14話 「約束」

人海病院


「ぐああ!」


 レオは思い切り蹴飛ばされてしまった。


『さ。邪魔をしないでくれよ。ゼノン様が待ってる。早くいかないと……』


 イアンはやはりミカミの体に取り憑いたまま、その手をレオの方に向ける。

 またもその手からエネルギー波を放ってみせた。


『……!?』


 だが、そのエネルギー波はまた別のエネルギー波で相殺される。

 これもまたロストの仕業だ。


『お前……!』

「ひっ……! ご、ごめんなさい……」

「く、黒いの……てめぇいつの間にそれ……」


 レオは何とか起き上がろうとしながら尋ねる。まだまだ倒れる男ではない。


「なな、なんか使いこなせるようになってた。わわ分かんないけど……」

『このガキの神気を使っても相殺だって……? 何者だい? お前さん……』


 ずっと余裕の表情だったイアンが、初めて明確に敵意を向けている。

 それだけロストの攻撃は驚異的だったのだ。


「どうやらロストさん、魔神サタンの所為で実力を底上げさせられたみたいですね」

「あ、頭も良くしてくれたら良かったのに……」

『……ふむ。お前も消しておいた方が良さそうだねぇ』

「うえぇ……そんなぁ……」

「させるわけねぇだろ!」


 レオは力を振り絞って立ち上がった。

 睨み付けるその瞳には、炎のような光が灯っていた。


『……だから無駄だって。天使の君らには、俺を傷付けることは出来ないってさぁ。忘れたかい?』

「貴方も忘れてませんか? 傷付けなくても、その子から貴方を引き離す方法はあるということを……」

『? そんな方法ないと思うがねぇ』

「美しい私の、美しい力をお見せ致しましょう!」


 フルティは美しく指を鳴らしてみせる。

 すると、ミカミの周りをシャボン玉のような泡が包み込む。


『何だ?』

「美しい私の、ビューティフル・エステティック・バブリーズ!」

『……は?』

「さあ! 美しくなりましょう! ミカミさん!」


 すると、泡の中で光が溢れ出す。


『な、何だ……これは……』

「おい花冠! 何だこりゃあ……」

「ビューティフル・エステティック・バブリーズです! 外からの害を防ぎ! 内側の害をも取り除く! そして皆美しくなるのです! 先程レオ君も包み込んだので……ほら! 肌が綺麗になってますよ!」

「な……て、てめぇ! 余計なことしやがって……」

「助けてあげただけですよ?」

「く……!」

「わ、私も……?」

「ええ。美しいですよ! ロストさん!」

「……そう?」

「で! それに何の意味があるんだ!?」

「ミカミさんの体から……美しくないモノを取り除きます」

「!?」


 気が付くと、泡の中でミカミは悲鳴を上げていた。

 その悲鳴を出しているのは間違いなくイアンだ。

 ミカミの体の中で、確かにフルティの力による効果は現れていた。


「ミカミ……ミカミ!」


 確かにレオの声は、彼女の脳裏に届いていた。


(天使君……)


 彼女の心の声も、レオには届いている。


『うおおおおおおおおおおおおおお』


 イアンは泡の中で光に包まれて、無理やりミカミの体から排除されていく。

 彼が正式に一度堕天していたからこそ、フルティの中で彼は美しくない存在と認識されていた。


「さ。出てきなさいな!」


 そして、イアンは強制的にミカミの体から引き離された。

 パチンという音と共に泡が破れると、ミカミはその場にしゃがむようにして倒れ込む。


「ミカミ!」


 レオはすぐさま走って、彼女をギリギリでキャッチした。


「ぐ……! クソ! 面倒な候補生が! 俺を汚れ扱いしやがって!」

「見た目からして汚いですから仕方ありません」

「この……!」


 フルティに意識を持っていかれたイアンは、自分を狙うロストに気付かなかった。


 ゴォォォォォォォォォ


「しまった!」


 そして、彼女のエネルギー波がイアンに直撃した。

 途轍もない威力で、その衝撃だけで砂埃が激しく舞い上がる。


「ぐ…………ブハァ! クソ……クソ! コイツはヤバい……このガキはまずい!」


 まだ無事だったようで、煙の中から飛び出したイアンは空を飛んで逃げ出そうとする。

 だが、そこまで読んでいる男がいた──


「……よぉ。神様」

「ぐっ!」


 上を取っていたのはレオ。最高速度で飛行していたイアンは、もう体のブレーキが間に合わない。

 レオは既に攻撃態勢で急降下してきていて──


「……俺は決まりごとは守るタイプだ。校則も、天界の法も。例えば……『神様の邪魔はするな』って決まりもな」

「ひっ」

「だがそれ以上に……俺は俺の信念を守ってる!」


 炎を帯びた拳で、思い切りイアン目掛けて突っ込んでいく。


「おおおおおおおおおおお!」

「あああああああああああ!」


 そして、レオの燃える拳がイアンの顔面をぶっ飛ばした。

 ほとんどロストによるダメージだったりするのだが、これが決定打となり、イアンはそれで完全に再起不能になるのだった。

 そうしてことを終えると、レオはミカミのもとへ戻っていく。


「……ミカミ! 大丈夫か!?」

「おお? 随分心配しますねレオ君。もしかしてそういう……」

「冷やかしてる場合かコラ!」


 フルティが支えていたミカミは、レオの声を聞いて目を覚ました。


「……天使君……?」

「おい大丈夫か!? 生きてるか!?」

「大丈夫ですよ。むしろ美しくなっているはずです」

「無事かどうかを聞いてんだ! つかてめぇちょっと黙ってろ!」


 仕方なくフルティは自ら口にチャックを入れる。

 少し離れた位置でロストは苦笑いを見せていた。


「……どうして、私はまだ生きているんだろう……」

「死んでねぇからだ。死なねぇように全員が動いたからだ」

「……お父さんは私の所為で家を出た。お母さんはその後暫くして高い所から落ちた。私が……私がいなければ全部……全部……」

「それでもお前がいなかったら俺は今ここにいなかった」

「…………え?」


 レオは空の方に目を向けて、少し自分の過去を思い返す。


「あの頃の俺は、師匠に拾われたばかりで将来のことなんざ見えてなかった。神になるのは決めてたが、どの国の人間から信仰を集めるかも考えてなかったし、そもそも……俺は人間のことなんてどうでもいいと考えていた」

「……」

「約束しただろ? もう一度会いに来るって。俺にとってはあの瞬間が……スタート地点だったんだ」


 ミカミは目頭を押さえだす。涙はそれくらいで止まるものではなかった。

 自分の存在意義を見出すのはとても困難であり、普通の人間はそれを見つけられずに人生を全うすることも多い。

 しかし彼女は、レオの言葉を聞いてそれを見出せた気がしたのだ。


「……名前。まだ、聞いてなかった」

「レオンハートだ」

「そっか。クッソシャレオツな名前じゃん」

「うるせ」


 目を真っ赤にしながらミカミは笑みを作り出す。

 もちろんまだまだ笑えるような気分ではないが、彼女は今、目の前の天使の男に笑顔を見せたいと思ったのだ。

 ただ、それだけだった。

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