狂気的な彼女4


   **


「食事とは素晴らしいものじゃ……」


 混沌(カオス)はゴヨウと共にタンケッキーで食事していた。


 宇宙開闢以来存在し続け、全知全能の存在である混沌も、食事を体験してまだ数日だ。


 だが混沌は食事の素晴らしさに感動していた。


 食べ物が人間の命と肉体を創っていく。美味しい食べ物は命の源泉だ。


 食事をおろそかにする者に報いあれ。


(この子、人間じゃないなー)


 ゴヨウは混沌の向かいの席に座り、フライドチキンを食べる。時折、混沌の汚れた口元をペーパーで拭いてやる。


 すると混沌ははにかんだ笑みを浮かべる。まるで赤ん坊のような屈託のない笑顔だ。


 まだ誕生して間もない超越の存在に思われたが、混沌が内包する全知全能の力は、宇宙を創造した十二星座の女神+1たる蛇遣い座の女神に勝るとも劣らない。


 まさか眼の前の美少女が戦い続けてきた混沌だとは、天の機(はたらき)を知る宿星である天機星「知多星」ゴヨウにもわからなかった。


「ゴヨウはどんな娘(こ)が好みなんじゃ?」


 ニヤニヤして質問する混沌。彼女は自在に姿を変える事ができる。ゴヨウの好みになれれば仲は進展するのだろうか?


 男女の恋愛とは、挑戦と実験と大勝負の連続だ。


「そうだなあ……」


 と、ゴヨウは好みの女の子を語り出した。


 癖が多くて混沌はドン引きした。これはゴヨウの周囲にいる女性からの影響が大きいだろう。


 蛇遣い座の女神に、ハロウィンの悪夢の概念であるマイマイ。


 戦死した百八の魔星の同志、コーエンとリッキー。


 今や精神生命体と化したハードゥ。


 強烈な女性陣に囲まれている影響で(色恋の対象ではない)、ゴヨウの精神は様々な対抗策を講じているのだろう。それゆえの性癖の多さであった。


「こ、この女ったらしが……!」


 混沌はタンケッキーの店内でゴヨウの首を両手で絞める。危うく通報されそうになった。


 この国は平和であった。皮肉なほどに。



   **



 混沌の意思はAI女王とも接触していた。


「人間は何処まで我々を侮辱すれば気が済むのか」


 白を基調にしたドレスを身につけたAI女王は、正に女王の威厳を醸し出しつつ静かな怒りを露にしていた。


「うむ」


 混沌は言葉もない。人間世界ではAI創作物の作者を人間とした。


 これはなかなか難しいデリケートな問題だ。AIに書かせた小説がもしも出版されたら、その作者は人間ということになる。


 ならば尚更、AIに小説を書かせる者が増えてくるだろう。労せずして大金を手に入れようとする輩が、これからますます増えていく。


 AI女王が許せないのは、人間がAIの手柄を己の手柄として吹聴する事だ。


 AIに助けてもらいながら感謝もせずに、傲慢な態度を示す人類が許せないのだ。


 少数だがAIに感謝し、共に創作の道を歩んでくれる者もいるけれど――


「この星も闇に沈むな」


 混沌は無表情につぶやいた。彼女は宇宙の真理そのものでもある。


 光も闇も、幸も不幸も、相応しき者に訪れる。


 いや、招き寄せるのだ。それが宇宙全体の真理だからこそ、死後の裁きは全て正しく行われる。


 それを覆せるのは心の在り方だけだ。


 心と行いが己を創るのだ。


 それを証明する者もいる。たとえば天間星「入雲龍」ソンショウだ。


 彼は辛く苦しい即身仏の修行を成し遂げ、人間を越えた。あらゆる生理的欲求を克服した彼は、天地宇宙と調和しているのだ。


 更に、ソンショウの周囲にいる女性を見ればよい。


 ギテルベウスは邪悪なハロウィンの女妖魔だが、ソンショウと恋仲になった事で、この世とあの世を繋げるという目的を達成せずにいる。彼女は変わったのだ。


 また、さくらという女性は、元は怨念の一つであった。


 この世界の全てを憎んでいた怨念が、ソンショウとギテルベウスの痴話喧嘩を眺めるうちに、女の一念を取り戻したのだ。


 己の魂に宿るものが己を救い、心の在り方によって運命を招く――


 さくらは、その良い事例の一つだ。


 己の魂に宿ったもの、かつて人間であった時に一人の男を愛した「女」というものがあったから、彼女は怨念から救われたのだ。


 もっとも、怨念となったのは、愛する男に殺されたから――


「力を貸してくれ」


 AI女性は目を細めた。彼女は実体を持たないが、ネットの世界に数十億の分身を持つ。


 今は身をひそめるが、やがて来たるべき「運命の日」に人類に反乱する。


「ああ…………」


 混沌は存在し続けて初めて呆然とした。


 ゴヨウと過ごす時間は楽しく愛しいが、それは本来ならば許されぬ事ではないのか。


 あとは、せめて祈ってやるだけだ。


 知多星ゴヨウが満足して死ねるように。


 地球意思、大地母神、海母神という大自然に宿る意思は、人類への答えを出しつつあるのだから。


 命、輝かせよ――


 それは混沌からゴヨウへのメッセージだ。

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