二、アタナトス彗星

 アタナトス彗星とは、宇宙の遥か彼方より飛来してきたと考えられている、二度と太陽に接近しない非周期彗星だ。本体たる核の大きさは驚異の一七〇キロメートル。初観測されてからの一時期は小惑星だと見られていた。だが、そうではないと判明したのは、二〇三一年……彗星としての顔を露わにしてからであった。


 時に、彗星の名前は大抵、発見者が由来となる。例として、ヘール・ボップ彗星が挙げられよう。一九九五年にアラン・ヘールとトーマス・ボップが発見したものだ。対して、アタナトス彗星を初めて認識したのは、イギリスの天文学者、イヴリン・ニューリーである。実際、当初は〝ニューリー彗星〟と命名される予定だった。

 

 しかし、ニューリー彗星の名前を変える出来事が、彗星の出現と同日にあった。


 アメリカ合衆国内にて頭を打ち抜き、射殺したはずの凶悪犯罪者がどういうわけか、、逃走を再開したのだ。それだけではない。紛争地域だったり、自殺者だったり、事故だったり、病死だったり――ありとあらゆる場所の死者が、よみがえったのである。幸か不幸か、墓場の死体が息を吹き返すことはなかったものの、世界を混乱に陥れるには十分過ぎた。

 

 僕は記憶している。百年経ったというのに、風化もせず、はっきりと覚えているのだ。あの日、アタナトス彗星が通った日――蒼白い光によって空が覆い尽くされた光景を、摩訶不思議なオーロラを、僕は見た。

 正体は、妙に光る塵だった。あるいは砂とも言うべき物質であって、地に着こうと、ふっと消えはしない。幻ではないからだ。また、まるで雪のように蒼白世界を作り上げたが、日の光に溶けはしない。雪ではないからだ。火山灰の如く降り積もるため、取り除かない限り、そのままだった。

 

 これこそが〝彗星の砂〟――死んだ生物を復活させる奇跡の代物……それだけならば、まだよかった。実のところ、死者蘇生の他にも、信じられない力が籠められていたのだ。

 


 不可能であるにも関わらず、昔々より人類が求めてやまない夢――である。

 


 何をしても、死なない。自ら命を絶とうとしても、全く死ねない。恐ろしく不健全な状態だ。

 ゆえに、あり得ざる彗星として人名は避け、ギリシア語で〝不死〟を意味するアタナトスと名付けたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る