16話 「最高神の候補生と原初の魔神」
神嗣学園 図書館上空
『……聖域が……随分と変貌したものだな……』
サタンに取り込まれたロストは図書館の真上まで飛び上がって、神嗣学園全体を見渡した。
何を思ったか少しだけ眉をひそめると、その手を屋根に穴が空いた図書館に向ける。
『……まずはこの建物から破壊しようか』
「待てよ!」
図書館に空いた穴から一人の天使が飛んでくる。
その正体はイッキ。梯子を登ったのち、穴の上にロストが飛んでいることに気付いて無理に光翼をはためかせたのだ。
「うおおおおおおお!?」
『……』
そしてそのままロストよりも上まで上昇していく。
彼はまだ上手く翼を操ることが出来ないのだ。
「う……ぐ! 飛び過ぎたぜ……」
ロストの頭の上で何とか止まる。
完全にイッキが彼女を見下ろす立ち位置。いや、浮かび位置だ。
『貴様は……』
「魔神様だか何だか知らねぇが、あんまりロストの体を無茶させんなよ」
『……この体は最早我の物。我が直系もそうなることを望んでいた』
「ふーん。ロストにもう一回話聞かせてよ」
『……もうあの娘は必要ない』
「体を返す気ないの?」
『当然だ』
「……」
態度の柔らかいイッキだったが、それを聞いて表情が強張る。
扱い慣れていない光翼を畳んで、ロストの正面まで下降した。
「なぁ。返してやってよ。それかあるいは、ロストと一緒にその体を共有して使うってのはどうだろう? 学校に通ってる間はロストでいてほしいんだけど」
『聞こえなかったか? もうあの娘は必要ないのだ。邪魔な邪神どももいない……。今度こそこの天界を我の支配下に置くのだ』
「……マジで返してくれないの? ロストはアンタの跡を継ぎたかったんだぜ? 神託だって与えたんだろ?」
『我が神託は直系血族に代々受け継がせよと命じたもの。神託によって得たその力で復活の儀式を行わせる……それが我の望みであった』
「ロストはそんなこと知らなかったんじゃね?」
『……いずれにしろ機は熟した。まずは煩わしいこの奇怪な建造物を破壊し、聖域の地を更地に戻すとしよう』
「は? 学園を更地に? 何でだよ」
『この天界は今度こそ我のものにする。その手始めだ』
「いやいや! 意味分かんねぇから! 頼むから前のロストに戻れよ!」
『悪いが……もうあの娘が戻ってくることはない』
「……てめぇ」
『天使風情が我の邪魔をするな』
ロストの左手がイッキに向けられる。
先程図書館に大穴を開けた、黒い煙のような魔神の力が集まり始める。
エネルギーを波動に変えて解き放つのだ。
「!」
ゴォォォォォォォ
けたたましい音と共に波動がイッキを襲い掛かる。
話し合うだけで終わらせるつもりだったイッキは完全に不意を突かれ、もろにそのエネルギー波を食らってしまった。
『ふむ……では早速』
イッキを消し炭にしたと思ったロストは体の向きを変える。
しかしその瞬間、背後に唐突に気配を感じて振り返ると──
『!?』
一つの右腕が、彼女の背後から首元を横一線に襲い掛かる。
ロストは瞬時にそれを察して前のめりに避けた。
彼女の後頭部の上を右腕が通り過ぎていった。
『貴様……!』
襲った右腕の正体はイッキだった。
全身に煤を帯びながらそれでも素早く動き回っていた。
「いきなりひでぇ奴だな。俺が何したってんだ」
『……何だその体は』
どういうわけか、イッキの体を覆う煤が消えていく。
それだけではなく、先のエネルギー波で生じた傷も同時に消えていく。
イッキは何事も無かったかのような万全の状態に戻ってしまった。
「その気になればもっと早く回復できる。喧嘩なら負けねぇぞ」
『……ッ』
ロストは険しい目付きで無言のままイッキに突撃しにかかった。
有無を言わせぬ猛スピードだ。
そのまま神気を込めた拳で思い切り殴り掛かる。拳がイッキの顔面に当たろうとしたその時──
『!?』
もうすぐ顔面に届きそうという所で、ロストの拳は遮られた。
イッキの左手で防がれたのだ。
「どうした魔神様、こんなもんか?」
受け止めた拳をそのまま引き寄せ、ロストの体だというのに躊躇なくその背中を自らの鉄拳でもって────ドゴォッ!
容赦なく地面まで殴り落とした。
イッキはそこまでして初めて自分のしたことに対して焦りの表情を見せる。
「あ……しまった! ロストなの忘れてた!」
慌てて彼女の落下した場所まで向かう。
動揺していたためか、彼は大穴の空いた図書館から逃げ出す学生たちの様子に気付かなかった。
サタンの復活によって辺りの事態は騒然となり、既に状況は非常のそれに変貌していたのだ。
*
神嗣学園 図書館前
地下二階の更に下にいた日本クラスの面々は、穴を空けられたことで半壊した図書館からの脱出を試みた。
入口の前に辿り着いたところで、ルイは口を開く。
「……あれ。みんな……」
どういうわけか彼女は呆けた顔をしていた。
「うぉぉ……外から見るとやべぇことになってんな……」
「これはまた酷いですね。図書館も改修工事が必要になりそうです」
レオたちは図書館から崩壊音を耳にする。
穴が生まれたことで天井から瓦礫が落下しているのだ。
「イッキ君……」
シドは上空に見えたイッキが図書館を挟んで反対側に降下していく様子を眺め、向かうべき先を瞬時に理解する。
「……みんな……」
「どうしました? ルイさん」
「……置いてかなくてもいいのに」
「はい?」
「酷い」
「?」
──この時、『彼女』は既にこの場から離れていた。
共に出てきた三人に全く気付かれることもなく……。
『彼女』は『彼女』と入れ替わり、立ち去っていたのだ。
*
図書館を挟んで反対側に、イッキとロストは向かい合って立っていた。
辺りは先程ロストが落下した衝撃で塵埃が舞っている。
ロストの体はおかげさまで若干傷付いていた。
『ぐ……貴様……一体何者だ……?』
「俺は最高神の候補生・イッキ。ちなみに人間だった頃の名前は燃城一輝ってんだ」
『……人間だった……?』
「ああ、うん。そうなんだ。アイオンに殺されて……でもルイと最高神様のおかげで天使に転生した」
『……最高神の候補生……か。フン。今の最高神など取るに足らんだろうがな』
「そうなのか? ディノって実は小物?」
唐突に、ロストの表情は固まった。
『!? 何……【ディノ】……? 今、【ディノ】と言ったのか?』
「言ったけど」
『……そうか。憎らしい奴だ。原初の神でありながら、まだ生きているとは……』
「え? 原初の神?」
『貴様も同じ力を持っているはずだろう? 【不死】という力を』
「…………ああ!? え? 俺の力ってそんな感じなの? ただ殴り合いどつき合いが強くなるだけかとばかり……」
『【最高】の身体に無駄は無い。膂力は当然、回復力も持久力も文字通り【最高】のものなのだ』
「? 分からん」
『無限に近い回復力を持つ肉体は最早不死と何も変わらん。これを食らっても……すぐに傷を治すのだからな!』
ロストは右手をイッキに向けてエネルギー波を撃ち放った。
だがイッキは避けようともしない。避ける意味が無いからだ。
完全に直撃したのだが、イッキは膝を付くこともなかった。
『……業腹だ。我の力は確かに相応なだけ戻っているというのに』
「……クソ。いきなりぶっ放すなよな! いいぜ、もう決めた! お前のこと一回ぶっ飛ばして、元のロストに戻してやるよ!」
『奇しくも……か』
どこか諦めるようにして目を伏せ、ロストは走り出した。
受けて立つイッキは拳を構え、彼女の物理的な攻撃に備える。
二人のやり取りはただの殴り合いとして始まったのだ。
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