4話 「43242」 ②
放課後 人海高校 校舎裏
「その……昨日はごめん。桜田さん」
相手の名前は桜田依姫。
一輝からすれば顔見知り程度の人物であり、それ以上の何者でもない。
最初に名前を聞こうとしたところ無視を決め込まれたので、一輝はそれ以降積極的に関わろうとはしてこなかった。
だが、廊下ですれ違う度に挨拶くらいは一応していた。
その程度の関係だ。
「……いいの。私が怒り過ぎただけだから。ありがとう一輝君。もう一度私にこの機会を与えてくれて」
「い、いや、全面的に俺が悪かったよ。マジで」
「ううん。大丈夫。こうなることは初めから決まっていたと思うから」
「そうなのか……」
「本当は言葉を交わさなくても結果は決まっている。でも……敢えて言わせてほしいの。ねぇ一輝君。私……」
その時、依姫はこの場にあるはずのない気配を感じ取った。
周囲には見たところ自分と一輝しかいない。
だが、確かに何者かの視線がこちらを向いているという感覚が彼女にはあった。
「……どういうこと?」
「へ? 何が?」
依姫は二人の傍にあった植え込みの方へ向かって歩き出す。
そして、一つの木の前で立ち止まった。
「……オラァッ!」
らしくない声を出して思い切り木を蹴りつける。
すると、激しく揺れた木の上の方から大きな『何か』が落ちてきた。
その正体は──ルイだった。
「ルイ!?」
「……貴方だれ? もしかして一輝君の……」
闇に近いオーラが彼女を包み込み始める。
「ごめんなさい。気になって、つい」
危機感なく平謝りをするルイだが、目の前の依姫の表情が見えていない。
「あ、あのぅ……桜田依姫さん?」
「一輝君……この子、一輝君の何?」
「え!? い、いやぁ……何だろう。よく分かんねぇ……」
「私のこと裏切ったの?」
「え、ど、どういうこと?」
「許せない……」
「いやいや! 何か誤解してるみたいだけど、俺とその子初対面だから! なぁルイ! というかそもそもお前も何なんだ!?」
「私は天使。空から降ってきた」
「この状況で何でそんな嘘を!?」
一輝とルイが言葉を交わすだけで、依姫を覆う闇はどす黒く変化していく。
「……一輝君はいつもそう」
「へ?」
「どうして私以外の人に声を掛けるの? どうして私以外の人と仲良くするの? 意味が分からない」
「俺も意味分かんねぇよ……」
流石に依姫の様子がおかしいことに気付いたルイは、二人の間に立って弁解を始める。
「私、イッキのことはよく知らない。勝手に覗いてごめんなさい。もう邪魔しないから、後は若いお二人で、どぞ」
すかさずこの場から逃げる判断を下す。
が、どうやらもう遅い。
「待ちなさい!」
依姫は逃げようとするルイの腕を思い切り引っ張って食い止めた。
「……あの、私敵じゃない。もう消えるから、許して」
「……『イッキ』って誰?」
ルイはキョトンとして一輝の方に視線を向けた。
彼女はまだ一輝の名前を『イッキ』と読むのだと勘違いしていた。
「……そう。フフ……フフフ……アハハハハハハハハハハハハ!」
「ど、どうした? 大丈夫? 保健室いくか?」
いきなり笑い出した依姫は、そのままルイの腕をブンッと放す。
「何それ!? 愛称!? 二人の間だけの呼び方!? どうしてどうして私じゃなくてこんな子がそんな特別な関係になって──」
「いやいやいやいや違う違う! 読み間違いじゃんどう見たって!」
「さっき初対面って言ったじゃない! 何で名前を知ってるの!?」
「いや自己紹介だけ済ましたと言いますかその──」
「そもそもどう見てもこの学校の生徒じゃないし、明らかに一輝君に会うためだけに忍び込んでるじゃない!」
「いやホント何で勝手に学校入ってんだろうな!? 何者なんだよお前!」
「私は天使。空から降ってきた」
「この状況でまだその嘘!?」
一ミリも嘘を吐いてはいないのだが、ルイはたまに言葉足らずになることがあった。
「……もういい」
瞬間、比喩ではなく本当に彼女の周りを深い闇が覆い始める。
そしてその闇のような物の中から、幽霊のような存在が姿を見せる。
足は無く、腕は長い袖で見えず、口元は包帯で隠れた女のような存在。
そんな理解不能の存在を、ルイは知っていた。
「……愛の神……アクォル……?」
「あら? こんにちは、天使の女の子さん。どうして下界にいるのですか?」
「どうして……愛の神が人間に……」
「もちろん、愛のためです」
理解不能な存在が意味不明な言葉を吐いている間、依姫は懐から怪しげな物を取り出していた。
「……な、何だ?」
「おや? 他の人間に私の姿が見えている……? もしかして貴方は……」
一輝もアクォルに目がいってしまい、依姫が取り出している物に気付けなかった。
そして彼女はゆっくりとそれを構える。
「……私の愛の邪魔をする者は……殺す」
それは折り畳み式の小さなナイフ。
構えたところで、ルイもようやく彼女の本気の殺意を理解した。
「……無駄。そんな物簡単に避けられる」
「死ねぇ!」
溜息を吐くルイに向かって、依姫は全力でナイフを持って走り出す。
ルイからすれば人間の攻撃くらいなら簡単に避けられるのだが、そんなことを人間が知るわけがない。
当然、『彼』も──
「……ッ」
グサリと腹にナイフが突き刺さる。
刺さった相手はルイではない。
依姫は、よりにもよって想い人である一輝を刺してしまった。
「嘘……」
「ぐっ……」
「一輝君!? 嘘……嘘ッ!」
激しく動揺した依姫は、誤ってナイフを捩じりながら思い切り引き抜いてしまう。
「カハッ!」
一輝はその場に倒れ込んでしまった。
最早冷静ではいられない依姫は、ナイフをその場で落とし、頭を抱え始める。
だが動揺していたのは彼女だけではなくルイもだ。
「……どうして……」
「う……ぐ……」
倒れた一輝の前でルイはしゃがみ込む。
「どうして助けてくれたの? 私は……あんなの避けられたのに。どうして……」
「……わ……分かんねぇ……」
それは善意でも正義でもない。恐らくは自己満足でもないのかもしれない。
一輝の体はいつの間にか勝手に動き出してしまったのだ。
「いや……いやああああああああああああああああああ」
依姫はその場で泣き叫び、しゃがみ込む。
何が起きているのか、何故こうなったのか、それが分かる者はこの場に誰もいなかった。
「……何がどーしてこーなった?」
時の神アイオンは、少し遅れてこの場にやって来た。
一輝の身に何かが起きたことを、力を渡した彼は気付いていたのだ。
「ああ、アイオンさん。これは愛の結果です。これが愛。人間の愛です」
アクォルはアイオンに対して微笑みかけた。二人は神同士、知り合いではあったのだ。
「……参ったなぁ。流石にこれは想像してなかった」
「なるほど、貴方が彼に力を与えていたのですか? ですが残念、愛の力の前に全ては無力」
「……ユーがいること、覚えておくよ。まあ、次回はこうはならないよう気を付ける」
「次回?」
そして、時は遡る──
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