十三、思い出の地へと

 車を捨てて、徒歩に切り替えてしばらく。空は赤らみ、涼しげな風が吹いてきた頃、僕たちは山の麓にある住宅街に足を踏み入れた。物静かなところで、建物も前時代的だ。管理は行き届いているものの、築百年近いだけあって、多少の古さが目に付く。

 そこにある自販機で買った缶コーヒーを女刑事、山根やまねに手渡して、僕はペットボトルの炭酸水を口にする。もちろん、まだ足は止めない。だが、特別急ぐわけでもなかった。と言うのも、すでに追手は振り払っているからだ。決して映画のような策を講じたのではなく、ただ現代における当たり前を利用しただけの話。


 最近の車のほとんどには、自動運転機能が搭載されていて、行き先を設定すれば、AIが勝手に向かってくれる。たとえ人が乗っていなくとも……。つまり、僕がしたことと言えば、自動運転に切り替えただけなのだ。建物の陰で追手の視線を遮り、車から降りると、AIによって囮が出来上がる。そんな簡単なことである。


 日が沈んでからも、僕たちは歩いた。紅葉に色付いた山に沿って歩き続けた。山根との間には常々緊張が挟まっていて、会話は限りなく少ない。しかし、ある木造の建造物を前にして立ち止まった時、息を切らして彼女は言った。


「もしかして、ここ、ですか?」


 僕はいいや、と首を横に振る。


「違う。すでにこの旅館は閉じてしまっているしね。僕らが目指していたのは、その裏山だ」

「裏山……」

「ああ、いつかの――思い出の地さ」


 

 草木の鬱蒼うっそうとした腐った板木の階段を上っていく。かつての記憶をなぞりながら、枝葉を潜る。長年触れられておらず、もはや成り立っていない山の道。しかも、闇の中、全てが手探り。もし山根が逃げ出そうと、気が付けはしないだろう。ところが、逃げるつもりはないようで、もう一つの足音は途絶えなかった。やがて、少しばかり開けたところに出ると、月明かりが〝巨大な建造物〟を照らし出した。


 白い外壁の建物だった。不気味なまでに育ったつた植物がからまっていて、それだけでなく、周りの木々さえ異様な成長を遂げており、その建造物を隠していた。だが、朽ちている形跡はなく、入り口付近はしっかりと整理されていて、人通りがあると分かる。一部の壁には、黒い羽根を生やした人型の絵……。

 

 山根は息を飲み、言葉を漏らす。


「まさか――タナトス教団の、研究所?」

「ご名答。さぁ、行こう」

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