三、彗星の砂のこと

 死者蘇生、不老不死。これらの恩恵を彗星の砂から得るには、目や鼻、口の粘膜ねんまくを通さなければならない。汗を僅かながらかいていれば、小さな傷口からも溶け込めるらしい。さながら、流れに逆らう魚の如く、垂れた血をも登ってしまえるのは、言うまでもないだろう。かつての僕に『見上げるな』と伝えたいのは、それゆえだ。もちろん、呼吸をするだけであっても、成ってしまう危険があるのだが。

 

 そんな性質は、各国が挙って研究をした結果、すぐさま判明した。

 

 不老不死は確かに恐ろしい。しかし、みんながみんな恐怖するわけではなく、欲する人もまた、かなりいるのだ。特に富豪ふごうやら権力者やらは積極的に摂取しようとするし、研究のための資金提供を躊躇ちゅうちょしなかった。人々を制御する手段はなし。だから、不死人は続々と増える。

 ただし、降ってきた、あるいは舞い上がった彗星の砂を意図せず吸ってしまう事故も多発。それにより、アタナトス彗星の出現から間もなく調査した世界保健機関は、世界人口の七割近くが不老不死になったと報告した。

 不老不死になると、成長は停止する。食事の必要もなくなり、まるで仙人のような生活が可能となる。かと言って、食べられなくなるわけではないため、以前と同じく楽しめはする。が、生物としての営みは期待できない。何故ならば、食欲、睡眠欲、性欲……これらが著しく減退すると共に、身体機能まで変容してしまうからだ。性欲に関する点で言えば、精子、または卵子を生成する機能がほぼ止まるのである。ほぼ、と言うのは、薬で促進可能なためだ。妊娠するかは、別にして。


 どうして彗星の砂に、そのような力があるのかは分からない。百年経った今もなお、欠片とて理解されていない。一見すると、何の変哲もない砂粒で、強い放射能を放つのでもなく、未知のウイルスが付着しているのでもないのだ。ただ一つ、絶対的なことがある。



 ――、ということ。



 研究で明らかになった結論に従って、彗星の砂の活用方法は定まった。特殊な薬用の他、莫大なエネルギーを利用するもの。人類の更なる発展。

 である。

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