17話 「幸運の未来」
ロストの意識は真っ暗な闇の中にあった。
全身が闇の中にあり、眠るように目を瞑っているかのような感覚を抱いていた。
ただ浮遊感だけが体全体にあるだけで、何かに縛られているような圧迫感は存在しない。
しかし、自分の居場所がどうしても掴めない。
彼女は彷徨うようにしてただ闇の中を漂っていた。
(『聞こえるか? 我が直系の娘よ』)
闇の向こう側からではなく、自身の内側からそんな低い声が聞こえてきた。
(だ、誰……ですか……?)
返事をするが口は動かない。
やはり彼女の体は闇の中を漂うだけで、声に反応しても動かすことは出来なかった。
(『奇しくもこの時代にはディノの神託を直に受けた天使がいた。それも……奴自身と同じ、元人間の天使……。不運な話だ』)
(そ、その声は……サタン様……? そそそんな……不運だなんて……)
イッキの健闘虚しく、ロストは自らの意志でサタンにその身を預けていた。
彼女は自己肯定感が恐ろしく低く、家族や先祖のためになるのならばと、別にサタンに自分の体を譲ってしまってもいいと考えていたのだ。
(『我は魔神。我は天界を支配するために復活したはずだった。だが……奴が生きていて、加えてその後継ぎもいる時代は……まだ、早い。復活するべき時代はまだ先だったのだ』)
(そんな……サタン様、わ、私は……私がやったことは無駄だったのですか? 私は……)
(『貴様はよくやった。だがしかし、そう……ただ不運だった。それだけなのだ』)
イッキとロストの拳のやり取りは、完全にイッキが優勢だった。
彼が最高神から受け取った力だけで、サタンの力を宿したロストを一方的に撃退することができたのだ。
故に、サタンはもう自身の敗北を予感していた。
(不運……? 不運ですか? だったら……私は、私は何の為に……何の為に……っ!)
(『直系の娘よ。引き続き我が顧命を子々孫々に渡って伝え説いてくれ。我の復活の時は、まだ先の──』)
(ふざけないでよ!)
二人は目的が全く違う者同士だった。
当然彼らの話など、同じ肉体の中で意識を共有していても平行線だった。
(わ、私はこの時のために幸運を拒んできたというのに! どうして……どうしてそれなのに幸運は私に訪れないの!? どうして……どうして……)
意識がだんだんと遠くなっていく。
既にサタンはその魂をロストの体から去らせていた。
意識が遠くなるのは、闇の中から無理やり彼女の意識が現実に呼び戻されようとしていたからだ。
*
「……どうして……」
イッキから容赦のない暴行を受けたロストはその場で仰向けに倒れていた。
煮え切らない気分ではあるが、それでも空は晴れ渡っている。
彼女はそんな空を見つめたくなくて目を逸らすしかなかった。
「よ! なんか知んねぇけど叩いたら戻ったな! 良かった良かった」
「良く……ない」
「そうか?」
「サタン様の力が無いと……私は神になんてなれない」
「でもサタンとかいう奴お前の体乗っ取ろうとしてたぜ?」
「それでも良かった。どうせ無能で無意味な私なんて……サタン様の役に立てるだけでも充分……充分だったのに」
イッキは倒れた彼女を起き上がらせるために傍に近寄った。
だが、彼が手を伸ばしてもロストはその手を受け取ろうとはしなかった。
「どした?」
「全部貴方の所為……。貴方があの時……私を助けたりしたから……。その所為で私は……幸運に愛されなかった」
「……何言ってんだ?」
イッキはキョトンとしながら無理やりに彼女を起き上がらせた。
彼はいつも通りの笑顔を向けている。
「今までは幸運じゃなかったのか? ここに入学してからの生活は……そんなに楽しくなかったのか?」
そんなわけがないという確信めいた表情。
しかしその裏で、彼はロストの言葉に大きく傷付いていた。
ロストとクラスで一番話していた相手はイッキだったので、自分の所為なのではないかと考えていたのだ。
「……それ……は……」
「……じゃあ逆に聞くけど、これまではどうだったんだ?」
「『これまで』……?」
「この学園に入学する前までさ。それまでの生活はどうだったんだ? 幸運に恵まれてたのか?」
「そ、そんなの……決まってる。他の全てに恵まれていても……こ、幸福なんて一度だって感じてない。そんな運は……決して一度も……」
「じゃあこれからは幸運しかないってことだ」
「え?」
ロストはずっと伏せていた顔を上げた。
「だってお前が言ったんじゃねぇか。普段から不幸な目に遭っておかないと、いざという時に幸運に恵まれないって。今までの人生全部が『不幸貯金』だったんだろ? だったらこれから先はもう……幸運しかないってことになる! だって、お前にとってのいざって時はこれからなんだから」
「……で、でも……私は何の力も……何も……無いから……」
「それは今までのお前だろ? 今はほら、凄い強みになれるモンが出来たわけだし」
「え?」
イッキは自信満々に自分の胸を指差した。
「俺という友達がな!」
一瞬、ロストは完全に思考が止まっていた。
「な、なな何を……」
「だろ!?」
「……ッ!」
彼女は今まで一度だってまともな友人関係を築いたことがなかった。
それをイッキが知っていたはずがない。
だがしかし、彼女に必要な言葉の一つを、無意識に言ってのけたことには違いのないことだった。
「一緒に頑張っていこうぜ! 神様目指してさ! そしたらきっと……何とかなるって奴だ!」
「……イッキ……君……」
まだ心を許せないので目を逸らすが、真っ直ぐな彼の顔を直視できないという理由もある。
何より、恥ずかしさで真っ赤になる顔を隠す意味もあったかもしれない。
「イッキ!」
「イッキ君!」
そうこうしているうちにルイたちがやって来る。
他にも教師と見られる天使が何人かいるが、気にはしない。
日本クラスの面々は既に、一連の図書館破壊事件の事実を隠蔽する気満々だったのだ。
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