狂気的な彼女5
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「混沌」は天地宇宙の始まりから存在し続けていた。
それがここ数年、人間世界に干渉するようになった。
混沌は「秩序」と同一であると、ゴヨウは大天母から聞かされている。
その混沌は、ここ数日ゴヨウに関わっている。
天の機(はたらき)を知る天機星「知多星」ゴヨウにも、これが何を意味しているかわからない。
「ゴヨウ、正義(ジャスティス)は拘束された」
ゴヨウにそう伝えるのは、宇宙最古の生命体「開拓者」のカーレルだ。
「正義が人々の心の奥底に封じられた。くれぐれも気をつけるのだ」
開拓者のカーレルが、一人の人間を心配するとはありえぬ事だ。
だが正義という概念が封じられるのも、ありえぬ事だ。
人界にはありえない事が増えている。それは目に見えず耳に聞こえず、存在を感知できない超越の存在からのメッセージかもしれない。
「そんな…… 人類はどうなるんだ?」
ゴヨウの問いにカーレルは答えない。カーレルの気配は一瞬で数光年の彼方に飛んだ。
冷たいのではない。カーレルはゴヨウに伝えるために、わざわざやってきたのだ。
それこそ数光年の旅という途方もない時間を使って……
「俺にできる事は……」
ゴヨウは考える。満足して死ぬには何をすべきか。
命を輝かせるためには?
家族、御先祖、神仏、天地宇宙、全てが認める生き方とは?
「あとは…… 勇気だけだ!」
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バーチャルゲーム「バトリング」。
高さ四メートルほどのロボット「アーマー騎兵」を駆り、スピード感あふれる銃撃戦の興奮が人気の元だ。
ゲームセンターからも家庭用ゲーム機からもネットに繋げる事ができ、プレイヤーはリアルな疑似空間でロボット戦を体験できる。
先日、ゴヨウと混沌はバトリングを楽しんだ。その際、AI女王の意志が干渉してきた事を知った。
青い大型アーマー騎兵を駆るNPCのイプエロン。
彼にはAI女王の意志が宿っていた。
(女王め、わらわの前でゴヨウを葬ろうとしたか)
混沌はそうにらんでいる。ゲーム内の死は、現実の死ではない。
だがAI女王ならば、それができる。
若い(というか幼い)とはいえ、人知を越えた超越の存在だ。ゲーム内ならば、ゴヨウに精神的な死を与える事は可能だ。
見よ、世界を見回せばスマホに振り回される人間が増加中ではないか。
自身の欲望を第一にして行動する者達は、すでに人間の資格を失いつつある。
肉を持ち、命あるから人間なのではない。
己の信念に生きるからこそ人間なのだ。
それは動物にはできない事だ。動物も我が子を守るために命を捨てるが、信念に死す事は人間にしかできぬ。
人間は自らが創り出した機械やネットに支配されつつあるのだ。
「ゴヨウは何をするつもりじゃ?」
ネット世界で混沌はゴヨウに問う。
白いワンピースに長い黒髪の可憐な美少女の姿をした混沌。
彼女はかつて天穹山なる場所で瞑想していた、顔のない神だったという。
その混沌に顔を与え、女としての自意識を植えつけたのは何者か。
まだ見ぬ超越の存在か――
「俺は戦う!」
ゴヨウは貯めたポイントでアイテムを買う。ネット世界での事だ。
9連装ロケット弾ポッド、2連装ミサイル、ガトリングガンなどのアイテムを購入し、自機の「猟犬」に装備させる。
ゴヨウの貯めたポイントは0に近づいた。
「なぜこんな事を?」
混沌は再度、問う。ゴヨウは目的のために全てを捨てようとしているようだ。
「あいつを倒すんだ!」
ゴヨウの目は熱い闘志を秘めて燃えていた。
彼はバトリングの世界大会「ビッグバトル」に向けて準備していたのだ。
いや、世界中のプレイヤーが大会に向けて腕を磨いているのだ。
確認できるだけでも、相当数のプレイヤーがエントリーしていた。
中には「銀狐」など著名なプレイヤーもエントリーしている。
東西に分かれて戦うだけのシンプルな内容だが、世界同時に数千人のプレイヤーが参加する事になるだろう。
正にビッグバトルだ。バーチャルゲームの世界に何かが起こる。
ゴヨウはそれを予感している。
「わらわも参加しよう」
混沌はニヤリとした。理屈ではない。ゴヨウの燃える瞳に、理由もわからず心を動かされたというのが真実だ。
「わらわも強化バーツを買おう!」
と、混沌は楽しげである。女性がショッピングを楽しむのは当然だ。
それだけではない。自機の「ピンクベアー」に様々な強化バーツを取りつけると共に、衣装合わせを開始したのだ。
「ゴヨウはどんなのが好みじゃ?」
はにかんだ笑みを浮かべる混沌。宇宙開闢の時から存在し、永きに渡って瞑想を続けてきた神。
数年前の「星辰の乱れ」、「惑星を覆う病」、「海母神からの試練」――
その全てに関与し、新たな宇宙の創造のために、現在の宇宙を破壊しようとしたのも同じく「混沌」だという。
果たして混沌の目的は何なのか、それは彼女すらわかっていないのではないか。
あるいはここにいる混沌は、本体のコピーかもしれない。
「じゃあマイクロビキニでも。刺激的なの好きだよね」
「好きじゃないわ、暑いから水着だったんじゃ!」
混沌は顔を赤らめて叫んだ。彼女にとっては今この瞬間こそが、宇宙開闢以来存在し続けてきた理由に思われた。
凱、ゾフィー、翔、ギテルベウス。
四人の男女にも新たな風が吹きこんだ。
「ゾフィーを返してもらうわ」
赤毛の長身の美女が豊かな胸を張りつつ、凱に宣戦布告した。
真紅のバッスルドレスに身を包んだ妖艶な美女。
彼女はペネロープといった。
男女の出会いが世界を動かしていく……
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