一個ずつ移動していきます。最終的に最初に話した方まで戻りましたらその後はフリータイムを設けております。今度はもう少し話してみたいな!と思っている方を選んで頂きますが、その際は女性側からだけ、もう1度話したい方2名を選んで頂き、15分ずつフリータイムを行って頂きます。万が一選んだ男性が複数人で被った場合は、同時に女性数名と1人の男性を囲んで会話を行って頂きたいと思います。」


「あの?質問が。」


「はい、どうぞ男性3番の(たこちゃんさん)。」


「男性からはフリートークで女性を選べないという事ですか?もし、選ばれなかったら・・・。」


「はい、そうなんです。万が一選ばれなかった場合は周りにある軽食などをつまんでフリートークの間はお過ごしください。ただ、ラストチャンスがあります。最後の告白タイムは男性から行いますのでその際に男性が最も気に入った女性の前に立ち「お友達のお願い」をする事になります。もし、その際に女性側がOKであれば用意して頂いたメールアドレスカード、あるいは携帯電話番号カードをその男性に渡してください。ダメだった場合は「ごめんなさい」をお願い致します。」


なるほど、女性が傷付かないようになっているシステム。素晴らしい。

もちろん俺の周りには女性が話したいです!と寄って来る事しか想像していない。

質問してくれた(たこちゃん)残念だが君には縁がないよ。

そんな言葉を心で彼に投げ掛けるほどの余裕が俺にはあった。


「それでは、今からスタートします!まずは正面の方から順に話していきましょう。男性の方が一人多いので毎回一人だけその番号の方は休む時間になりますがその時にもメモノートで話したい事などをメモっておくと良いと思います。それでは、スタート!」


始まった。そうだ。今から俺の東京ラブストーリーが始まる。「夢太郎」始動。


と、思ったがまさかの俺の前の女性7番がいない。スタートから作戦会議か。

大丈夫。10分間のメモタイムといこうか。


いざ、スタートすると周りの話している事が結構耳に入ってくるから気になって仕方がない。仲良く話せてる奴もいれば、もじもじしていて旨く話せない奴もいる。

たまに内容を聞いては、(へー、そうなんだ。)とか思っている俺。

準備は順調だ。そしていよいよ10分経過。

俺の番がやってきた・・・。

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