3話 「43242」 ①

人海高校 中庭


 その日、燃城一輝は昼休みの時間を潰す場所を探していた。

 クラスメイト相手に失恋をしたために、教室に居づらかったのだ。


「……あー……後悔先にあーだこーだって奴だなぁ……」


 所在なく中庭のベンチに腰を下ろす。

 その時──


「初めまして。えーっと……イッキ君?」


 誰もいないはずの正面の植え込みの前に、唐突に何者かが現れる。

 黒いマントにシルクハットの男……と見られる人物。

 いや、人物ではない。何故ならその者には顔が無かったからだ。


「……え? の、のっぺらぼう……?」

「ハハハ! ボクはジャパニーズ妖怪じゃあないよ。ボクはね、時の神アイオン。覚えてたりしない?」

「……」


 一輝は開いた口が塞がらない状態だった。

 口を開かずとも声を発する目の前の存在に、動揺せずにはいられなかった。


「ま、覚えてるわけないか……。オーケー、ノープロブレムさ。ボクはただ、今度こそユーに神託を受け取ってほしいだけなんだ」

「……何言ってんだ……?」

「いやぁ、前回気付いたんだよね。もしかしたら……ユーが鍵だったのかもしれない……ってさ」

「?」

「何も言わず、ボクの力を受け取ってくれたまえ」

「え」


 瞬間、一輝の視界が眩い光に包まれる。

 全身が浮遊感に襲われ、意識も段々と消え去っていく。

 そして──


     *


 目を覚ますと、一輝は先程のベンチに座っていた。

 不思議と時間が経った感覚があるが、記憶は無い。

 アイオンと出会った記憶を、彼は失っていたのだ。


「……何やってたんだっけ俺……」


 今の彼の体にはアイオンの力が宿っているが、彼自身は気付けていない。

 アイオンと同じく『時』を操作することが出来るのだが、意識的に行うことは不可能な状態だった。


「ん?」


 ふいに立ち上がると、背にひと気を感じる。

 振り向くとそこには、木が一本。

 ベンチの後ろにある植え込みの中に生えた木。その木の枝に、明らかい少女と見られる人物がぶら下がっていた。

 しかも、今にも落ちそうな状態で──


「おいおいおい! 何やってんだ!?」


 一輝は急いで少女を助け出し、彼女をベンチに座らせた。


「……で、何やってたんだ?」


 少女は眠そうな半目で青髪の目立つ、明らかにこの学校の生徒とは思えない人物だった。


「落ちてきた」

「? 何言ってんだ、そんなわけないだろ」

「……燃城イッキ……」

「ん? あ! おい、勝手に人の生徒手帳スルなよ!」


 少女はいつの間にか一輝の生徒手帳をその手に持っていた。


「そこに落ちてた」

「え? 落としたのかな……。……いつ?」

「知らない」

「……で、お前の名前は? うちの生徒じゃなさそうだけど」

「……ルイ」

「そっか、初めまして。……で、何やってたの?」

「そういう貴方は何してたの?」


 ルイは露骨に話を逸らす。

 もちろん彼女の正体は天使であり、勝手に下界に降りてきたことを誰にも知られたくなかったのだ。


「え? 俺は……」


 アイオンと出会う前までの記憶が蘇る。

 すなわち、自身が傷心中だったというところまでだ。


「俺は……何やってたんだろうね……」

「?」


 一輝は自分の恋愛話を初対面のルイに話した。

 初対面だからこそ話せたのかもしれないが、とにかく気を紛らわせたかったのだ。


「……幼馴染?」

「ああ。春原梨乃香っていう名前なんだけど……」

「フラれたと」

「あ、いや……フラれたというか、彼氏ができたらしくて……」

「後の祭り?」

「そうなんだよ……」

「相手はどんな人?」


 意外にもルイは興味を持ったようで、積極的に尋ねてくる。


「えっと……確か名前は聖崎ひじりざき……日比ひび……だったかな? アイツの部活の先輩で、『良い人』らしい。俺はよく知らねぇんだけど」

「よく知らない?」

「その……あまり知りたくないっていうか……」

「……」


 ルイは小さく息を吐いた。

 行きがかりで出会ったばかりの一輝の恋愛相談を、彼女は何故か真面目に聞いていた。


「まあ、それは良いんだ。諦めは……いや、ついてないけど、今更どうこうしようとも思ってねぇし」

「じゃあ何を悩んでいたの?」

「……昨日、女の子に告白されかけたんだ」

「幼馴染ではなく?」

「うん。ただ……問題は、俺がやらかしたって話で」

「やらかし?」

「傷心中だったのもあるかもだけど、流石に良くないよなぁ……」

「……さっき、告白を『されかけた』って言ったけど」

「うん。ただその前に俺、こう言っちゃったんだ。『まず名前聞いていい?』……って」

「……」


 流石にルイも呆れて半目がさらに薄くなる。

 ただ、彼女は知らないだけで、昨日まで一輝はその女子の名前を本当に知らなかったし、そもそも教えてもらったこともなかったのだ。


「したらあの子ブチギレて、結局名前も聞けずにそのままお別れって感じで……」

「最悪」

「ああ、そうなんだ。だからマジでどうしようかなぁ……ってなってたんだよ」


 呆れつつもルイは親身になって考える。


「貴方はどう答えるつもりだったの? その子の告白」

「……気持ちの整理はついてなかったけど、無下にする気はなかったぜ? だって俺のこと好きだって言ってくれたら嬉しいし! まあ……言われる前にキレられたんだけど……」

「オーケーする気だった?」

「まあ……うん」

「なら、答えは決まってる」


 ルイはスッと立ち上がる。


「もう一度彼女の気持ちを聞く。今度は名前も先に調べておくこと」


 相談相手にルイを選んだのは間違いではなかった。

 初めて会う人物だからこそ一輝は素直な言葉を使い、気持ちを吐き出すことが出来た。

 結論は初めから彼の中で決まっていたことだが、ルイもそれと同じことを口にしてくれたことで、より決意を固めることも出来ていた。


「……分かった! ありがとうルイ」


 そして、例の少女は二度目の告白の機会に恵まれることになる──

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