四、欲望からの解放

 二〇三一年七月十日、アタナトス彗星が太陽系内部を通過し、地球に塵を降らせる。人を含める、ありとあらゆる生命体は不老不死と化した。一か月後の八月には、地球上で起きていた全ての戦争が終結。各々の国家元首は、握手した。

 やがて、不老不死ではない人が数えられるほどしかいなくなると、環境破壊、過剰な生産や消費がきっぱりとなくなった。また、命ある人類時代の汚点を片付けるように世界中に散らばったプラスチックゴミの大規模回収が始められ……二〇三九年の十月、可能な限りの清掃に成功したとの報告が上がった。マリアナ海溝といったところからも回収してしまえて、不老不死ならではの肉体が功を奏したらしい。


 そして、二〇四〇年――人類は〝世界政府〟を設立を発表。同時に、正式に世界平和が成立。旧世界においてリーダー的存在を担っていたアメリカ合衆国の代表が、『もはや我々は、人種や宗教の垣根を越えた〝地球人アースマン〟である』と宣言することにより、今の新世界に繋がったのだ。

 以降、方針の違いによる喧嘩はあっても、争いはなくなった。

 

 僕が思うに、アタナトス彗星から与えられた最も貴重なものは、〝欲望の大幅な減退〟だろう。

 

 もちろん、不老不死の弊害へいがいは多い。欲望が薄まるので、生きる気力がなくなる。再生するとは言えども閉じ込められると、下手をすれば星が滅びる日までそのまま。食べようにも生物は殺せず、かと言って、倫理観からして削ぎ落すのも難しい。かつての営みをするには厳しく、ゆえに、科学技術頼りになって、どうしても歴史ある文化が消失していってしまうのだ。不死人にとって、諦めればそれまでなのだが。

 


 さて、生物としての性質をかなり欠いてしまう不老不死化では実のところ、弱まらない欲望がある。愛されたいだとか、勝ちたいだとかの心から来る欲求である。若返りたいというのも、普遍的だろうか。

 二一三一年、現在の僕は、そんな欲望を解消するための補助をする仕事に携わっている。

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