12話 「再生の神」
広い敷地に瓦礫だけが残された。
あれだけ大きな音が響き渡ったはずなのに。町の人間は誰もそのことを気にしない。
イアンの作り出した人間への認識阻害を起こす結界は、まだ有効の状態だった。
『折角再生させたけど……まあ、死に方なんて何でもいいだろう? ミカミ』
瓦礫の上に立つのはミカミだけ。
当然中身はまだイアンのままだ。
ガンッ
近場の瓦礫が吹き飛んだ。
そこから出てきたのは大きなシャボン玉のような泡の塊。
それがパチンと弾けると、中から天使の姿の三人が現れた。
『……流石に天使は頑丈だ』
「お前ら……どうしてこんなとこにいんだよ」
レオはミカミから一瞬だけ目を逸らしてフルティとロストに尋ねた。
「貴方の様子がおかしかったからに決まってるじゃないですか。いつも授業をなんやかんや真面目に受けてるくせに、『どうせ任意の課題授業だ』……なんて、らしくない台詞です」
「そそそうかなぁ……」
ロストの方は同意見という程でもないようで、半ば仕方なく追って来たらしい。
「……どこから聞いてた」
「初めからです。レオ君が日本クラスに入った理由、初めて知りました」
「この……!」
若干体を熱くさせるレオだったが、そのまま拳から炎を発して誤魔化す。
今は二人への文句の前に、ミカミの体を乗っ取ったイアンへの対処だ。
『無駄だよ天使諸君。知らないわけじゃないだろう。天使は人間に手を出せない仕組みになっている。今の俺に、君らは何をすることも出来ないのさ』
「てめぇ……ミカミを死なせてどうするつもりだ!」
『この子は俺のことを信じてくれている。ありがたい話だ。神にとってそれ以上に必要なことはない』
「じゃあどうしてそいつを助けない!」
『助けたさ。だがそれでも死を選んだのはこの子自身。君ら天使にとやかく言う資格は無いだろう?』
確かに死にかけていた彼女の体をイアンが助けたのは事実なので、レオは一瞬言い返す言葉を失った。
しかし、傍にいるフルティは鼻で笑ってみせた。
「あら? かこつけた言い回ししていますけど、貴方はその子の魂に宿った『神気』が欲しいだけではないですか?」
「何?」
「レオ君。ご存知ですか? 人間と天使は、その身体構造こそ全く別物ですが、中身……『魂』は同じ作りなんです。だからこそ人間の魂には本来、天使同様に神気が宿っている……。人間が天使のような力を使えないのは、神気で操る『器官』が体に無いから。まあ、稀にその神気で神々に近い力を操る人間はいるらしいですけど……そういった人間は、元々備わっている神気が膨大過ぎて、悪い神や堕天使に利用されがちだったりするんです」
神気というのはいわゆるオーラのような物に近く、人間には視認できないが、実際神の力を借りた桜田依姫はそれを体から発することが出来ていた。
神々は神気が膨大に宿った魂を持つ人間に惹かれることが多く、実際その神気を奪い取ろうとする悪神もこれまでに何体か確認されてきている。
『……詳しいじゃないか。勉強しているねぇ』
「人間の魂から神気を取り込むには、その人間からの信仰の力が必要です。もっと言ってしまえば安い信頼関係でもその力を得ることは出来てしまいます。イアン様? 貴方は初めから、そちらのミカミさんの魂から神気を奪い取りたかっただけでは?」
『……だったら?』
その言い方は、認めているのと何も変わらなかった。
「ぶっ飛ばす!」
レオは頭に血が上って走り出していた。
だが、ミカミの体を直前にして急ブレーキを掛けた様に足が止まり、何かの力で押さえつけられるようにレオはその場に倒れ込んだ。
『クキキキキ! だから無駄だって天使君。天使は人間に危害を加えられない』
「ぐ……その呼び方……止めろ……!」
『……信仰の力ってのは、俺達神にとって全てだ。分かるかい? みんなやってることなんだよ。怒られる道理はない』
「ぐあっ!」
レオはミカミの足で頭を踏みつけられた。
「……嘘はいけませんね。人間から信仰の力を得ることと、人間から神気を得ることは、矢印の関係ではあってもイコールではありません。神気を無理やり奪えば魂を傷つけることになります。それは……死ぬことと同じ。だから貴方はミカミさんに死なせようとしたのでしょう。死んでから奪えば、誰にも文句は言われないから!」
『クキキキキキキキ! 死にたいっつったのはこのガキさ! 俺は何も言ってない! 病気の体を再生してやったんだから、礼くらい貰わないとだよねぇ!?』
「……神の面汚しが……!」
いくら言葉で責めたところで、実際に攻撃することは出来ない。
ミカミの体だからではなく、そもそも彼ら天使にはそれが不可能なのだ。
『このガキには相当な神気が眠ってる。コイツを持っていけばゼノン様もお喜びになるだろう……』
「ゼノン……? そそ、それって……破壊神の……」
ロストは曲がりなりにも原初の悪神であるサタンの末裔であり、悪の神々については詳しい所がある。
彼女はゼノンとイアンの繋がりを、実は前もって知っていた。
『ああそうさ。約束していたんでね。コイツの神気があれば、ゼノン様も今まで以上の力を使えるようになるかもしれない。そうすれば……あの最高神をも凌駕できるだろうさ!』
「最高神……? ま、まままさか、噂は本当なの……?」
「どういうことですか? ロストさん」
「は、破壊神ゼノン様は、最高神様を破壊しようと下界で何かを企んでいるって、そんな話を前に家の人に聞いた……。ほ、本当だったなんて……」
「な……! まさか……」
『ああそうさ! その通りさ! 最高神を破壊し、この世界全てを破壊する! そして、破壊されたのちにこの俺が新たな世界を再生するのさ! クキキキキキキキ! 少し遅れたがまだ間に合いそうだ! さようなら天使諸君! これからは俺とゼノン様だけの世界だぁ!』
けたたましくイアンの笑い声が響き渡る。
なおも踏まれ続け立ち上がれないレオだったが、彼の心の火は、むしろ激しく燃え上がり始めていた──
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