13話 「お隣の弟分」
十二月四日 午後一時二十五分 人海公園
イッキは駆け足でこの公園にやって来た。
別の場所ではレオとミカミが会話をしている真っただ中。
彼もまた昔の馴染と再会を果たす。
「ハァ……ハァ……」
切れた息はすぐに元通りになる。
それが『最高』の肉体を持つイッキの神の力だった。
「クロにぃ……」
閑散とした公園の中で、ブランコに座る男が一人。
久しぶりに会うはずだが、イッキはしっかりと彼のことを覚えていた。
自分の家の隣に住んでいた、幼馴染で兄のような男・黒茨天恵を──
「やあ。元気そうだね。えぇ? 天使になったイッキ君」
「……どうしてそのことを知ってんだよ」
「聞いたからね。というかその姿止めてくれよ。まるで人間みたいだ」
イッキは言われて光輪と光翼を出現させた。
それでも天恵の目に見えるということは、彼が神の力を借りている証拠だ。
「何でクロにぃが……。破壊神ってのは、何を考えてるんだよ」
「だから電話で言ったろ? あ。これ返すよ。友達のだろ?」
そう言ってポケットからシドのスカホを取り出し────そのままその場に落とした。
続いて足で踏みつける。
踏みつけて踏みつけて踏みつけて、完全に破壊してみせた。
「……何で?」
「ああ、悪い悪い。返そうと思ったんだけど、壊しちゃった。不可抗力って奴だ」
「そっか。じゃあしょうがないな……」
「……」
たいした反応を見れなかった天恵の方が、むしろ不快感を露わにしていた。
どこからどう見ても『しょうがない』はずがなかったが、イッキは溜息だけで済ませて話を戻す。
「それで、何でクロにぃが破壊神とかいうのに協力させられてるんだよ」
「『させられてる』? 違うね。してやってるんだ。彼、最高神に構ってもらえなくて困ってたからさ。作戦を考えてやった」
「何で?」
「そりゃキミ、お前を殺すために決まってるじゃないか」
「……どういうことだよ……」
「神嗣学園の課外授業の時期だってのは分かってた。イッキが日本クラスだって情報も貰ってた。だから座標をずらしてこの町、人海町に来させたんだ」
「な……」
「友達を人質に取ったのは謝るよ。ホントはお前を人質にする予定だったんだ。最高神もお前を失いたくないだろうからって。でもさ、またちょっと座標がズレたみたいで、何故か予定の場所にイッキたちが現れなかったんだ」
「それって……」
(依姫たちの仕業……?)
イッキは出かかった言葉を飲み込んだ。
大典門の制御を弄っていた人物は、二人いたのだ。
「とにかくさ、大人しく僕の手でお前を殺させてくれたら、人質は解放してやってもいいよ」
「……何でクロにぃにそんな恨まれてるのか分かんねぇけど、また死ぬわけにはいかねぇよ。というか、こんなことしてディノがキレないわけないぜ。アイツ、アイオンがルイを殺そうとした時も出てきたしな」
「出すのが目的だからね。ゼノンの旦那は一騎打ちをご所望なわけだから。頭の悪い神様だよねぇ」
本人のいない場では、天恵は隠さず神に対してでも悪態をつく。
「……仲間じゃないのかよ」
「うん。お互いに利用してるだけさ」
「でも俺を殺した後に、クロにぃが人質をホントに解放してくれるの?」
「……これは驚いた。イッキのくせに、僕を疑ってくれるんだね」
「クロにぃは操られてるんじゃないの? 破壊神の所為でおかしなこと言ってるだけで……」
「ああ、そう思ってるだけか。僕は僕だよ。誰にも操られてなんかない」
「クロにぃ……」
「僕はずっとお前を殺したかったんだ。というか、実際何度か高い所から突き落として殺そうとしたんだけどね? イッキは運が良いから、結局殺せずじまいで……僕はもうはらわたが煮えくり返りそうな気分だよ」
イッキには、心当たりがないわけではなかった。
しかし、どうしても常人の彼には天恵が自分を殺そうとする動機が思い付かなかった。
思い付かないということは、目の前のお隣のお兄さんは、決して理解できない人種だったということだ。
「……クロにぃがちょっと変な考え持ってるのは、正直昔から何となく分かってた。でも、冗談だと思ってたし、思いたかったから。今回もそうなんじゃないの? ねぇ、クロにぃ」
天恵はブランコから立ち上がり、苛立ちを抑えるように頭を掻いた。
「僕は一度だって冗談を言ったことがないよ。あ、これは冗談ね? 僕は、僕がどんだけ嫌がらせしても嫌な顔一つしないお前が気持ち悪くて気味悪くてしょうがなかった。池に投げても笑ってそのまま泳ぎ続けて、悪い噂流して友達失くそうとしても、元の人柄が良すぎて広まらなくて、制服に泥を塗っても『これが現代アート……!』とか言って感銘を受けられて……とにかく本能的に怖かったんだよ! 僕は、お前をこの世から排除したかったんだ!」
迫力のある、本心からの物言いに見えた。
だからイッキはもう、そんな彼を──『受け入れる』ことにした。
「……分かった。じゃあ、好きなだけ殴れよ。黒茨天恵」
「……いいよイッキ。少しだけマシな顔になった。いや……燃城一輝!」
天恵は勢いよく走りだし、イッキに殴りかかる。
当然言葉通りイッキは好きなだけ彼に一方的な暴力を受けることになる。
「ぐはっ!」
「ハハハ! イッキ! ホントに良いのかい? 知らないのだろうけど、天使は人間の攻撃に弱いんだ! お前の神の力でも、人間の攻撃で受けた傷は治せない! 分かるかい!? 死ぬんだよ! 本当に!」
もう声も出せないほどに殴打が続いている。
イッキの苦しむ表情を見て、天恵はそれはそれは生き生きとしていた。
やがてイッキは倒れ込む。
「イッキ君!」
そこへ、イッキのグループの三人が現れる。
説明もせずに走りだした彼を追ってやって来たのだ。
「おや? 別の天使のお友達? それとも人間? 翼と輪っかが無いと分からないよ」
「な、何スかこの状況……」
「おいおい喧嘩か? こえぇ……」
「ぐ……みん……な……」
ただし……やって来た者の中に、ルイはいなかった。
*
暗い部屋
ルイ、シド、パンジーの三人は、暗い部屋の中、縄で縛られて放置されていた。
窓も無く、扉には鍵が掛かっている状態だ。
「……参ったなぁ。ねぇ二人とも、僕ってもしかして縛られやすいのかな?」
冗談を言えるくらいには、まだシドも他の二人も限界ではない。
「騙された。イッキの友達って言ってたのに」
「学びを得ましたわね。『SNSで知り合った他人とは、出会わない方がいい』」
「これもレポートに書いておこうか」
「それが良い」
限界どころか余裕を見せていた。
その時、コツンコツンと足音が近付いてくる。
「……誰か来たね」
「どうする?」
「どうすることも出来ませんわ……。フルティさん……助けて下さいませ……」
そんなことを言ってると、足音はドアの前にまで来ていた。
そして、部屋の扉がゆっくりと開く──
*
人海町 とある平地
広々とした原っぱの平地に、人間は誰もいなかった。
認識を阻害され、平地があることに気付けない人間は誰もこの場に近付けないのだ。
「……遅い」
角が頭に生えた骸骨のような顔面を持つ、甲冑の怪人。
破壊神ゼノンは、ただそこに仁王立ちしていた。
(一体何をやっている? イアンめ……)
連絡が上手くいかなかったため、イアンはゼノンの想像以上に時間を掛けてしまっていた。
そして、イアンより先に現れてはいけないはずの者が現れてしまう。
「お待たせしましたか?」
唐突に、人間のいない空間にもう一体の人外が出現した。
「……! 最高神……ディノ……」
「昔みたいにディノ先生と呼んでくれてもいいのですよ? ゼノン君」
「……もう私は貴様を師事してはいない。私は破戒の道を選んだのだ」
「困ったことです。人質の天使の子たちはどこです?」
「知りたければ……私を殺してみろ。その前に私が貴様を殺すがな」
「……困りましたね。本当に……」
ディノは本気で心の奥底から悲哀の感情を抱いていた。
彼には結果が見えていたのだ。
(ゼノン……君は私のことを分かっていない……)
(私は……『不死』ではない。私に……『生死』の概念はないのですよ……)
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