15話 「魔神復活」

暗い場所


 イッキが目を覚ますと、そこはぼんやりとした薄明かりだけが広がる土臭い空間だった。

 地面も壁も天井までもが土砂で出来ていることから、ここが整備されていない地下か洞窟だということが分かる。


「ここは……」


 薄明かりの正体はかがり火。四つのかがり火が何かを囲むように立っていた。

 イッキの位置からは確かに囲まれている何かがあるように見えたが、それが何かは分からない。

 それよりもまずは自身の傍に人の気配を感じ取った。


「……大丈夫? イッキ君」


 その声の正体は──手足を拘束されたシドだった。


「シド!? だ、大丈夫か!? ……うぐっ!」


 立ち上がろうとしたところ、イッキは自分の手足が思うように動かないことに気付く。

 拘束されていたのはイッキも同じだったのだ。


「駄目だよイッキ君。縛られたままじゃ立ち上がれない」

「う……な、何で縛られてるんだ?」

「さあ……『彼女』に聞いてよ」

「!?」


 シドの向けた視線の先に、イッキも同じく目を向ける。

 かがり火に囲まれた『何か』が、確かにゆっくりとこちらに向かってきていた。

 近付いてくるとそれが天使だということはすぐに理解でき、それが女だということも理解でき、それがよく知る人物だということも──────理解できた。



「ロスト?」



 彼女はいつも通りオドオドしながらイッキとシドの方に歩み寄った。


「……ご、ごご、ごめんなさい……イッキ君……」

「良かった! ロストは縛られてねぇんだな!」

「……」


 まだイッキは気付いていない。

 ロストはイッキたちと違って縛られていない。このことが何を意味しているのかを。


「違うよイッキ君。縛られるわけがないんだ。そうだよね? ロストさん」

「……も、もうすぐ……終わるから。だだ、だから……ちょっと待ってて」

「? どういう意味だ?」


 ロストは申し訳なさそうに目を逸らす。

 目が暗闇に慣れてきたイッキは、そんな彼女の後ろに他にも人影があることにようやく気付く。


「オラァッ! 解けてめぇこのクソ野郎! オアァッ!」

「天井に……穴がありますね」

「梯子もある」


 縛られて横たわっている人物が三人。先程までイッキと共にいたメンバーだ。


「みんな!? お、おい、何があったんだ……?」

「……」


 唯一縛られていないのはロストだけ。それに気付いてもなおイッキは彼女を不審に思えない。

 彼はそういう男だった。


「イッキ君。僕らを縛っているのは……ロストさんだよ」

「そうなの!?」


 全く想像していなかったイッキは愕然として声を上げる。

 そしてロストは前屈するがごとく頭を下げた。


「ごごごごめんなさい! 邪魔されたくなくて!」

「いいよ。謝ったら許すさ」

「よくねぇッ!」


 見えなくても声を上げるのはレオ。イッキとロストが話していることは分かっていた。


「……イッキ君。彼女は僕の神気を取り込んだんだ。『復活の儀式』を行うためにね……」

「儀式だって?」


 それを聞いてすぐさま察したのはフルティだった。


「まさか! ロストさん! 貴方は……」

「……そういうことか」


 遅れてレオも理解する。ロストの目的を──


「……私には才能が無い。こんな私が神様になれるわけがない。だから……原初の神の力を借りるしかない」

「原初の神の力……」

「だ、だからこの祭壇を利用した……」


 彼女が左手を振るうと、その振るった手の先に大きな石壇が見受けられた。

 そして突然その石壇の側面に記されたレリーフが光を放ち始める。

 光はその石壇を中心に地面を伝って、サークルを描き出した。

 まるで導線を辿る電気のように、非科学的な光が発生したのだ。


「な、何だ一体……」

「神気が溢れ出てる……儀式の条件を達したということ……?」


 フルティには何が起き始めているのか気付き始めていた。

 あの石壇は儀式にとって一番重要な『祭壇』。

 ロストはその祭壇に生徒たちの神気を集めていた。

 石壇から放たれる光は、神気によって発せられたものなのだ。


「……わ、私は魔神の候補生。原初の魔神サタン様を復活させて、根源たる神の力を……わ、分けてもらうの……」

「根源? 神託を受けたのなら神の力は使えるんじゃ……」


 物を知らないイッキに教える役目はフルティが担う。動けないので当然横たわったまま。


「イッキ君。原初の神の力は次元が違うのですよ。美しく素晴らしい原初の神の持つ力の根源は……それだけで天使の限界を遥かに超越させられます」

「つまり?」

「候補生から一気に神になれるってことだ」


 溜息を吐きながらレオも教えてくれる。もちろん横たわったまま。


「……神になれる……か」

「う、うん」

「何でそこまでして?」

「え……」

「俺達って神様になるためにこの学校に通ってんだろ? レオも言ってたし。だったら……そんな焦って力を得ようとしなくてもさぁ」

「……わ、私はきっと……駄目だから」

「駄目?」

「私みたいな無能は……い、いくら頑張っても無意味だから。だからサタン様の力を借りないと……」

「そんな必要ないと思うけどなぁ」

「……イッキ君には分からないよ」

「!?」


 地面にサークルを描く光が浮かび上がり始める。

 そしてその光は、一斉にロストの下へ集まりだした。


「これで私は……魔神になる……!」


 光が彼女を包むと、その色は真っ黒に変化を遂げる。

 彼女を完全に包み込んだと思えば、一瞬にしてその光は拡散した。


「な……!?」


 光に包まれている間に一体何が起きたのか、ロストは黒い煙のような着衣を纏っていた。

 さらに黒煙のようなものは彼女の背後で生物のような形を作り出していた。



『………………足りん………………』



 恐ろしく低く重い声。

 それがその生物のような形をした黒煙から聞こえてきた。


「……サタン様……」


 ロストにはその声の正体が分かっていた。

 彼女は自身の背後に浮かぶその存在に目を向ける。


『……娘。貴様が我が直系か?』

「は、はははい! 私は……魔神の候補生、ロストです……」

『……そうか。我が顧命は順守されたということか……』

「? こ、コメイ?」


 どちらかと言えば語彙力には富んでいるロストだが、正面からいきなり難しい言葉を使われると瞬時に理解することは出来ない。

 逆に、少し遠くにいたフルティの方が冷静に聞き入れることが出来ていた。


「……『顧命』……遺言ですか。原初の魔神サタンは、死ぬ前に子孫に復活の儀式を行うよう命じていた……? まさか、だからロストさんは……」


 クールに思案するが、なおも彼女を始めロスト以外は全員縛られたまま。それでいて横たわっている。


「え? え? し、知らない……。さ、サタン様……私は、私は……ま、魔神に……なりたくて……それで……」

『……良いだろう。力が欲しければ与えよう。だが……我の復活はどうやら不完全のようだ』

「え……そ、そんな……!」

『肉体を作るだけの神気が足りていない……。貴様の体を貸すがよい』

「え? か、体を貸す……? ど、どういう……」

『さすれば貴様は魔神になれる。我が力の全てをその体に宿すことが出来るのだ』

「!? わ、わわ分かりました! サタン様!」


 その時、確かに黒煙状のサタンの口元は歪んでいた。

 一番彼女の近くにいたイッキはそれを見逃さない。

 彼は瞬時に嫌な予感を抱いた。


「ま、待て! ロスト!」


 そう声を掛けてももう遅い。

 彼女の背後に浮かぶ黒煙は、まるで吸い込まれるようにしてロストの首筋からその体内に入り込んでいった。

 ガクンと勢いよく体を揺らし、ロストは項垂れてしまった。


「ろ、ロスト……?」


 項垂れたのはやはり一瞬だけ。彼女はすぐに頭を上げた。

 その拍子で片目を隠していた長い髪は全て後ろに持っていかれ、露わになった瞳には……黒煙のようなものが浮かんでいた。


『……馴染むな。直系の肉体は……』


 ロストの体ではあるが、声は先程まで黒煙状だった原初の魔神サタンの声。

 イッキの嫌な予感は的中していた。

 ただ、予感を抱いていたのはイッキだけではなくシドもだった。


「……ロストさん……」

『さて……力の具合はどうか……』


 彼女の体の周りからさらに黒煙のようなものが溢れ出てくる。

 それはサタンの力そのものを実体化させたものなのだ。

 そしてレオたちの方も、ロストの身に何か妙なことが起きていると気付き始める。


「な、何だコイツ……さっきまでと雰囲気が……」

「イッキ……!」


 無理やり体を捩らせてイッキやロストの方に向かおうとするが、手足を縛られたままでは上手く動けない。

 ロストはそんな彼女らには見向きもせず天井に向けて手を掲げる。


「お、おいロスト。どうしたんだ?」

『祭壇を地下に追いやるとは不信心な子孫たちめ。まずは太陽神の光が祭壇に届くよう、邪魔な天蓋を取り除くとしよう』


 サタンの声を出すロストは、手の平に自らの力──すなわち黒い煙のようなものを集める。


「?」

「な、何をする気だ……?」

「まさか!」


 分かっていない様子の二人に、フルティは言葉でなく体で教える手段を選択する。

 イッキも分かっていないが、そちらの方はシドが自ら動きを見せようとする。

 そして──


 ドォォォォォォォォォォン


 ロストは手の平に集めたその力を一気に解き放った。

 天井はそれによって貫かれ、それよりも上にどんな被害が起きたかは予想することも出来ない。

 激しい衝撃で土砂が崩れ、イッキたちの方にその一部が落下してくる。

 フルティとシドはいち早く動いて、自らがそれを受け止めようとしたのだ。


「ああっ!」

「うぐっ!」


 それほどのダメージではないものの、一部岩石などが混じっていたため多少の怪我は避けられない。


「おいてめぇ!」

「シド!」


 二人の機転は一時的な被害を食い止めるだけに過ぎず、結局落ちてくる土砂の一部は他の面々にも当たってしまう。

 加えて天井に空いた穴からは上階の照明器具の明かりが漏れ出してきて、薄暗いこの空間にいる全員に当たり始める。


『……なるほど。祭壇の上に下らん建造物を……。手始めに破壊するか』


 物騒なことを言うと、そのままロストは天井に空いた穴から上に飛んで行ってしまった。


「ロスト!」

「ま、待ってイッキ君」


 傷を負いながらも止めようとするシドだったが、そもそもイッキは手足を縛られて動けない。

 なので別に止める必要も無いはずで──


「うおらぁ!」

「!?」


 自力で自分を縛っていた縄を引き千切った。

 止める必要が無いということはなかったらしい。


「アイツ……どうしたんだ一体……!」

「イッキ君……」

「取り敢えず追いかけるか」

「イッキ」


 動き出そうとするイッキをそれでも止めるのは、当然彼女。


「待って」

「ああ、悪い。俺ちょっとロストのこと追いかけるから、自力で縄解いてくれよ」

「無理無理」

「出来るだろ? レオの火で」

「……!」


 レオは炎神の候補生なので火を操ることが出来る。

 彼の火を使えば最初から縄など炭にして解けるはずなのだ。


「あら? 確かにそうですね。貴方もしかして……忘れてました?」

「……ッ!?」

「はは、なわけないだろ。ロストが邪魔してほしくなさそうだから、縛られてた振りしてただけだよな? 俺と同じで」

「……あ、ああ。当たり前だ!」

「嘘っぽい」


 三人とも呆れ顔を見せている。

 一方いつでも動けたのに縛られた振りをしていたイッキは、ロストの様子がおかしいために話を聞きにいこうと動きだした。


「……ちょっとだけ待ってよイッキ君」

「何だよシド」

「ロストさんは……多分今、魔神サタンに乗っ取られてる」

「何ィ!?」

「そんな予感はしてたんだ……彼女がサタンの血族だと聞いてからさ」

「どういう……」

「サタンは危険な思想を持った魔神。それでも彼女は先祖であるサタンの力を借りたかった。神様になりたかったんだよ」


 シドの話しぶりはどこか口惜しそうだった。


「何でそこまでして……」


 レオは眉間に皺を寄せながら尋ねる。


「……ロストさんは『特神枠』なんだよ」

「何だそれ」

「神嗣学園は入試の成績に関わらず、特別な神の神託を受けた候補生は『特神枠』として入学することが出来るんだ。かくいう僕もその一人。僕は創造神の候補生だからね……」

「創造神に魔神……何が特別なのかはよく分かんねぇけど、それがどうしたんだ?」

「僕には……いや、僕だから分かるんだ。『特神枠』での入学は実力によるものじゃない。おまけに彼女の家はサタンの血族でありながら、今まで一度も魔神になった者が出てきたことがない。彼女は家の人に神になることを強く望まれていて、それでも『特神枠』でしか学園に入学できなかったから……焦っているんだよ。不安でしょうがないんだ。重圧を抱えながらそれでも自分の実力を信じられなくて、だったらもうサタン本人の力を借りるしかないって……そう考えたんだと……思うよ」

「シド?」


 この場所で拘束されている間にシドがロストと何か話をしたのかもしれないが、イッキには分かりようがない。

 彼は明らかにロストに対して同情を寄せていた。


「……おまけにクラスメイトには、恵まれている人に対して厳しい物言いをするような人もいましたしね」

「うぐっ……」


 レオはフルティの言葉によって肋骨の内側を抉られる。


「そりゃ悩む」

「ぐぅ……」


 追撃で両肺の間辺りが軋み始める。


「……オーケー。要はロストは悪くないって言いたいんだろ? だったら話は簡単だ。今アイツの中に入ってるサタンとかいう奴には……出てってもらおうぜ!」

「な、何て不敬な……」


 フルティは呆れながら苦笑いを浮かべる。


「……そこの梯子を登れば図書館地下二階の何もないフロアに上がれるよ」

「おおマジか」


 シドが指差す先、ロストの空けた穴とは別に天井に小さな穴が空いている。

 地下二階のフロアの床が開いているのだ。


「……隠し扉、床にあったのですね」

「電気を消して俺ら全員を殴って気絶させ、その後あの床から梯子で下に運んだと……アイツ、見た目の割にワイルドじゃねぇか」

「……というか図書館大丈夫なのでしょうか? あの大穴……明らかに図書館の屋根まで貫いてますけど……」

「大丈夫じゃねぇだろうから見てくるぜ! そんじゃな!」

「イッキ!」


 呼び止めるも遅く、光翼を使い慣れてないイッキは梯子を使って上に登っていった。


「……」

「行っちゃいましたね」


 彼女は大きく溜息を吐く。

 だが、イッキの心配はそれほどしてはいなかった。

 彼女は知っていたのだ。イッキの持つ『最高神の力』が、一体どれだけのものかということを──

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