10話 「最高神」

神嗣学園 大典門前


 轟々とした風の音が辺りを包み込んでいる。

 自然のものではなく、翼のはためきによって発生している風だ。

 そしてその発生源は、ゆっくりと大典門の前に降り立った。


「……ディノ様……」


 学園の教員たちは皆、異常事態に応じて大典門の前に集まっている。

 その中の一人、副学園長のラフが前に出て、『その存在』に頭を下げた。


「本日はお忙しい中、お越しいただき誠にありがとうございます」

「『忙しい』……?」


 最高神ディノ。

 シンプルな形の白い光輪に、光翼とは違って肉感と毛のある白い翼を持った、教科書通りの天使のような外見。

 それが、彼の特徴だった。


「はい。お話は伺っていらっしゃると思いますが、今回は我々の不手際で大変ご迷惑をおかけしてしまい──」

「私は忙しくありませんよ」

「え?」


 常に目を閉じているが、まるで心の目で見ているかのような風格を醸し出している。

 天使たちはそんな彼の言葉一つ一つに細心の注意を払って耳を寄せていた。


「忙しくはありません」

「え? い、いや、そんなことは……」

「今日も先程まで、スナック菓子を食べながら漫画を読んでおりました」

「え……」


 最高神は荘厳な声色で、中学生のようなことを言う。


「しかし、私はそこで気付いたのです」

「な、何をでしょう?」

「油で汚れた手で、漫画を触るべきではないということです」

「……」

「これからは箸を使って食べようかと思いますが、いかがでしょう?」

「ど、どうぞお好きになさってください」

「ありがとうございます」


 完全にものを言えなくなった天使たちに、慈愛に富んだ微笑みを向ける。


「……さて。確かに大典門は閉じているようですね」

「え、あ、はい! そ、そうなんです!」


 すんなりと本題に入る。先程までのは、彼なりの緊張感を解くための発言だ。


「……こちらに連絡を入れたのは、破壊神ゼノンで間違いないのですか?」

「はい。本人から直接です」

「ふむ。私も彼とは友達登録しているのですが……何故彼は私の方には連絡してくれなかったのでしょう?」

「え? い、いやぁ……気まずいからではないでしょうか?」

「まあいいでしょう。彼の望みは私を破壊すること。ひいては世界を破壊することのはず。連絡が来たところで、私も彼とは会わなかったでしょう」

「最高神様……」


 ラフは一瞬不安な表情を見せる。彼は人質となった生徒のことを心から心配しているのだ。


「ですが子どもの天使を人質に取っているのなら話は別です。大典門が閉じた今、助けに向かえるのはどちらにしろ私のみ。すぐに向かうとしましょうか」

「あ、ありがとうございます!」


 ディノのその言葉を聞いて、教員たちは静かに歓喜の声を上げる。

 ただ、ラフは感謝を述べてすぐ次の不安を思い浮かべていた。


「で、ですが本当によろしいのでしょうか? それでは結局破壊神様の要求を通すことになりますが……」


 ディノはまたも優しさに溢れた笑みを見せた。


「問題ありません。彼は分かっていないようですが……私は『最高神』ですので」


     *


同刻 桜田邸


『……で。旦那の目的は最高神様とかいうのを誘き寄せる所までなんだけど……僕は違うんだよね』

「クロにぃ……アンタは一体……」

『僕は、お前が勝手に死んだという話を聞いて、死ぬ程ムカついたんだ』

「……」


 露骨に電話先の声のトーンが落ちていた。

 まるで先程までの話には初めから興味が無かったかのように。


『お前は僕が殺す。僕はさ、この世界の誰よりもお前のことが嫌いなんだ。だから勝手に死なれちゃ困る。そのために……今日という日を待ったんだよ』

「な、何でだよ……。俺、クロにぃに嫌われるようなことした?」

『……してないだろうね。お前の価値基準だと。残念ながら僕とお前は価値観が違い過ぎるんだ。……まあとにかく、僕がゼノンの旦那に頼まれたのは、人質を下界で監禁する場所の提供だけでさ。あの人、破壊行為は得意だけどそれ以外何も出来ないみたいで、人目に付かない『場所』を確保するためだけに僕に声を掛けてくれたんだよね。いや……ごめん、それは嘘。まあ詳しいことはいつか話すよ。とにかくだから、人質の監禁場所を知ってるのは僕だけってわけ。仮に最高神様がゼノンの旦那をぶっ飛ばしたとしても、僕に辿り着かないと天使たちは解放されないのさ』

「……じゃあ何で自分から正体を明らかにしたんだよ」

『だ! か! ら! お前を殺すためって言ってんだろ! いいかいイッキ! この電話が終わったら、昔一緒によく遊んだ公園に集合! そこで僕、待ってるから。絶対に来いよ! バイバイ!』

「な……おい! クロにぃ!」


 そこで通話は切れた。


「え、何? 何だったの?」

「だいぶ顔色悪くなってるっスよ……」


 話の内容が聞こえていたのはイッキだけなので、周囲の面々には事態がまだ上手く飲み込めていない。


「イッキ……」

「イッキ君……」

「……悪いみんな。俺、ちょっと行ってくる!」


 困惑しているのはイッキも同じ。

 残念なことに、彼は何も説明せずに家を飛び出して行ってしまった。


「え? 動画は? 拡散力を確かめる実験は? レポートは……」


 ベンは自分のスカホを握り締めて、この先の展望を憂いだ。

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