十、死は救済
ふくらはぎが熱を持ち、脇腹は痛く、動くのも辛い。であっても、体力を振り絞って上っていき、ふらふらのまま屋上に通じる扉を開けた。途端、眩しい太陽の光が目を覆って、かつて映画で聞いたようなパトカーのサイレン音が耳に届く。もちろん、逃げ道は見当たらず、屋上の端に急いで駆け寄った。
緑色の柵にぶつかって、下を覗く。そこには、白黒の車両がいくつもあった。
「追い詰めたぞ、泉!」数十人の警察官の内、私服警官らしき人物が叫んだ。「すでに共犯者のエリザベートは確保している。大人しくお縄に付くんだな!」
拳銃を向ける男刑事。不死人にただの銃弾は意味を成さない(傷がすぐに修復するため)ので、恐らくは麻酔銃だろう。僕は息も絶え絶えで言った。
「はは、全く。まさか計画が
「気付いていたのか?」
「おや、本当にそうなのかい? ありがとう、教えてくれて。ついでに、スパイかどうかも知りたいな」
「その必要はない! お前はここで捕まるのだからな」
刑事は
対して、強気に振る舞ってはいるが、僕の内心はかなり落ち着かなかった。ここを乗り切るにはどうするべきか、まるで思い付かず、捕まる未来だけが明白に浮かび上がる。しかし、そうなれば人類の未来は……不安が高まっていき、現状、唯一の支えたる懐のリボルバーに触れて――ハッとした。
僕には、余裕がない。
常にそうだった。焦るがあまり協力者を募り、結果として内通者に計画を崩壊させられる始末。ああ、何と愚かな。ならばこそ、僕は必ず挽回せねばならない。
僕は、ごく自然にリボルバーを抜いた。
「時に君、死をどう思う?」
「何? 死だと?」
「そう。僕らはアタナトス彗星によって二度と死ねず、老いもしない不死身の存在となったわけだが、すると、大抵の人間は死生観を変えるのだよ。昔の僕は死を恐ろしくてたまらないものと捉えていた。君は?」
「答える義理は「ない、なんて言わないでくれよ。僕がしようとしていたことは知っているね?」
刑事は溜め息を吐くと、考えを言葉にした。
「生き物の終わり。それだけだ」
「なるほど。正しい認識だろう」
「はぁ、長話に付き合うつもりはない。そいつを取り押さえろ」
指示を受けて、警官たちは一斉に足を踏み出す。絶対に捕まえてやるとの意気込みが感じられた。ところが、僕がリボルバーを構えると、ようやくその存在に気付いたらしく、体を固めてしまった。と言っても、微かに残った本能に訴えかけただけなので、間もなく動き出すだろうが、問題はない。
「しかし、間違っている」引き金を引くのに、一秒もいらないからだ。「死とはね――救済なのだよ」
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