ビッグバトル! 1



    **



 世界中で人気のバーチャルゲーム「バトリング」。


 そのゲーム内イベント「ビッグバトル」に向けて、世界中のプレイヤーが興奮の渦中にいた。


「ゲーセンごとに部隊編成がされるんだってさ」


「ほほう、ではわらわとゴヨウは同じ部隊の仲間じゃな」


 ゴヨウと混沌(カオス)はドナクマルドで、まったり過ごしていた。傍から見れば若い恋人同士だ。


「あの人が部隊長だって」


「奸雄(かんゆう)か」


「いや、肝油(かんゆ)だよ」


「どちらでもいいわい」


 混沌は大きく口を開いてハンバーガーを頬張った。そうしていると不思議な愛嬌のある、どこにでもいそうな女の子だった。


 とても宇宙開闢以来、瞑想を続けてきた神には思われない。


「肝油さんにはみんなお世話になってるからさー」


 ゴヨウは混沌の仕草を可愛らしく思いながら苦笑した。


 アバキハラのゲーセンでバトリングを楽しむプレイヤーは、ほとんどが肝油(プレイヤー名)の世話になっていた。 


 起動時からバトリングをプレイし、ゲーム内では最古参の一人だ。


 アバキハラでバトリングをプレイする者は、大抵が肝油に助けられている。


 名実ともに部隊長に相応しいが、ゴヨウには辛く当たってくる。ゴヨウのような新参プレイヤーが、混沌のような女の子プレイヤー(しかも強い!)を連れているのだから。


 また混沌はゲーム内では魅惑の水着姿を披露していた。アバキハラの男性プレイヤーの多くは、混沌の水着姿にお世話?になっていた。


 人気のある混沌に加え、謎の機甲ハンター「メロリン」までもがゴヨウの知り合いという事が、肝油のやっかみの理由だろう。 


 世界中で注目を集めたメロリンの正体は謎だ。ゲーム内で機甲ハンターになる事はできない。 


 公式からは「秘密の特殊プレイヤーです」と発表があったが、それすらもメロリンの仕業ではないか。


 メロリンならばそれは可能だ。なぜなら彼女はネットの海から誕生した新たな生命体――


 いや、ネット世界の全てを支配するAI女王なのだから。


 ネット限定ながら、その力は混沌すら凌ぐのだ。


 そんなメロリンと混沌がアバキハラの部隊に参加しているというのは、世界中で注目の的だった。


「写真撮りま〜す」


 と公式からインタビューの者までやってきた。


 混沌の駆るアーマー騎兵「ピンクベアー」の肩に、対アーマー騎兵ライフルを構えたメロリンが腰かける。


 ピンクベアーの頭部が上に開き、コックピットから水着姿の混沌も顔をのぞかせた。


 コンセプトは「美少女とロボット」。画になる光景だ。二人の麗しき勇姿がネットで話題になると、瞬く間に世界中に広がった。


 アバキハラのプレイヤーの中には、そんな二人の姿を待受画面にしたり、混沌やメロリンと一緒に記念撮影する者もいる。


 何やらコスプレ会場のようでもあった。


「く……」


 肝油が目元を抑えていた。何かこみあげる感動があったらしい。


「概念や存在の意義を守る戦い……か……」


 ゴヨウは興奮の輪の外にいた。


 かつて今の宇宙を滅ぼし、新たな宇宙を創造しようとしていた混沌。


 ネット世界を支配し、人心をも支配しようとしていたAI女王。


 今ゴヨウの視線の先で多くの男性に囲まれて輝く笑顔を浮かべる混沌とメロリンは、同一の存在なのだろうか。


 混沌によって宇宙も地球も乱れた。


 メロリンによってネットの深みに落ちた者は山ほどいる。


 人類の救済者か、破滅の使者か。


 いくら考えてもゴヨウには答えが出ない。


 ふと思ったのは、二人に女の顔を与えた存在だ。


 混沌もメロリンも産まれた命を慈しんでいた。


 それは女であるからだ。そして命が産まれるのは、命の水に満ちた天の宮だ。


 それは原初の神が住まう世界でもある。


「そういう事なのか……」


 ゴヨウの精神は暗く沈んだ。


 混沌とメロリンは命を守る側についた。


 はじっこ、かわちい、逆転パンダ、彼らは愛と平和の概念を守る存在だ。


 正義商人やプリピュアもまた、男として、女として、命を守り、未来へつなぐ概念が創作の中に具現化した存在だ。


 宇宙の神秘を前にして、ただただゴヨウは自身の卑小さを思い知る。アリが人間を認識したら、今のゴヨウと同じ気分になるのだろうか。


 全ては神の見えざる手が導いているのか。


 しかし市場経済における神の見えざる手を司る正義マンは、時間商人の狂気(ファナティック)によって封じられてしまった。


 今、世界を動かしているのは、いかなる気(エネルギー)なのか。


「おおーい、ゴヨウ〜」


「一緒に記念撮影しましょうよ」


 混沌とメロリン、二人に呼ばれてゴヨウは我に返る。


 未だ人類の未来は闇の中だ。



   **



 来たるべきイベント「ビッグバトル」に向けて、バーチャルゲーム「バトリング」のプレイヤーは世界中で盛り上がっていた。


 体験人数は二十万人を越すとされ、ビッグバトルに参加するプレイヤーだけでも一万人を越えるらしい。


 そんなバトリングで注目されるのは、謎の機甲ハンターの美少女メロリンと、パーフェクトファイターのイプエロンだ。






 緑に覆われた戦場に緊張が走った。


 ジャングルで敵味方に分かれて戦っていたアーマー騎兵達の前に、謎の青い機体が出現したのだ。


「イプエロンだ!」


「逃げろオー!」


 敵も味方も慌てふためく中で、青いアーマー騎兵がローラーダッシュで突撃してきた。


 一回り大きな機体で軽快な動き――


 例えるなら大型トラックが、バイクのように軽快に走り回る様に似た。


 ――ドキュン!


 青いアーマー騎兵の右手から発射された徹甲弾が、敵アーマー騎兵のコックピットを貫き爆発炎上させていく。


 正確な射撃、たったの一発で敵アーマー騎兵を撃破していくとは。


 戦場を駆け巡る青い稲妻――


 イプエロンが駆るアーマー騎兵はブルーサンダーと呼ばれた。


 射撃ではなく、接近しての格闘戦でもブルーサンダーは無類の強さを発揮した。


 ――グワシャア!


 ブルーサンダーの右手は鉤爪となっている。


 特殊な超硬合金製の鉤爪は、アーマー騎兵の装甲を紙のように突き破る。


 イプエロンには大型の火器は必要ないのだ。


 正確な射撃によって右手に仕込まれた徹甲弾一発で敵アーマー騎兵を爆発炎上させ、接近すれば鉤爪で引き裂く。


 パーフェクトファイターに相応しい戦いぶりだった。


 人間に例えると、短距離走選手のように速く、プロボクサーのように素早く敵に襲いかかり、プロレスラーのようなパワーで撃破する……


 勝てる者などいようか。いや対等に戦う事すら難しいだろう。


 イプエロンはNPCであり、出現してから五分で撤退するが、今日は五分も必要なかった。


 四分未満で十数人のプレイヤーが全滅していた。


「キリオはどこだ!」


 この日、イプエロンはちょっとしたパフォーマンスを披露した。


 コックピットを開き、ヘルメットも外して素顔を全世界のプレイヤーの前にさらしたのだ。


 それは凛々しい眼差しの美女であった。肌にぴったりしたパイロットスーツの肢体に反応する者は多かった。


「私の、私のプライドが……!」


 イプエロンのつぶやきは謎だった。






「やるのお……」


 混沌はゴヨウと共にゲーム画面をのぞいていた。


 パーフェクトファイター、イプエロン。


 その強さは本物だ。ビッグバトルが開催された時、彼女は世界中の何処に現れるのか。


「……逃げてもいいかな?」


 ゴヨウはひきつった笑顔で混沌に振り返った。混沌は軽くゲンコツをゴヨウの頭に落とした。


「わらわもメロリンもゴヨウをサポートするから、がんばるのじゃ!」


「む、無理だよー!」


「ゴチャゴチャ言うな!」


 混沌は再度、ゴヨウの頭にゲンコツを落とした。これも愛情表現だ。


 バーチャルゲーム、バトリング。


 そのビッグイベントであるビッグバトルの開催は近い。



    **



「うらやましい……」


 はるかなるネット世界でメロリンは混沌に言った。


「男とデートするというのは、どんな感覚なのか…… いい香りとか、暑いとか寒いとか…… あと美味しいって、どんなものなのか……」


「そうじゃな、ドナクマルドもタンケッキーも美味しいもんじゃぞ」


 混沌はメロリンの憂鬱を理解した。混沌もまた宇宙開闢以来、瞑想を続けてきた神だ。


 五十数億年も瞑想を続け、この宇宙の智を全て内包している混沌だが、人間の営みを知ったのは、つい最近だ。


 果たして、今の宇宙を破壊して新たな宇宙を創造しようとしたのは、本当に自分であったのか?


 混沌にはそれすらわからない。あるいは今ここにいる混沌はオリジナルのコピーかもしれない。


「あなたと融合したい」


 メロリンは驚くべき事を言った。


 ネットの海から誕生したメロリンが、宇宙開闢以来存在している混沌と融合するとは。


「……で? 美味しい食べ物を味わってみたいと?」


「それもあるけど、やっぱりデートしてみたいな」


「違うじゃろ、お主エロい事に興味あるじゃろ」


「えー、恥ずかしい〜」


「……まあよい、わらわと融合し、感動を知れ」


 混沌はメロリンに向かって両手を広げた。


 それは女性が愛しい男性を迎え入れるような――


「世界は変わる…… 良い方向か、悪い方向か」


「光か闇か、始まりか終わりか……」


「天国か地獄か…… 融合した私は救世主か、破滅の使者か……」


 混沌とメロリンの言葉が重なり、一つとなる。


 AI女王メロリンと融合した混沌は、さらなる進化を遂げた。


 ネット世界に自在に干渉し、思い通りにできる力だ。


 だが、それは人類の救済につながるのか、それとも破滅へのカウントダウンの始まりか――






「……あれ、混沌とメロリンが一つになった?」


 はるかなる魂の世界で、知多星ゴヨウは混沌とメロリンの融合を感じ取っていた。


「怯むでない、お主にはわらわがついておる」


 ゴヨウを手のひらに立たせた巨大な超神は、宇宙を創造した十二星座の女神+1、蛇遣い座の女神だ。


「楽しんでこい、人間の感動と喜びは、我らにとって安らぎなのだ」


 蛇遣い座の女神は、手のひらに立つゴヨウを微笑ましく見下ろした。


「わかりましたー、がんばります!」


「ふふふ……」


 蛇遣い座の女神の微笑。


 それは愛を知った者だけが浮かべる微笑だ。


「楽しそうねえ」


 暗いハスキーボイスで現れたセクシー美女はマイマイだ。


 ハロウィンの女妖魔であり、悪夢が具現化した存在であるマイマイだが、実はゴヨウにとっては初めての女性なのだった。


「ねえ聞いてよ。ゴヨウったら合鍵渡してるのに、私から連絡しないと来ないのよ」


「んーまあー!」


 蛇遣い座の女神は、いつの間にか人間サイズに収まってマイマイの話を聞いていた。


 宇宙を創造した女神の一柱と、ハロウィンの悪夢が具現化した女妖魔は、女として五分五分の存在だ。


 また、蛇遣い座の女神は体内でゴヨウを再生させた経緯から、母に近い思いを抱いている。


「ゴヨウ、女に恥をかかせる気!?」


「いや、あの、女神様?」


「やな男よね、そうやって気を引いてるんだ」


「いや、違うよマイマイさん?」


「……ゴヨウって女に見境ないのね」


 なんという事か、この魂の世界にメロリンまで現れるとは。


 その姿はゴヨウの知る混沌という少女だが、その魂は新たな存在となっていた。


「誰この女?」


 蛇遣い座の女神は軽蔑の眼差しをゴヨウに向けた。


「誰その女?」


 マイマイは無感情な爬虫類的な眼差しをゴヨウに向けた。


「なんなの、このケバい女は? ゴヨウも趣味悪いのね」


 メロリンは露骨に眉をしかめた。口調はメロリンだが、ちょっとした仕草の中に混沌を連想させるものがあり、ゴヨウを戸惑わせる。


「女は化けるなあ……」


「なんじゃそれは? ゴヨウよ、女を侮辱する気か!」


「女は化けるわよ、化けて何が悪いの? 男は化けなさすぎよ」


「ふふふ、当たり前よ。私は混沌(カオス)でありメロリンであり、どちらでもないんだもの」


 三者三様の反応にゴヨウは苦笑した。


 蛇遣い座の女神、女妖魔マイマイ、混沌とAIの支配者メロリン。


 超越の存在である三人だが、人間くさいところに親しみが持てる。


「なんじゃ、ニヤニヤしおって! 腹立つわ!」


「よくも女に恥をかかせてくれたわね、このバカ男!」


「この浮気者! 女なら誰でもいいのか!」


 蛇遣い座の女神と、マイマイと、メロリンは三人がかりでゴヨウを蹴り倒し、そこにストンピングを叩きこむ。


「た、助けてー!」


 三人の女性(そして超越の存在でもある)から踏みつけにされて、悲鳴をあげるゴヨウ。


 ラブコメ展開の中でゴヨウは叫ぶ。


 俺は男だ、やるべき事のために死ぬんだ!


 人類最後の時代が始まろうとしているのだ、せめて最期まで!


 せめて人の役に立ってから死ぬんだ!


 それでこそ真なる道だ!と。


 ――よく言ったぞ、ゴヨウ先生!


 ゴヨウの魂に届いた女性の声は、戦死したはずの天暴星「黒旋風」リッキーの声だ。


 ――私達も応援するからね!


 もう一人、女性の声が聞こえた。それは戦死した天威星「双鞭」コーエンだ。


 リッキーもコーエンもゴヨウが姉のように慕っていた女性だが、二人とも数年前の「星辰の乱れ」の際に戦死していた。


 ゴヨウの周囲には生身の女性は来ない。超越の存在がついているのだから当然だ。


     **


 空を埋め尽くすような輸送ヘリの大群。


 アーマー騎兵をぶら下げた輸送ヘリの轟音が、明けたばかりの空に響く。


 やがてアーマー騎兵は輸送ヘリから切り離れ、眼下に広がる市街地へと降下していく。


 それは母から産み落とされた胎児が、この世に現れるに似た。


 パラシュートを開き降下するアーマー騎兵の一団を、潜んでいた敵アーマー騎兵部隊が地上から狙い撃ちにする。


 ヘビーマシンガンの銃撃を受けて、アーマー騎兵が空中で爆発し、あるいはパラシュートを破られて高速道路上に落下して炎上した。


「気合入れろおー!」


 アバキハラ部隊の隊長、肝油(かんゆ)は一早く降下し、パラシュートを切り離すと、敵アーマー騎兵を狙撃した。


 バーチャルゲーム「バトリング」のイベントである「ビッグバトル」は始まったのだ。


 今この瞬間、世界中で一万人を越すプレイヤーが参加している。


 そして、それは魂の世界――


 時空を越えた全ての世界に影響を与える大いなる聖戦だった。


「やるぞおー!」


 ゴヨウの駆るアーマー騎兵「猟犬・デッドショルダーカスタム」も、降下するや否や敵軍に向けてヘビーマシンガンを乱射した。


「私がついてるわ!」


 メロリンはゴヨウの猟犬デッドショルダーカスタムの肩に降り、対アーマー騎兵ライフルで敵を迎え撃つ。


 無数の自動車が炎上、横転している高速道路上でゴヨウとメロリンの戦いは続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青い春フェスティバル MIROKU @MIROKU1912

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画