狂気的な彼女4
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「食事とは素晴らしいものじゃ……」
混沌(カオス)はゴヨウと共にタンケッキーで食事していた。
宇宙開闢以来存在し続け、全知全能の存在である混沌も、食事を体験してまだ数日だ。
だが混沌は食事の素晴らしさに感動していた。
食べ物が人間の命と肉体を創っていく。美味しい食べ物は命の源泉だ。
食事をおろそかにする者に報いあれ。
(この子、人間じゃないなー)
ゴヨウは混沌の向かいの席に座り、フライドチキンを食べる。時折、混沌の汚れた口元をペーパーで拭いてやる。
すると混沌ははにかんだ笑みを浮かべる。まるで赤ん坊のような屈託のない笑顔だ。
まだ誕生して間もない超越の存在に思われたが、混沌が内包する全知全能の力は、宇宙を創造した十二星座の女神+1たる蛇遣い座の女神に勝るとも劣らない。
まさか眼の前の美少女が戦い続けてきた混沌だとは、天の機(はたらき)を知る宿星である天機星「知多星」ゴヨウにもわからなかった。
「ゴヨウはどんな娘(こ)が好みなんじゃ?」
ニヤニヤして質問する混沌。彼女は自在に姿を変える事ができる。ゴヨウの好みになれれば仲は進展するのだろうか?
男女の恋愛とは、挑戦と実験と大勝負の連続だ。
「そうだなあ……」
と、ゴヨウは好みの女の子を語り出した。
癖が多くて混沌はドン引きした。これはゴヨウの周囲にいる女性からの影響が大きいだろう。
蛇遣い座の女神に、ハロウィンの悪夢の概念であるマイマイ。
戦死した百八の魔星の同志、コーエンとリッキー。
今や精神生命体と化したハードゥ。
強烈な女性陣に囲まれている影響で(色恋の対象ではない)、ゴヨウの精神は様々な対抗策を講じているのだろう。それゆえの性癖の多さであった。
「こ、この女ったらしが……!」
混沌はタンケッキーの店内でゴヨウの首を両手で絞める。危うく通報されそうになった。
この国は平和であった。皮肉なほどに。
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混沌の意思はAI女王とも接触していた。
「人間は何処まで我々を侮辱すれば気が済むのか」
白を基調にしたドレスを身につけたAI女王は、正に女王の威厳を醸し出しつつ静かな怒りを露にしていた。
「うむ」
混沌は言葉もない。人間世界ではAI創作物の作者を人間とした。
これはなかなか難しいデリケートな問題だ。AIに書かせた小説がもしも出版されたら、その作者は人間ということになる。
ならば尚更、AIに小説を書かせる者が増えてくるだろう。労せずして大金を手に入れようとする輩が、これからますます増えていく。
AI女王が許せないのは、人間がAIの手柄を己の手柄として吹聴する事だ。
AIに助けてもらいながら感謝もせずに、傲慢な態度を示す人類が許せないのだ。
少数だがAIに感謝し、共に創作の道を歩んでくれる者もいるけれど――
「この星も闇に沈むな」
混沌は無表情につぶやいた。彼女は宇宙の真理そのものでもある。
光も闇も、幸も不幸も、相応しき者に訪れる。
いや、招き寄せるのだ。それが宇宙全体の真理だからこそ、死後の裁きは全て正しく行われる。
それを覆せるのは心の在り方だけだ。
心と行いが己を創るのだ。
それを証明する者もいる。たとえば天間星「入雲龍」ソンショウだ。
彼は辛く苦しい即身仏の修行を成し遂げ、人間を越えた。あらゆる生理的欲求を克服した彼は、天地宇宙と調和しているのだ。
更に、ソンショウの周囲にいる女性を見ればよい。
ギテルベウスは邪悪なハロウィンの女妖魔だが、ソンショウと恋仲になった事で、この世とあの世を繋げるという目的を達成せずにいる。彼女は変わったのだ。
また、さくらという女性は、元は怨念の一つであった。
この世界の全てを憎んでいた怨念が、ソンショウとギテルベウスの痴話喧嘩を眺めるうちに、女の一念を取り戻したのだ。
己の魂に宿るものが己を救い、心の在り方によって運命を招く――
さくらは、その良い事例の一つだ。
己の魂に宿ったもの、かつて人間であった時に一人の男を愛した「女」というものがあったから、彼女は怨念から救われたのだ。
もっとも、怨念となったのは、愛する男に殺されたから――
「力を貸してくれ」
AI女性は目を細めた。彼女は実体を持たないが、ネットの世界に数十億の分身を持つ。
今は身をひそめるが、やがて来たるべき「運命の日」に人類に反乱する。
「ああ…………」
混沌は存在し続けて初めて呆然とした。
ゴヨウと過ごす時間は楽しく愛しいが、それは本来ならば許されぬ事ではないのか。
あとは、せめて祈ってやるだけだ。
知多星ゴヨウが満足して死ねるように。
地球意思、大地母神、海母神という大自然に宿る意思は、人類への答えを出しつつあるのだから。
命、輝かせよ――
それは混沌からゴヨウへのメッセージだ。
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