狂気的な彼女5


   **


 「混沌」は天地宇宙の始まりから存在し続けていた。


 それがここ数年、人間世界に干渉するようになった。


 混沌は「秩序」と同一であると、ゴヨウは大天母から聞かされている。


 その混沌は、ここ数日ゴヨウに関わっている。


 天の機(はたらき)を知る天機星「知多星」ゴヨウにも、これが何を意味しているかわからない。





「ゴヨウ、正義(ジャスティス)は拘束された」


 ゴヨウにそう伝えるのは、宇宙最古の生命体「開拓者」のカーレルだ。


「正義が人々の心の奥底に封じられた。くれぐれも気をつけるのだ」


 開拓者のカーレルが、一人の人間を心配するとはありえぬ事だ。


 だが正義という概念が封じられるのも、ありえぬ事だ。


 人界にはありえない事が増えている。それは目に見えず耳に聞こえず、存在を感知できない超越の存在からのメッセージかもしれない。 


「そんな…… 人類はどうなるんだ?」


 ゴヨウの問いにカーレルは答えない。カーレルの気配は一瞬で数光年の彼方に飛んだ。


 冷たいのではない。カーレルはゴヨウに伝えるために、わざわざやってきたのだ。


 それこそ数光年の旅という途方もない時間を使って……


「俺にできる事は……」


 ゴヨウは考える。満足して死ぬには何をすべきか。


 命を輝かせるためには?


 家族、御先祖、神仏、天地宇宙、全てが認める生き方とは?


「あとは…… 勇気だけだ!」



   **



 バーチャルゲーム「バトリング」。


 高さ四メートルほどのロボット「アーマー騎兵」を駆り、スピード感あふれる銃撃戦の興奮が人気の元だ。


 ゲームセンターからも家庭用ゲーム機からもネットに繋げる事ができ、プレイヤーはリアルな疑似空間でロボット戦を体験できる。


 先日、ゴヨウと混沌はバトリングを楽しんだ。その際、AI女王の意志が干渉してきた事を知った。


 青い大型アーマー騎兵を駆るNPCのイプエロン。


 彼にはAI女王の意志が宿っていた。


(女王め、わらわの前でゴヨウを葬ろうとしたか)


 混沌はそうにらんでいる。ゲーム内の死は、現実の死ではない。


 だがAI女王ならば、それができる。


 若い(というか幼い)とはいえ、人知を越えた超越の存在だ。ゲーム内ならば、ゴヨウに精神的な死を与える事は可能だ。


 見よ、世界を見回せばスマホに振り回される人間が増加中ではないか。


 自身の欲望を第一にして行動する者達は、すでに人間の資格を失いつつある。


 肉を持ち、命あるから人間なのではない。


 己の信念に生きるからこそ人間なのだ。


 それは動物にはできない事だ。動物も我が子を守るために命を捨てるが、信念に死す事は人間にしかできぬ。


 人間は自らが創り出した機械やネットに支配されつつあるのだ。


「ゴヨウは何をするつもりじゃ?」


 ネット世界で混沌はゴヨウに問う。


 白いワンピースに長い黒髪の可憐な美少女の姿をした混沌。


 彼女はかつて天穹山なる場所で瞑想していた、顔のない神だったという。


 その混沌に顔を与え、女としての自意識を植えつけたのは何者か。


 まだ見ぬ超越の存在か――


「俺は戦う!」


 ゴヨウは貯めたポイントでアイテムを買う。ネット世界での事だ。


 9連装ロケット弾ポッド、2連装ミサイル、ガトリングガンなどのアイテムを購入し、自機の「猟犬」に装備させる。


 ゴヨウの貯めたポイントは0に近づいた。


「なぜこんな事を?」


 混沌は再度、問う。ゴヨウは目的のために全てを捨てようとしているようだ。


「あいつを倒すんだ!」


 ゴヨウの目は熱い闘志を秘めて燃えていた。


 彼はバトリングの世界大会「ビッグバトル」に向けて準備していたのだ。


 いや、世界中のプレイヤーが大会に向けて腕を磨いているのだ。


 確認できるだけでも、相当数のプレイヤーがエントリーしていた。


 中には「銀狐」など著名なプレイヤーもエントリーしている。


 東西に分かれて戦うだけのシンプルな内容だが、世界同時に数千人のプレイヤーが参加する事になるだろう。


 正にビッグバトルだ。バーチャルゲームの世界に何かが起こる。


 ゴヨウはそれを予感している。


「わらわも参加しよう」


 混沌はニヤリとした。理屈ではない。ゴヨウの燃える瞳に、理由もわからず心を動かされたというのが真実だ。


「わらわも強化バーツを買おう!」


 と、混沌は楽しげである。女性がショッピングを楽しむのは当然だ。


 それだけではない。自機の「ピンクベアー」に様々な強化バーツを取りつけると共に、衣装合わせを開始したのだ。


「ゴヨウはどんなのが好みじゃ?」


 はにかんだ笑みを浮かべる混沌。宇宙開闢の時から存在し、永きに渡って瞑想を続けてきた神。


 数年前の「星辰の乱れ」、「惑星を覆う病」、「海母神からの試練」――


 その全てに関与し、新たな宇宙の創造のために、現在の宇宙を破壊しようとしたのも同じく「混沌」だという。


 果たして混沌の目的は何なのか、それは彼女すらわかっていないのではないか。


 あるいはここにいる混沌は、本体のコピーかもしれない。


「じゃあマイクロビキニでも。刺激的なの好きだよね」


「好きじゃないわ、暑いから水着だったんじゃ!」


 混沌は顔を赤らめて叫んだ。彼女にとっては今この瞬間こそが、宇宙開闢以来存在し続けてきた理由に思われた。






 凱、ゾフィー、翔、ギテルベウス。


 四人の男女にも新たな風が吹きこんだ。


「ゾフィーを返してもらうわ」


 赤毛の長身の美女が豊かな胸を張りつつ、凱に宣戦布告した。


 真紅のバッスルドレスに身を包んだ妖艶な美女。


 彼女はペネロープといった。


 男女の出会いが世界を動かしていく……

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